116:ギャルとぶつかり合った
「え?」
「アタシは……アンタが自分で作ったモノの話をしながら笑ってる顔は好き。アタシのこと気遣いながら優しく笑ってるのも好き。千佳や雛乃に押されて、困ったように笑ってんのも可愛いくて好き」
星架さんはそこまで言って、グッと眉間に皺を寄せた。
「けど今の、ホントは泣きたいくせに無理して浮かべてる作り笑いは……見ててムカつく!」
「……」
「臆病者!」
「なっ!?」
「怖いんだろう? 自分の感情を出すのが」
「そ、そんなこと」
星架さんはなんで、こんなこと言うんだ? 僕の味方なのに。友達なのに。そうして僕が混乱しているうちに、
「まだ泣き寝入りか!?」
昨日のあの言葉をもう一度言われた。カッと頭に血がのぼるのを感じた。泣き寝入り。やられっぱなし。弱虫の象徴。気になってる女の子からは、一番言われたくない言葉。そして真実。それが悔しい。
「仕方ない……だろ」
「ん?」
「仕方ないじゃないか! みんながみんな、星架さんみたいに強くないんだ! 僕みたいなのは黙ってジッと耐えて、周りに心配かけないように笑って、なんでもないよって! そうしてやり過ごすしか!」
「バカ言うな!」
遮られる。なにが違うんだよ。バカ言ってるのはそっちじゃないか。
「アタシが強いだぁ? 何を見て言ってんだ? アタシは困ったことがあったら、千佳にすぐ相談する。ママもパパも頼る。雛乃のお肉を触って癒される。アンタにだって、それこそ何度も心配も世話もかけただろうが!」
星架さんが僕の肩をグッと掴む。その両目から、またポロポロと涙が零れだす。だけど、それでもなお瞳には射抜かれるような強さが宿っていた。
「アタシが強いってんなら、それは周りを頼れるからだ! アンタが弱いのは、自分をさらけ出して周りに頼れないからだよ!」
「……っ!」
何か反論しようとして、何も言葉が浮かんでこなかった。たぶん、いや、間違いなく彼女の言う通りだ。
「……怖くて何が悪いんですか。折角また出来た友達に格好悪いとこ見せて、迷惑かけて、嫌われたりしたらって、怖くなるのが、何が悪いんですか!」
「全部悪いに決まってんだろ!!」
星架さんが更に手に力を込める。肩に痛みが走る。
「アタシはアンタの何だ? 言ってみろ!」
「友達だって言ってるじゃないですか!」
「ちげえ、親友だ! 嫌われるだぁ? ナメてんじゃねえぞ! アンタを裏切った友達モドキと一緒にすんな!」
「……」
「アンタがどんな無様さらしても、アタシは離れねえよ! 離れてやるもんか! こっちは8年前から追っかけてきてんだぞ!」
「でも、こんな……直接ひどいこと言われたワケでもないし、暴力振るわれたワケでもないのに、逃げ出して! 一年経ってもこんなザマで! 誰が見たって弱いですよ、情けないですよ!」
僕もついに堪えきれなくなって、唇が震える。泣きたくないのに。
「何も情けなくなんかねえよ! アンタがどんだけ熱意を持ってモノ作ってるか、アタシは知ってる。いや、アタシだけじゃねえ、アンタの周りの人はみんな知ってる! そんな魂込めたモン、知らんところで茶化されて、勝手に売り飛ばされて、辛くないワケないだろ!」
最初は星架さんは僕を怒らせたいのかと思っていた。けど、違う。ただただ、彼女は素直な本音をぶつけてきているだけなんだ。
「いいか? こんくらいで、とか。他の人と比べて弱いだの、強いだの、そんなん関係ねえんだよ。だって他の人はアンタじゃない。そんなん言うヤツが居たら言い返してやれ。オマエ、僕と同じくらい情熱を込めてモノ作ったことあんのか? って。それを友達ヅラしたヤツに裏切られて転売されたことあんのか? って」
今度は一転して、僕の顔を自分の胸の内にかき抱く星架さん。柔らかくて温かい彼女の肌に、僕は嗚咽が漏れそうになって、グッと堪えた。
「あとな、カッコ悪くもねえぞ、康生は。最後まで劇の道具作り上げたんだろう。意地っつってたな? カッコイイじゃんか。一度受けた依頼は、例え不本意な経緯だったとしても、やり遂げる。技術者としての誇りだ。本当にカッコ悪いのは、アンタを傷つけた連中の方だよ」
傷ごと凍らせていた、その過去が肯定されていく。いま初めて気付いた。ずっと、ずっと、こういう言葉が聞きたかったんだ。
そして頬とおでこに柔らかい唇の感触。男女のそれとは少し違う。母が子を慈しむようなキス。
「なあ、康生。アタシはアンタに迷惑もかけたし、心配もさせた。それでも全部、許してくれたし、誠意ばっかり感じてたよ? 怖いけどすっぴんまで晒せたのは、アンタのこと信頼できたから。そこまでアンタが誠実に積み重ねてくれたから」
目頭が熱い。
「なのにアタシだけアンタの為に何も出来ないの? 親友なら対等じゃないとおかしいでしょ?」
もう一度、こめかみの辺りにキスされる。
「迷惑かけてよ、心配させてよ。素顔、見せてよ。絶対、絶対に見捨てないよ。裏切らないよ」
もう。もう限界だった。
「あ、ああああぁぁぁ!」
僕は星架さんの胸に縋りついて、赤ん坊のように哭いた。