100:ギャルに自信作を見せた
メイク教室から二日後。流石に昨日は僕も星架さんも照れ臭かったから、明後日会おうということになっていたんだ。ちなみに洞口さんも来てくれるらしい。
今日は金曜日。父さんは普通に仕事中。姉さんも大学が夏休みだけど、サークルがあるとかで出掛けてる。母さんはショップ。
何となく「誰も早く帰ってこないよね?」と不安になって携帯を確認すると、レインが来てた。母さんからだ。
『夕方まで戻んないから、星架ちゃんと思う存分、イチャイチャしなさい』
心を読まれたかのような内容。遊ぶとは言ったけど、我が家でとは一言も言ってないのに……そこも読まれてるみたいで、恐ろしい。
『洞口さんもいるから、何もしないよ!』
反射的に返信してから、「しまった」と思った。この文面だと洞口さんが居なかったらイチャイチャするとも取れる。
案の定、すぐにゲス笑いする猫のスタンプが送られてきた。くっ……既読スルーで。
取り敢えずスマホをポケットにしまって、リビングのエアコンの設定温度を下げる。そろそろ二人が来る頃だ。と、ナイスタイミングでチャイムが鳴った。
ゾンビのように「あぁぁ」と低い唸り声を上げながら、玄関を上がる二人。涼しいリビングに上がると、えびす顔になった。
星架さんはエアコンの送風口から直撃の場所に陣取り、洞口さんは扇風機に抱き着かん勢いで当たり……数分そうして、ようやく人心地ついたという感じだ。
しばらく世間話、というか如何に今年の夏がヤバいかの語彙力合戦みたいなのをやって、一昨日のメイク教室の話なんかもポツポツ振り返って。その途中で、重井さんの話に移って……
「あ。そうだった、ウチらドーナツ買ってきたんだった」
なぜ重井さんの話で思い出すのか、という疑問すら湧かない。
僕もご相伴にあずかれるというので、ありがたく頂くことに。「ミスったドーナツ」の紙箱を開け、大皿に中身を出してテーブルに置いた。
「飲み物は何がいいですか?」
「あ、あんがと。牛乳くれ」
「アタシは紅茶かなあ」
それぞれリクエストの飲み物をグラスに用意して、テーブルに運ぶ。洞口さんが、その豊かなお胸をテーブルの上に乗っけてて、思わず見てしまう。
あ、と思って慌てて顔を上げると、洞口さんのニヤニヤ笑いと正面からカチ合ってしまう。
「思春期だなあ、康生クンよ。最近の運賃がわりに、ちょっとなら触っても良いぞ?」
「え、ええ!?」
いや、そんなワケには……でもメチャクチャ柔らかそうで……
「こら! 免疫ない子なんだから、からかうな!」
星架さんの助け船。ありがたいような、チャンスを逃したような。
「なんか残念そうな顔してんな? あ?」
こ、怖い。
「……やっぱアタシも牛乳にするわ」
紅茶は僕が美味しくいただきました。
ちょっとまた僕の部屋は散らかってるから、一階にノブエルを持って降りた。洞口さんに見たいとせがまれたんだ。
「お、おお! 形になってる! てか進化してる?」
「スロープに溝を彫って走路にして、ついでにミニチュア自転車のタイヤも、チビ四駆とか作ってる会社の良質なゴム製に換えたんです」
僕は言いながら、スロープの坂の途中に生やしている紙で作ったキノコを手に取る。引っくり返して小さく開けた吹き込み口に息を吹き掛けた。心持ちプクッと膨らんだキノコ。
それを元の場所(ここも軽く窪みになるよう彫ってある)にセットし直した。
「す、すげえ! なんて情熱だ。キノコまで紙で作っちまうとは!」
洞口さんが目を丸くしながら、誉めてくれる。
「ほら、僕カエルに負けたことあったでしょ? あそこから折り紙のカエルを連想して、息を入れたら膨らむ構造を採り入れたら良いんじゃないかって」
最初は溝口号のタイヤキャップを軸に粘土で成型する計画だったんだけど、記念品は別に作ることになったから、自転車部品にこだわる必要がなくなったんだよね。
そこで、だったら、踏み潰せる素材で作ろう、と方針転換したのだった。
「これなら……」
坂のもっと上、チャリエルと信長を乗せた自転車のミニチュア。その前輪手前に閂のように渡してある板(もちろん目立たないようにスロープと同色)を僕はそっと抜いた。輪止めの役割をしていたそれが無くなると、自転車は颯爽と坂を下りていく。
途中にある紙製のキノコを轢き殺した。プシャッと空気の抜ける間抜けな音。自転車はそのまま坂を下りきり、やがてウイニングラン。少し進んだ所でスロープが途切れるので、こけないように手で優しく受け止める。
「お、おお~!」
「すごい!」
二人の感嘆の声に、僕は鼻が高くなった。
「メッチャこだわってんな?」
「宮坂の人権さえ諦めれば、これくらい朝飯前ですよ」
つい自慢げに話してしまう。
「簡単に諦めてやるなよ。憲法違反だぞ」
洞口さんのツッコミ。まあ僕なりの復讐ってことで。