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愛する年上花嫁を殺されたヤンデレ皇子は彼女を殺した大罪人どもを皆殺しにしたい  作者: 初春餅
第一部・愛する年上花嫁を殺されたヤンデレ皇子は彼女を殺した大罪人どもを皆殺しにしたい

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21/58

21.たったひとつ、欲しいもの

 エディトが大人の男に軽々と抱き上げられ、連れていかれるのを木偶のように見送った後、ラースはぽつりと言った。


「あの茶会に関わった者たちを、一人残らず全員僕の前に引き出せ」


 人形皇子のあだ名に相応しい、抑揚のない声だった。


 こうなった時のラースは、たとえ彼の胸の中でどんな激情が渦巻いていようと、外からは一切窺い知ることが出来ない。


「……宮殿警護部の捜査をお待ちください」

「待てない」


 ロジェの言葉にラースは物憂く首を振った。


「事態は一刻を争う。お前もそれくらい分かっているだろう」


 こうしている間にも、エディトの体の中で名も分からぬ毒が彼女を苛んでいる。一刻も早く毒物を特定し、解毒剤を調合させなくてはならなかった。


 ラースが付き合っていられないとばかりに、扉口に向かって一歩足を踏み出した時、背後からロジェが尋ねた。


「恐れながら、あなたはどんな理由をつけて、彼らの体に触れるおつもりで?」

「――何だと?」


 ラースは不快げに眉を寄せて振り返った。


「だってあなたは、片っ端から彼らの体に触れて回るおつもりなのでしょう?」


 当然だ。それが一番早い。


 ロジェは殊更、恭しく腰を屈めてみせた。


「ええ勿論、あなたがなさることの理由を、下々にいちいち伝える必要などございませんが」


 彼はそこで声を潜めた。お忘れでしょうか、あなたのそのお力は、皇帝家の秘密中の秘密。


「あなたがただならぬご様子で、片っ端から皆の体に触れて回る。犯人に触れた瞬間、『お前だな』と叫ぶ。そんなことをしたが最後、大して利口でない者も気づくでしょう。――もしや皇子は、手を触れた相手の心の内が読めるのでは? と」


 それが何だと言いたげに、ラースは緩く首を傾げた。


 ロジェの言葉はラースにとって、まるで意味をなさない音のようだった。


「……今のあなたは、そんなことを取り繕う気もないようですね」


 ロジェは呆れたように呟いて、「宮殿警護部の捜査をお待ちください」と繰り返した。


 飄々とした細身のロジェから、力ずくでも止める、という気配がした。


 場合によってはラースを再び羽交い絞めにし、ラースが諦めるまで拘束することも辞さない、とロジェの目は雄弁に告げていた。


「どうか」


 上質な白手袋をはめた手が、準備運動をするように、小指側からゆっくりと指をほぐした。


「殿下、戻ってきてください(・・・・・・・・・)


 この侍従がこんな顔をするのは、年に一度、あるかないかのことだった。


 戻ってきてください――か。


 ふ、とラースの唇から失笑が漏れた。


 ――どうしようもない。長い付き合いの侍従にこんなことを言われては。


 静かな狂気と張り詰めた気配は、薔薇の一片ひとひらのごとき笑みでどちらも消えた。


「僕は本当に無力だな……」


 この力さえあれば犯人を、ひいては毒物を特定することなど造作もないというのに。


 ラースは忌まわしい力を無理やり与えられる一方、その力を好きに使うことは許されていないという訳だった。


「無力で……何も出来ない子供だ」


 弱っているエディトに気遣われ、シェストレムには呆れられ。


 ダグ・シェストレムのあの態度は当然だった。ラースはエディトを守らなかったのだから。


「……シェストレムなら守っただろう」


 大事な局面での状況判断を、決して間違わぬと軍でも評判の男。エディトを軽々と抱き上げる腕を持ち、キスひとつでエディトを安心させる。


 シェストレムの名が出た途端、ロジェがすっと目を細めた。


「あの放蕩者が何か?」

「お前の個人的好き嫌いは知らない。残念ながら、僕はあの放蕩者に何一つ敵わない。……今のところは」


 だからと言って、指をくわえて見ているつもりなどないが。


 ラースは舞い落ちる薔薇の花弁のように、はらりと優雅に踵を返した。


「――陛下にお目通り願う」


 ただの人形皇子だった頃から、これまで何度となく通った父へと続く道を、自ら進んで歩くのはこれが初めてかもしれなかった。


 簡単なことだ。表立って動けぬのなら、何でも知っているあの人に聞けばいい。


 父は既に動いているはずだった。


 今回の件についても、まことしやかに囁かれるヴァルテル四世の「秘密機関」が――実際にはそんなものは存在しなかったし、したとしても構成員はせいぜいラースとあのお喋りなである――宮殿警護部と連携し、速やかに犯人を特定することだろう。


 レプスウルサの皇子が臨席した茶会において、毒物が使われるなど、決してあってはならないことだった。一刻も早く解決しなくては皇帝家の威信にかかわる。


「あの方は、きっと何かご存知だ」


 犯人につながる何か。


 それさえ分かれば、犯人だけが知り得る情報――エディトに使われた毒物が何かということも分かる。


 ラースが知りたいのはそれだけだった。


 犯人の追及も、報復もどうでもよかった。


 ままならぬ足を引きずって、ラースは一歩、また一歩と、杖を突いては前に進む。


 頭を下げる用意はあった。意地の悪い質問にも、何でも答えるつもりだった。


 この先何年でも、操り人形にも鸚鵡にもなろう。


 だからエディトを助けてと縋る。


 愛しているのかと訊かれたら、ラースはきっとはいと答える。愛がどういうものかは知らなかったが。


「……エディト」


 そのままのあなたを抱きしめさせてと、ラースを丸ごと優しい笑みで包んだ人。


 人形皇子の青い目から、一粒の涙がこぼれ落ちた。


「愛とか恋とか運命とかどうでもいい。僕はエディトがいい」

「人はそれを愛とか恋とか運命って呼ぶんじゃないですか」


 後ろからロジェがぼそりと言った。

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