114:陰キャを早く見つけたい
<星架サイド>
状況を整理しよう。
まず、恐らくだけど、動けなくなるほどの体調不良って線は薄いと思う。それだと駅から家までの間のどこか、今さっき辿った道順のどこかで、見つけられているハズだ。大きくルートを逸れる場所で避難できるほどの余裕がない想定だからね。
で。見つからなかったワケだから、アタシとしてはやっぱり横中方面に行くことへの忌避感が体調不良を引き起こしたって線が濃いと睨んでる。まあ昨日の今日だし、無理からぬ事だと思う。しかも昨日の二人はシロと明言するような相手だったのに、それでもあの調子だった。じゃあ、その灰塚とかいうヤツや康生に仕事押し付けやがった連中に電車内なんかで会ってしまったら、と悪い想像をしてしまえば、足が動かなくなるのも分かる。
叔父さんとは前々から応援に行く約束してたらしいんだけど、タイミング最悪だよな。てか何なん、鼻の頭テカリンピックって。絶対しょーもないヤツでしょ。いや、落ち着け。今それはどうでもいいから。
アタシの推測通り心の問題だとしたら、それが落ち着くような場所、つまり安らげる場所に居るハズなんだ。
「康生が安らげる場所……合戦場の跡地……歴史資料館……城」
うーん、どれも違う気がする。人が居ない場所だよね、間違いなく。
「意外と……普通に工場とかショップに居ないか?」
今週は休業の方の日曜日。誰も居ない店内で木工品に囲まれて……ありそう、か?
「いい。とにかく、思いつくの全部当たろう」
冷静に考えて振舞ってるつもりでも、ジリジリと心の奥底から影が這い上がってくるような錯覚に囚われている。影の名前は不安や恐怖。いや、もっと正確に言うと、最悪の想像、だ。
ふと。パパの知り合いの奥さんが、フラッと投身自殺したという話を思い出してしまった。普段の生活で思い悩んだ様子もなく、強いて言えば、前日に学生時代のアルバムを見たことくらいしか、思い当たる節はなかったと言う。その奥さんは学生時代にトラウマがあって、それがフラッシュバックしてしまって衝動的、突発的に、最悪の選択をしてしまった。そういった推測が周囲ではなされたそうな。
そんな衝動が、康生にも……
「だから、ありえねえって!」
例の長い信号に引っかかり、じっと待つ間に、どんどん影が這い上がってくる。押しつぶされないように、強くハンドルを握った。
沓澤家にようやく到着。インターホンを鳴らした。連絡係として残っていた明菜さんが扉を開けてくれる。
リビングで、出された冷たい烏龍茶を一気に呷って、玉の汗を拭った。
人心地つくと、明菜さんにアタシの推測を話す。「灯台下暗し。あるかも」と彼女も明るい表情を見せてくれた。すぐに鍵を持って来てくれて、二人で工場とショップを見回る。だけど両方とも空振り。
「ぬか喜びさせた形になってしまって、すいません」
「いいのよ、そんなの。必死に考えて駆けずり回ってくれた結果でしょ。感謝こそすれ……謝られたらこっちが居たたまれないから」
明菜さんも心配で堪らないだろうに、アタシへの気遣いも忘れない。
「けど、本当にどこ行っちゃったんだろう。こんな事、今までなかったのに」
「……その。聞きにくいんですけど、中学を不登校になった後も、こういうのは」
「なかった、なかった。引きこもり、とまではいかなかったけど。外に出て人に会うのが少し怖い感じだったみたいだったから、必要最低限しか外には出なかったよ」
「……」
「横中東……自分から行くって言い出したから、乗り越えられたのかなって……思ってたんだけどね。まだ早かったのかなあ……もっとよく見てあげておくべきだった」
それはアタシも同じ気持ちだ。アタシは特に一番近くに居たのに。
「ねえ、星架ちゃん。どこか康生の居場所、心当たりない?」
「え?」
家族でも、こんな事態は初めてだと言ったばかりなのに、他人のアタシじゃ当て推量すら……
「何となくなんだけど、あの子、星架ちゃんに見つけて欲しいんじゃないかなって」
明菜さんの真剣な目に射抜かれる。メグル君にも同じこと言われたけど、本当なんだろうか。昨日、全て話してもらって、それでこの有様なのに。
「どこかない? 星架ちゃんと二人の思い入れの場所とか、深い話した場所とか」
その言葉に考え込む。モール……は無いな。ウチのマンションのエントランスホールも、ちょっと考えづらい。じゃあ残りは……
「公園」
ピンと、頭の中に豆電球が光った。
「え?」
「明菜さん、アタシ行ってきます!」
「え? ちょ、ちょっと!? 公園? 星架ちゃん!?」
悪いけど、振り返る余裕はなかった。自分で思っている以上に、心に影が落ちていたんだ。
早く! 早く見つけたい。どこにも行かないように捕まえて、抱き締めて。影を振り払って、慰めて、叱って……
アタシは弾丸のように玄関を飛び出し、自転車にまたがった。