102:陰キャが突然曇った
<星架サイド>
少し考えてる風だった康生だけど、やがて頷いた。
「……そうですね。確かに危機管理も大切だけど、何もかも怖がってたら、何も得られないですからね」
康生もちょっと変わったよな。アタシのメイク教室で主導的に動いたりしたのが彼にも良い変化をもたらしたのかも。或いはアタシの行動力(自分で言うのもアレだけど)に影響されたか。
リスクを見て慎重になりすぎると、失敗は少ないけど、実りも少ない。リターンを欲してアクティブになりすぎると、得られるものも多いけど、失敗も多くなる。
人生って難しいもんだね。ただもしかすると、康生とアタシはどちらも互いを補い合えるのかも知れない。康生が引っ込み思案すぎる時はアタシが押してあげて、アタシが入れ込んでる時は康生が引っ張り戻してくれて。
そんな事を考えてる間にも、千佳と康生の話はまだ続いていた。
「つーかさ、クッツーん家、ショップもやってんだから、もっとネットでの宣伝も活用した方が良いべ」
確かに、それも一理ある。商売っけの無さが、ある意味では魅力とも言えるけど。
「星架のヤツ、無駄にフォロワー多いし、客寄せパンダにすれば役に立つっしょ」
「おいおい、散々な言いようだな……けどアタシのフォロワー、女の子ばっかだからなあ。可愛い系の創作家具なんかは興味持ってもらえるとは思うけど」
無骨な木工品の数々にどこまで需要があるかと問われると。武将とか論外だし。
「なんかオリジナルアクセ教えてもらうとか言ってなかったか? それも動画で上げたら良いんじゃね?」
「ただアタシが作ってもなあ。製作所に売ってないと売り上げにならんし」
「んじゃさ、アンタが作ったのはプレゼントにして。本格的に技術の粋が詰まったクソ凝ったヤツを一点モノ的な高級感出して、クッツーに作ってもらったら? ネット販売のインフラは整えんといかんだろうけど」
なるほど。アタシの下手糞なヤツは(言い方悪いけど)宣伝用と割り切って、師匠が作ったもっと凄いヤツは製作所で買えますよ~と誘導するワケか。
悪くない戦略な気がするな。康生の意見はどうだろう。そう思ってアタシは彼の顔を窺ったけど……
「……」
暗い表情だった。思い詰めたような、痛みを堪えるような。
「康生?」
恐る恐る声を掛けてみる。すると、今アタシに気付いたかのようにハッとした。そしてまた暗い表情に戻って、
「……プレゼントはやめましょう」
と異を唱えるのだった。
様子がおかしい。普段の康生だったら、反対意見を言う時はもう少し柔らかい言い方するし、同時に対案とか問題点とかも添えて言う。こんなただ「やめよう」と言うのは珍しい、を通り越して初めてかも知れない。
「なんで? 悪くねえと思うんだけどな。つか、クッツーもさっきまで乗り気だったじゃん? 怖がってたら、何も得られんって」
千佳は康生とそこまで付き合いがあるワケじゃないから、様子が変わったことに気付いてない。普通に疑問に思ったことをズバッと聞いてしまう。
そして千佳のセリフの「怖がる」って部分に、康生がピクっと体を跳ねさせたのをアタシは見逃さなかった。
何となく例の事情を話せない時の後ろめたさみたいなのを彼から感じ取る。確証があるワケじゃないけど、もしかすると関連があるのでは、と憶測してしまう。
「まあまあ、千佳。いきなり全部決めなくても良いし、そもそもアタシが作ってみたら、とても人に配れるような出来じゃないかも知れんし」
アタシはわざと明るい笑いを混ぜながら、
「それにガチで動画デビューするんなら、まずは商品紹介とか、先に作んなきゃいけない動画が沢山あるだろうし、そこ終わってからまた考えても良いじゃん? まずはアタシが康生と話しておくからさ」
そんな感じで、少し強引だけどプレゼントの件を有耶無耶にしてしまう。
千佳もそのアタシの様子から、なにか感じ取ってくれたみたいで、押し黙った。俯き加減の康生を見て、アタシに目で聞いてくる。「どうしたんこの子?」と。アタシは首を横に振った。
と、ちょうどその時。折よく、玄関扉がガチャガチャと解錠の音を立て、すぐにバンと開く。気圧差で、リビングのドアもガタタと鳴った。
「ただいま~。康生~? お友達来てんの~?」
助かった。春さんだ。康生も少しホッとした顔で、キッチンへ。冷たい烏龍茶をグラスに入れてあげてる。自然な所作で、普段からよくそうしてるんだろうなってのが察せる。優しいな。そりゃ春さんも可愛がるワケだ。
「ただいま~。うわ、ギャルが増えてる!」
リビングに入って来た春さんは騒がしく、さっきまでの空気は霧散した。