110:ギャルが激怒した
「あとは作りかけの小道具たちをキッチリ仕上げて、まあ意地ですねこれは、そしてそれを父さんに届けてもらって……」
意外にも話し出すと、するすると言葉が繋がって、気が付けば、ほとんど全てを話し終えていた。
「三年の秋だったから、外部受験は大変でしたけど……でも、あそこに通い続ける根性はありませんでした。何せほとんどがエスカレーターですから」
高校に入っても同じ顔触れだ。とてもじゃないけど耐えられそうもなかった。
「これで大体、起こったことは全部ですかね」
メグルの事とかは話してないけど、まあそこは彼の名誉の為にも最初から黙っとく気だった。
僕はふうっと大きく息を吐いた。
泣いてしまうんじゃないかと、情けない顔を見られたくなくて、星架さんの方を見ずに、ホームの線路側を真っ直ぐ見て話していたけど。自分でも不思議なほど、心は平静だった。
でもきっと、月日が悲しみを洗い流してくれた後の凪じゃなくて、未だ傷口ごと凍らせてるような状態だと思う。
「なにそれ」
え?
僕はようやく星架さんの方を向いた。宮坂の時よりも何倍も激しい怒りの表情だった。
「アンタ、先帰ってて」
「え? え? どこ行くんですか?」
星架さんはバッグを乱暴に肩へ掛け、待合室のドアへと歩いていく。
「決まってんでしょ? そのクソ中学に文句言いに行くんだよ!」
ええ!?
「ちょ! ちょっと待ってください!」
僕は彼女の腕を掴んで、慌てて止める。半開きのドアに体をねじ込んで、何とか後ろから抱き締める。
「離せ! 止めんな! てかアンタもやっぱ来い! なに泣き寝入りしてんだ!」
「……っ!」
そんなこと言ったって! 何の証拠もないんだ。灰塚にしたってグレーのまま。結局、ヤツの家に秀吉があるのか、ないのか、分からずじまい。それとも、それを確認できるまで、あの教室に残って踏ん張れって言うのか! 星架さんは強いからそれが出来るかも知れないけど!
「離してってば!」
なおも大声で叫ぶ星架さん。凄い力で前に進んでいく。引きずられるようにして、待合室を出た。
その先に待っていたのは……
「お客様? 少しお話、伺いたいのですが?」
緊張した面持ちの、二人の駅員さんだった。
離せと大声を上げる女性を後ろから羽交い締めにする男。そんなの見かけたら、まあ駅員さんとしては無視するワケにもいかないということで。
結局、星架さんからの必死の釈明もあり、僕の痴漢容疑は晴れたけど、痴話喧嘩なら家でやれ、というようなことを遠回しに言われた。全くもってその通りで、僕ら二人はホームの端で縮こまり、次の電車が来ると、逃げるように乗り込んだ。
「しかし、マジで腹立つな」
もちろん駅員さんのことじゃなく、
「何とかして特定できんもんか? 怒鳴り倒してやらんと気がすまん」
僕の中学時代のクラスメイトたちの方だ。
先程の弾丸のように飛び出す勢いはなくなったものの、火種はまだ胸中に燻っているみたいだ。
「無理ですよ……教師側に見つかったのか、今はその掲示板も消えてるみたいですし」
高校に入って一度だけ、まだ存在するのか検索したことがあった。けど結果は今言った通り。
僕は少しだけ笑った。星架さんが僕以上に怒ってくれるから、それだけで救われた気持ちになる。
「ありがとうございます。話して良かったって、心からそう思います」
「康生……」
「それに、意外ともう大丈夫なんです。だって僕には今度こそ大親友が出来たんですから」
電車内だけど僕たちはずっと手を繋いでいた。その手に少しだけ力をこめる。
「友達の定義すら崩れていた僕を、星架さんが救ってくれたんです」
あの事件以来、2~3回、一緒に遊んだだけで簡単に友達だと言える神経が分からなくなった。かつては自分も友達認定なんて、その程度の緩さだったのに。
「……救うなんて、そんな大それた事してあげられてない」
「そんなことないです。普通の人より遥かに重たい友達を受け入れてくれた。散々待たせた上で、快く」
それがどれだけ僕にとっての救いになったか。言葉では表しようもない。
だから僕は、手を繋いでるだけじゃ足りなくて、少しだけ身を寄せる。座席の上で肩が触れ合った。
そのまま彼女の体温を感じながら、電車に揺られ、沢見川に帰った。
取り留めのない話をしながら家路を歩く。コンクールの作品たちの改めての感想とか。洞口さんへの埋め合わせ、どうしようかとか。プリン食べ損ねたね、とか。
日常に飲み込まれていく。凍らせた傷ごと。
これで良い。もう大したことないじゃないか。乗り越えられる。だって僕には星架さんが居る。その彼女にこれ以上の心配をかけて、恥を晒してまで、解凍する必要はない。
やがて製作所への曲がり角まで来た。
そこでゴロゴロと遠雷が鳴る。
「やべえ、降ってきそう」
西の空から、今にも泣き出しそうな雨雲が、僕らを追いかけてきていた。