120:陰キャが目覚めた
<星架サイド>
結局あの後、康生は泣き疲れたのか、ソファーで寝てしまった。可愛い寝顔を心のアルバムに保存して、今日はお暇することになった。正直、眠ってくれて助かったという気持ちもある。アタシとしても一度、気持ちやら何やら整理する時間が欲しかったから。
芳樹さんと明菜さんが車で送ろうかと提案してくれたけど、自転車で来てるのもあるし、丁重にお断りしておいた。春さんとメグル君も、何か言いたげだったけど、
「康生が起きた時、家族みんな揃っててあげて欲しいです」
と、尤もらしいことを言って、逃げるように帰って来た。
そして、シャワーを浴びて、自室のベッドにダイブ。
「……」
エアコンの駆動音がやけに大きく聞こえる。
「……」
少しずつ部屋が涼しくなってくるのとは反対に、アタシの顔はどんどん熱を持っていく。
「……」
告白。
「してしまった」
言葉にすると堰を切ったように、感情の奔流が荒れ狂う。
やってしまった。言ってしまった。愛してるって。てか、愛してる!? なんで「好き」とか「付き合って」とか飛び越えて、いきなり「愛してる」なんだよ!? おかしいでしょ。いや、でもあん時は無我夢中で、愛情が溢れすぎて、あれしか言葉が出てこなかったんだよ。
「あ~、つーことはそれが一番正直な気持ちか」
そうだよな。もう好きの限界は振り切ってるレベルだもんな。もうあん時は家族と同じ気持ちだったもんな、自惚れでも何でもなく。もちろん芳樹さんと明菜さんの養子になるワケもなく、この場合の家族って言ったら……
「お嫁さん」
口に出すと、さらに顔が燃え盛る。
「沓澤……星架」
いつだったか、願望だけが先行して試しに言ってみた未来図。けど、それが結構、いやかなり現実味を帯びてきた今。改めて考えてみても……躊躇はない。もし康生から今この瞬間にプロポーズされてもノータイムだと思われる。
「……」
て言うか康生もアタシのことアリだよね? 流石に。流石にね。
「キス……避けなかったし」
未遂で終わっちゃったけど。ほんのちょっとだけ触れたような気もするんだけど、アタシの願望が生んだ錯覚かも知れない、と思うとイマイチ自信はない。
けどいずれにせよ、避けないどころか、目グッとつむってたし。あれはオッケーのサイン、だよね? 康生もアタシとキスしたいって思ってくれたんだよね?
「けど、ああ。うーん」
アタシが今まさに冷静になったのと同じで、康生もあの時はもちろん、家に帰ってからしばらくの間も、確実に平静ではなかった。極限まで感情が昂ってた状態だし、もしかしてアタシ相手じゃなくても温もりを求めて……
「……っ」
自分で始めた仮定の想像で傷ついてたら世話ないんだけど。バカじゃねえの。
康生はそんな意志薄弱な子じゃない。こういう大切な時に、流されたまま気のない相手とそういうことするヤツじゃない。
「大丈夫、大丈夫」
言い聞かせる。少し落ち着いた。
「けど……ビックリはしただろうな」
今までもアタシから好意を寄せられてる自覚はあったハズだけど、まさかここまでとは思ってなかっただろうから。正直、突発的にこの激重の恋心さらす前に、もう少しジャブ打っておきたかったよ。まあ抑えきれないからこその激重なんだろうけど。
そして問題は、返事の内容だよね。十中八九、大丈夫だとは思う。信じてる。けど……人の気持ちに絶対は無いから……
「はあ~」
花びら占いってあるじゃん。前はあんな無意味な事とか思ってたけど、今はやりたくなる人の気持ちが分かるわ。
「つーか、覚悟はどこ行ったんだよ、覚悟はよ~」
確か、仮にフラれても、追い縋ってでも一緒に居てやるとか。そんなこと思ってなかったか? アタシ。あん時の強さが欲しい。どこ行った。
「強くなったり、弱くなったり」
康生が苦しんでる時は絶対そばに居てやりたいって思えたんだけど。今度、自分の都合になると途端に、そばに居たいなあ、くらいの弱気になってしまう。
「ていうか有耶無耶にならないよね? 返事くれるよね?」
そこから不安になり始めた。仮にいつまでも返事がない場合って……
「ん?」
スマホがブーブーと震える。レインか。千佳じゃね。
『今日は本当に色々とありがとうございました。お見送りも出来なくてスイマセンでした』
こ、康生だった。起きたのか。返信しようと指を動かす前に、続けざまにメッセが届く。
『それで、その……4日後の花火大会、一緒に行きませんか? そこで大切なお話をしたいです』
あ、ああ……ま、マジか。これって、そうだよね。てかそうじゃなかったら泣く。
アタシは、指が逝かれるくらいの速さでメッセを入力してオッケーの返事を送った。