一角獣の赤い糸
典型的な政略結婚だった。
彼女は北の大国の権力者の娘で、王国内の有力貴族である俺との縁組は、停戦協定の補足条項としては、至って妥当な策だった。
年は17だそうで、王国での適齢期はやや過ぎていたが、俺がさらに10歳近く上なので、ちょうどいいぐらいではあった。
それより若い娘に来られても、扱いにくかっただろう。
そんな歳まで独り身とは、訳アリの娘に違いないと、周囲は口さがなかったが、俺自身がこの歳まで好き勝手をしていた放蕩者なので、とやかく言うのは止せと言って黙らせた。
どのみち政略結婚なのだ。
どんな相手でも添わねばならぬ以上、あれこれ言っても仕方がない。
王国風の紫色の婚礼衣装と金の装身具を身に着けた花嫁は、飾り縁のある絨毯に花びらが撒かれた道を、やや俯いたまま静かにこちらに歩いてきた。
髪は我々と同じように黒いが、肌が白く、顔立ちも北方風の女だった。髪の結い方も、化粧も王国風なところをみると、仕度は連れてきた侍女ではなく、我が家の女達がしたのだろう。
それを受け入れたのは、従順さのアピールか、単なる諦めか。
さてどちらだ?と思って、目の前に来た女の顔を黙って見下ろしてやると、女は顔を上げてこちらを見返した。
なるほど。"覚悟"か。
黒曜石のような眼は、強い意志の光をはらんでいた。
なかなか悪くない女だと思いながら、俺はしきたり通りよりはやや乱暴に花嫁を抱き寄せて口づけた。
「国同士の誓約代わりの婚姻で、あのように花嫁を扱うと、王国は北を蔑ろにする気かと、難癖をつけられますぞ!慮外者と謗られても良いのですか」
「めでたい日に小言は止せ」
「何がめでたいものですか。王城に厄介者を押し付けられただけではありませぬか」
「爺、お前のほうがよほど無礼だ」
俺は昔から小うるさい側近を適当になだめつつ、面倒な儀式と行事に挨拶などなど、成婚に付随するあれやこれやを一通り終わらせた。
このしきたりを作った奴は、よほど結婚の日に嫁を見たくなかったに違いない。そう思えるほど、段取りがびっしりで、結局、花嫁とは夜までろくに口をきく暇もないままだった。
「やれやれ。やっと一息つける」
最後に格式張った沐浴までさせられて、いい加減うんざりした俺は、主寝室に戻るなり、用意されていた酒を酒坏に注いで、あおった。
「お疲れ様です」
異国から来た花嫁は、ランプの薄明かりの端でこちらを見ていた。あちらも別の水場で沐浴させられたのだろう。昼間とは違う装いで、装身具も変わっていた。
「なんだ。また色々ジャラジャラつけられたのか」
「この国の花嫁用の装いだそうですね」
たしかに昼間のものは王国風だったが、これは属領化する前のこの地の装いに近い。柔らかい白い薄衣に若い女の躰の線が透けて見えた。
彼女が動くと腕輪についた鈴と鱗型の銀の小片がシャラリと鳴った。それは元は逃亡防止用だと言ったら、この娘はどんな顔をするだろうか。
「着飾った女はお嫌いですか?」
「なぜ」
「腕輪を見て、あまり良いお顔をされなかったので」
俺だけが明るい方にいるのは良くないなと思った。
灯明の暗い明かりの輪の外縁に座っている女は、白い手や胸元は見えるが、表情はよくわからない。だが、声には緊張と不安が滲んでいた。
「着飾った女は嫌いじゃない」
俺は女に近づいて、その細い腕を掴んだ。
「虚飾を剥いでいったときに、何が出てくるか確かめる楽しみがある」
シャラリ、シャラリと鳴る腕輪を白い手首から一つずつ外す。
「では、飾らない女はつまらない?」
「いや……」
俺は女を引き寄せた。
「そういう女が、俺のために着飾るのを見るのはおもしろい」
見開かれた女の目が、一瞬灯りを映して燐いた。
驚き、批難、当惑……それに好奇心と僅かな嫉妬。
なかなかいい。
「モテる男の見解ですこと」
「この身分だと、女はいくらでも寄ってきたからな」
「それはそれは」
「多少でも脈があると誤解する余地を与えると、俺の種でないどころか、自分が産んですらいない赤子を抱いて声高に主張してくるような女が山程いた」
「それはそれは……」
俺は、俯いた女の滑らかな頬の感触を楽しみながら、両手で彼女の頭を挟んで、俺と向き合うように上を向かせた。
「安心しろ。結婚前に妾や婚外子を作るような無様はしておらん」
相続問題は自分と弟らの分で、うんざりしている。自分の子でまた骨肉の争いをさせる気にはならなかった。
「そうなんですか」
「そういう反応か」
「すみません。こういう状況でどういう受け答えをするのが正しいのかわからなくて」
「ならば、考えなくても良いようにしてやろう」
俺はそのまま彼女の唇をふさいで、その夜はそれ以上、つまらない会話はできないようにしてやった。
彼女はなかなか聡い女で、上手くうちの女達と馴染んで、家の用を果たした。
亡き父の後妻や弟の妻達は、王国の古い貴族の出なので、気位が高い。北の名家で生まれ育った彼女には、不条理で不愉快なことも多々あったであろう。
俺は彼女についてきた使用人の長に、なにかこの国の者との諍いがあったら、自力で解決しようとせず、まず自分に報告しろと言っておいたのだが、いっこうにそのような訴えは上がってこなかった。
「なにか不備不足はないか」
「おかげさまで良くしていただいております」
「問題は?」
「あなたを煩わせるほどのことはなにも」
満足げに微笑む姿に、何かはあるのだろうと思ったが、彼女の使用人も「わたくしには奥様のお言いつけが最上位です」となにも教えてくれなかった。
年が変わる頃には、彼女は身ごもっていた。
「私が子供を産むことになるとは思わなかったわ」
庭園で孔雀を眺めながら、干したデーツを少しずつ口に運んでいた彼女は、どこか遠くを見ながら不思議な笑みを浮かべた。
「なぜだ」
「あなたと結婚することになるとは思っていなかったの。うちの家名が家名だから、政略結婚だろうとは思っていたけれど、だとしたら子供は得られないだろうなと……」
「国家間の政略結婚は子供を作るところまでが成立案件だろう」
「呆れた。それであんなに熱心だったの?」
「待て」
「らしくないと思ったら、そういうことだったのね。納得したわ」
「待て、ちょっと待て。ひどい誤解をした挙げ句、とんでもないことを口走るな」
お前は俺をどういう男だと思っているんだと問うと、彼女は俺を見て楽しそうに目を細めた。
「誠実で義理堅い人」
「誠実な男は、義理で女は抱かん」
「あなたのそういうところ好きだわ」
引き寄せると、彼女は俺の胸に顔を伏せるようにもたれかかった。
「北と戦になります」
「……俺の子がいるお前を帰すわけにはいかん」
「王城はこの子にここを継がせる気はないでしょう」
「後継者を決めるのは当主の俺だ」
女は俺を見上げた。
「御身を大切にしてお気をつけください」
「それは戦に行く夫が身重の妻にかける言葉だろう」
彼女の黒い目が、俺を見つめながら、まるでその奥の何かを視ているように揺れた。
「枯れ谷では、小石を蔑ろになさいませぬように。奇策はさらなる奇策に敗れることがあります。河口では、川辺の葦は長弓よりも長いことを覚えていてください。忠臣の進言は年寄りの過保護ではありません」
「なんの話だ?」
「平原では鷹に、城壁の内では蛇にお気をつけください」
眉根を寄せた俺に、女は深々と頭を下げた。
「お前はしばらく国境から外れた保養地で療養できるよう手配しよう」
「無事のお帰りをお祈りいたしております」
産み月に入る前に北との戦が始まり、俺は軍を率いて戦場に向かった。
長引いた戦は、双方の痛み分けながら、やや味方優位で終わろうとしていた。
妻の"予言"は、戦場でたびたび俺を救った。
枯れ谷の戦いでは、落ちてきた小石で崖上の敵軍に気づくことができたし、河口では老臣の勧めを断らず盾兵を護衛につけていたお陰で、葦原の伏兵からの矢を防げた。
俺は手強い敵の将をなんとか退け、"西海の真珠"と呼ばれる重要拠点である港湾都市を防衛した。
「(守った都市の牢に入れられるというのも皮肉な話だ)」
俺はいささか勝ちすぎたらしい。結局のところ、味方に裏切られ、あっさりと虜囚の憂き目にあった。
「(蛇には注意しろといわれていたんだがな)」
王やその配下の動向には気を使っていたのだが、半分とはいえ血を分けた弟相手には油断があった。俺もまだ甘い。俺がいなくなって一番得をするものが誰か考えたら、わかりそうなものだ。
王国の属領となったとしても祖国の主家に連なる誇りはあるだろうと思っていたが、よく考えれば弟達の母親も妻も王国貴族で、あれらが物心ついたときには、すでに祖国は王国の一部でしかなかった。
俺が当主を継いだのは、亡き父の最後の悪あがきのようなもので、最初から周囲は敵だらけだった。外からの干渉は慎重にさばいてはいたが、妻が俺にあの助言をしたということは、うちの中でも俺の目の届かぬところで色々とあったのだろう。
「(ああ、目を開いていたつもりでも、俺は見えていなかったのだな)」
俺は暗い石牢の中で闇を見つめた。
早々に処刑されると思っていたのだったが、俺は牢内に放置された。
手違いか故意かはわからないが、闇の中でじわじわと死に向かっていくのは、戦場での危機よりもこたえた。
静かな闇の奥底で、俺は時折、ほっそりとした黒髪の娘を思い出した。
不思議な女だった。
しっとりと落ち着いた物腰で、ひどく大人びた口をきくくせに、ふとした拍子に、物語の英雄に憧れる子供のような目で俺を見上げる。
俺が行儀の悪いことをすると、咎めるようにしつつも、どこか面白がるような顔をする。
荒事に興味はないようなのに、俺の大太刀を興味深げに眺める。ふるって見せてやると、大はしゃぎした挙げ句、寸法や重さを測ったり、絵を書いたりし始める。剣が好きなのかと尋ねると「あなたの愛剣が、実際はどんな形なのかずっと知りたかったの」と、よくわからないことを言う。
控えめに振る舞い、周囲をたて、万事をそつなくこなし、それでいて、他愛もないことで目を輝かせ、些細な手仕事に熱中する。
日頃は上手に隠されている本当の彼女が見たくて、俺は肌を重ねるたびに、彼女が自分を偽れなくなるまで求めた。
大人びた態度の奥の、ひどく子供っぽい無邪気なところが、俺の手の中で女らしく花開いていくのをみるのは楽しかった。
保養地に向かう彼女は、嫁いできたときと比べて随分と女らしい体つきになっていたように思う。
「(俺の子は無事に生まれただろうか)」
自分がこうなった以上、妻子も無事ではいられまいと冷静に思う一方で、あるいはどこかにうまく落ちのびていてはくれまいかなどと甘いことも考えてしまう。
いい歳をして、若い妻に入れあげていると言われたくなくて、程々にしていたが、こんなことならもっと愛してやればよかったなどと、らしくもない後悔をしながら、俺の意識は闇に沈んだ。
風が動いた。
物音と複数人の足音ともに松明の熱を感じ、身じろごうとしたところで、頭ごと足先まで、何やら大きな厚手の布で巻かれて、忙しく抱え上げられた。
敷物らしき分厚い布越しに、騒乱の響きが遠く聞こえた。
俺を抱えた者達は、足早に階段を登り、通路をいくつか曲がった先で、狭い開口部から俺を外に捨てた。
ろくに身動きできない状態で、俺は海に落ちた。
落下の衝撃は衰弱した体にキツかったが、冷たい海水はそれ以上に致命的だった。
ゴミのように捨てられて溺れ死ぬのかと思ったところで、体がぐいと引き上げられる感覚があった。
誰が俺をどうしようとしているのかを確認する前に意識が途切れた。
気がつくと小舟の中だった。
船底の凹凸が痛い。
濡れた身体は冷え切っていて、乾きで喉が焼けそうだ。
水だらけの海の只中で乾きで苦しむだなんて不条理だと考える一呼吸ほどだけ意識が戻って、その後はまた何もわからなくなった。
次に気がついたときは、俺は堅い寝台に横たわっていた。目には布が当てられていてあたりの様子は見えない。
体はもう濡れていなかったが、全身が熱を持って痛み、動けなかった。
誰かが絞った布で俺の顔を拭いて、別の柔らかい湿った布を口に含ませた。布を伝った水が、乾いた唇と口内を潤した。
俺は夢中になって水を求めたが、衰弱した身体はうまく水を飲み込むこともできなかった。
「あせらないで。ゆっくりと、少しずつよ……あなたは辛抱強い人でしょう?」
心地よい声が俺をなだめた。
俺は優しい手に頬や額を撫でられながら、少しずつ水を含み、また眠った。
熱に朦朧としたまま、幾度か寝たり覚めたりを繰り返し、その度に優しい声と手に介抱されたように思う。
ようやくはっきりと目が覚めたときには、目に当てられていた布は取られていた。
そこは薄暗い小部屋で、窓の板戸の隙間からわずかに射す光で、薄ぼんやりと簡素な室内の様子が見て取れた。
ふらつく足で表に出ると、中庭に面した柱廊に置かれた籐椅子で、女が赤子に乳をやっていた。
「生き延びたか」
「ええ。お互いに」
彼女は立ち上がると、俺の手を引いて籐椅子に座らせた。
「抱いてみる?」
乳を飲み終わった赤子を片胸に抱き、背を軽く叩いてあやしながら、彼女は俺の顔を見て笑った。
「お父様はあなたに触れるのがまだ恐いんですって、抱いていただくのはまた今度にしましょうね」
「おい」
彼女は、控えていた使用人に赤子を渡すと、籐椅子のクッションの一つを俺の背にあて直した。少し合わせが緩んだままの彼女の胸元からは濃い乳の匂いがした。
俺は彼女の胸元にもたれかかった。
「……固いな」
「乳腺が張っているもの。当たり前でしょ。授乳期の女の胸は、子供専用の補給基地よ」
優秀そうな兵站係は、咎めるようでいて、同時にどこか誇らしげな顔をした。
強い飢えを感じた。
俺は彼女に餓えていたのだと気がついた。
「あなたはお粥からね」
柔らかく微笑みながら、彼女は俺の髪を撫でた。
後日、教えてもらったところによると、俺が捉えられていた港湾都市は、北の軍に攻められて陥落したそうだ。
「苦労して守ったのだがな」
「あそこは一度、炎上するさだめだったのでしょう」
お陰であなたを助け出せた、と彼女は言った。あの乱暴な扱いは、彼女の差配による救出作戦だったらしい。
「無茶をする」
「あなたがあそこに捕らえられていることは知っていたもの」
「味方の裏切りや、あの都市が燃えるのを、予め知っていたのと同じようにか」
彼女は長い間、黙って俺を見つめていたが、一言「そうね」と呟いて、静かに不思議な話を語った。
彼女は、俺の人生を物語のように夢に見たことがあるそうだ。
それは巫女が得る神託や魔女の占いのようなものではなく、もっとあやふやで、事実とは異なるところも多いものだという。
「その夢の物語の中では、あなたに妻はいなかったわ」
ただ、細部は違えども、北との戦が起こり、港湾都市が陥落して、北の勝利で終わるのは同じだったらしい。
「だから私は、夢の物語の中であなたが生き延びたということも、必ず現実にできると信じたの」
脱出方法の詳細は夢では語られていなかったため、苦労したらしい。そもそも彼女自身が乳飲み子を抱えた身で、命を狙われて逃亡潜伏中であったことを考えると、王国の支配下にあった都市の、城郭の奥にある地下牢から俺を見つけ出して脱出させようだなど、無茶も甚だしい。
「その夢を信じたならば、黙って待っていても、俺が生きて返ってくるとは思わなかったのか?」
俺が呆れて問うと、彼女は考えてもみなかったことを指摘されたというような顔をした。
「自分で取り戻さないと、二度と会えないと思ったのよ」
彼女は俺を抱きしめた。
「もう一度。こうして自分自身で、あなたが確かに生きていることを確認したかったの」
彼女はしばらくそうしてじっと俺の鼓動を聴いた後、手を解いて一歩身を引いた。
「でもこれで望みは叶ったわ。もうあなたを自由にしてあげる」
もう自分自身の望む旅に出てもいいのだと、彼女は俺に告げた。
「あなたが向かう先には、危険も多いけれど、驚異と栄光が待っているわ。危険については、必要なら私の知る限りのことをすべて教えておいてあげる。それに……そうね。必要ならその時々で私がこっそり手助けをしに行ってあげてもいいわね。本筋が変わらない程度なら、干渉しても大丈夫そうだもの。存在しないはずの妻だって、直接会わなければ別にちょっとぐらいなら……」
俺は一歩近づいて、彼女の目元を拭った。
「お前は俺をどういう男だと思っているんだ」
「……思慮深くて誠実で強くて優しい……私の大切な人」
「と言う割に、一つも信用しておらぬではないか」
「え?」
俺は憮然として文句をつけた。
「乳飲み子を抱えた嫁を残して、自分だけフラフラ旅に出た挙げ句、都合のいいときだけ支援してもらって大きな顔をするようなクズだと思われていたとは心外だ」
「ご、ごめんなさい!そんなつもりでは」
俺は彼女を引き寄せて、目元に軽く口づけた。
うむ、塩味だ。
「定められた運命だの、夢物語だのはどうでもいい。俺は俺のしたいように生きる」
「ええ、だから私のことは……」
「俺は愚か者だが、いつでも共にありたい相手を置いていくほどバカではない」
もし旅に出る運命だというのなら、お前を連れて行く。
「俺の故郷に伝わる古い伝説に出てくる一本角の幻獣は、恐ろしい怪物だったが、一人の乙女を己の決めた唯一と定めて、生涯を相手に捧げたのだそうだ」
俺は孤独な龍ではなく、お前と生きる一角の獣になりたい。
そう伝えると、我が最愛の妻は、またハラハラと泣いた。
「あなた!朗報よ」
大きく手を振りながら彼女が駆け寄ってきた。これはなにかに夢中なときの彼女だ。
「ここから北西に3日ほど行った先の山奥に、腕の良い鍛冶屋がいるそうなの」
俺は抱えている息子と二人で、彼女のキラキラと輝く眼に見惚れた。
「これであなたの大太刀が造り直せるわ!!」
「あん?」
「期待してね。もし鍛冶屋が思った通りの腕なら、オリジナルよりも格段に切れ味のいい刀を造ってあげるから。もう純度の高い隕鉄は入手済みなのよ」
「待て」
「すぐに人をやって交渉するわ。ああ、でも大事な話だから、最初は自分から会いに行った方がいいかしら」
「ちょっと待て」
「はい」
俺は一度彼女を冷静にさせねばと思った。
「今更、大太刀を造ってどうする」
「あら、だって必要でしょう」
「何に」
「あなた、故国を取り戻したいのでしょう?だったら、すっごいのを用意しないと」
幸せに暮らしながらも、俺の胸の底にわずかに残る燻りを、いつから見透かしていたのか。
陽射しの眩い、柑橘の木が揺れる小さな白いヴィッラの庭で、彼女は晴れ晴れと笑った。
「奪還から独立まで、まずは5カ年計画で概略をプランニングしたんだけど、後で聞いてくれる?」
5日後、俺は鍛冶師に会いに行った。
彼の造った大太刀は、息子の治世の後に国宝となった。
もしも一角の獣の赤い糸がちゃんと繋がっていたら、という話でした。
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お暇があれば、こちらもあわせて読むと、色々と違いがわかって面白いかもしれません。(こっちは赤い糸がブッチブチです)
「白い結婚、黒い悪妻 〜贅沢は素敵だ」
<https://ncode.syosetu.com/n7720id/>
補足:
上記の番外編集「青い鷹は翼を休めたい」の第7部分がこの話の二人の赤い糸が繋がっていなくて政略結婚がなかった話です。
IFものとしてどうぞ。
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お読みいただきありがとうございました。
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(性懲りもなく、大太刀納品時の話とか感想返しに書いてます)
よろしくお願いいたします。