123:ギャルに真心をこめて
あれから2日経った。
今日は従業員さんたちが全員、配達に行って、そのまま終業という形になるという事で、午後の4時くらいに工場が空いた。渡りに船だ。僕の部屋はもう、物で一杯になってるから。
フィギュア造形セットを抱えて、一階に降りて行く。金属の工具もあるから、落とさないように慎重に。それだけで額に汗が滲んでしまう。この様子だと工場内も蒸してるんだろうなあ。
牛歩みたいなノロさだったけど、無事に工場内の作業机に到着。胸に抱えていた造形セットを広げた。「よし」と気合を入れる。
アルミ線の先っちょに粘土でペタペタと顔を作っていく。丸くまとめて、少し粘土を継ぎ足して。この時点だとペロペロキャンディーみたいだけど、そこから頭蓋骨の形に成形していく。全体を均した後、形が違うスパチュラを幾つも持ち替えながら、目、鼻、口、耳まで作っていく。
「……そうだった、画像」
スマホを片手間で操作して、ネットで拾ったジュニアアイドルの写真を画面に出す。どこかのイベントで記念撮影され、普通に公開されている物だ。もちろん完コピしたらアレだけど、参考にするくらいなら、といったところ。
「うん。似てるね、やっぱ」
子供の頃の星架さんに一番似てる子を選んだ。と言っても幼少期の星架さんの記憶は曖昧で、ほぼ今の星架さんを小さくした感じのイメージに一番近い子というのが正確だけど。あとは子供の骨格や肉付きを参考にする上でも重宝しそうだ。
画像を拡大して、体をじっくりと観察する。この子は早熟なのか、少しだけ胸が膨らみ始めているけど、恐らく星架さんの当時は、まっ平らだったと思われる。今でもそこまで大きくはないし。
胴と手足用の針金を追加して結合させ……
「うわ。手足ちっちゃい」
大幅にカットする。子供の体って本当に小さいんだなあ。
「こんな小さな体で、長い闘病生活を乗り切ったんだよね」
もちろん、このジュニアアイドルと全く同じ体格じゃないだろうけど、それでも似たり寄ったりな体躯だったろう。それであれだけ頑張ってたんだ。
「星架さん……」
急に涙がこみ上げそうになる。愛おしい、と思った。星架さんが僕に「愛してる」と言ってくれたけど、その気持ちがよく分かる。相手の苦しみや痛みが、自分の物のように感じられ、それを乗り越えて、楽しく笑ってくれている今の日常に感謝すら覚えてしまう。僕のトラウマに寄り添ってくれた時、彼女もきっと同じような気持ちになったんだろう、と。
粘土を小刻みに盛っていく。おおまかな体の造形が出来たら、一旦離れて、工場の奥へ。隅に置かせてもらっているオーブンを持って来てセットする。星架さん関連の依頼を受けるようになって、フィギュア作りを再開することになったんだけど、その際にメヌカリでゲットした物だ。
服はジュニアアイドルが着ているヒラヒラの物ではなく、パジャマに変換する。難易度は下がるけど、皺や陰影もキチンと作り、手間は惜しまない。
完成。オーブンで加熱して固める。
「ふう」
最後の工程。塗りだ。まずはエナメル塗料で、すみ入れをしていく。二次元キャラとかだと入れないのもアリだと思うけど、今回は三次元の人間だし、入れた方が立体感が出る。
とにかく丁寧に。本物の彼女を扱うように。
生命を吹き込むんだ。
やがて塗装も終え、小学生時の星架さん、セイちゃんのフィギュアは完成した。
「やっ……たあぁ!」
このフィギュアの完成は即ち、快気祝いの完成を意味している。
魂が抜けたかのように、その場にしゃがみこんでしまう。
何とか花火大会当日までに完成まで漕ぎ着けた。
「星架さん……」
その間、彼女のことを考えなかった時間なんて殆どなかった。会いたい、という気持ちも勿論あった。
けど、星架さんは星架さんで、デートの準備をしてくれているハズだ。前回のワンピースと同じように。
「もう一息」
だから僕も全力を尽くさないと。
完成したフィギュアを鳥の雛のように大事に支え持ち、家屋に戻って階段をあがった。
自室に安置していたジオラマの上に、セイちゃんフィギュアをそっと置く。細長い土色の台座に、慎重に慎重に、嵌め込むように。
配置を終えると、全体を鳥瞰する。
銀水晶が幾つも群生した森。当初はもっと鬱蒼とした雰囲気にしようと思ったけど、木々の主張は最低限かつ、葉も明るい色をチョイスした。イメージとしては、陽の差す森の広場。
そしてその広場で、少女の手を引く女性、という構図。少女は今さっき作った病弱だった頃のセイちゃん。困惑気味の表情だけど、足は止まってない。
セイちゃんを少し強引に引っ張るのは、現在の星架さん。クルルちゃんと同じ、黒のワンピースを着せている。
かつて憧れるだけだった可愛くて強いヒーローに、未来でなれたんだよ、という僕なりのメッセージと祝福。
「作りたいモノが作れた」
幻想風景にこだわらず、彼女の快気祝い、彼女の為だけを思ってデザインした。
「これを持って」
僕、沓澤康生は溝口星架さんに告白する。