②ピンポーン
ラジオは続く──。
「あれ? 仲が良かったんじゃないの?」
「そうですね。仲は良かったと思います。……というか、仲が良い空気はずっと出していました」
「それは棚瀬さんが?」
「そうです。でも、私だけじゃないんじゃないかな。きっと他にも大勢いると思う……」
「つまり、パッと見では、みんな、その亡くなられた方とは仲が良かった」
「そうですね。プレゼントを贈りあったり。でも、正直、どこかあの子のことを気に入らないと感じていた人はたくさんいたと思います」
「それは、どうして分かるの?」
「だって、私が嫌がらせの計画を立てたら、みんな乗ってくるんですもん」
「ああ。だったら、それはそうだったのかもしれないね。どうして? 何か嫌なことをされたとか? 実は性格が悪かったとか」
「性格が悪かったら、私だってこんなに悩んでないんですよ。あの子、すごく友達も同僚も大切にするし、真面目だし、特に男にだらしないとか、女を武器にするってこともない。言ってみれば非の打ち所がないんです。それがムカつくんですよ」
「なるほど。分かるよ。欠点がない人ってちょっとイラッと来るよね。だから嫌いだったの?」
「嫌いではなかったんですけど……。でも私、ちょっと困らせようと思って、あの子の財布を盗んでやったんですね。で、彼女のデスクの下に隠して。大騒ぎになりましたよ。誰が財布を盗ったのかって。でも、結局、彼女のデスクの下から出てくるでしょう? いい笑いものですよ。スカッとしました。あの騒動はなんだったんだって。その時のあの子の泣きべそ……。あれを見て気持ちがスッキリした時に、『ああ、私。この子のこと嫌いじゃないんだけど、邪魔だと思ってるんだな』ってハッキリ気づきました」
「それは、何かきっかけがあったの?」
「……それは……」
「これは告白ショーだよ。なんでもかんでも喋らなきゃ。じゃないと、君の心も晴れないよ」
依理はゴクリとつばを呑み込む。
「じゃあ、言いますけど……。私、佐々木先輩に憧れてたんです。私とその子の教育係で、背が高くて清潔感があって。いつの間にか惹かれている自分がいました。だから言ったんです。私、佐々木先輩のこと好きだって。つき合いたいって」
「佐々木先輩はどうだったの?」
「フラれました……。実は佐々木先輩には気になっている後輩がいて……。で、それが誰だったと思います? あの子だったんです。出雲花之葉。よりによって、私の仲の良い同僚だったなんて!」
「その、花之葉ちゃんはどうしたの?」
「最初は教えてくれませんでした。あの子、ずっとそのこと黙ってて。でも2人で飲みに行った時、どうしても気になって、問い詰めたんです。花之葉を。そしたら『依理ちゃんが傷つくと思って言えなかったんだけど……』って渋々語り始めました。花之葉、私が佐々木先輩を気に入っているのを知っていたみたいなんです。だから、佐々木先輩から告白されたけど、断ったって。これまで通りいい上司、部下でいましょうって」
「いい子だね」
「いい子過ぎますよ! だからカチンと来たんです」
※ ※ ※
『小竹向原~。小竹向原~。3番線は準急、飯能行きです。和光市方面には参りません。和光市方面はお乗り換えです。3番線、準急列車が発車します。ドアが締まります。駆け込み乗車はおやめ下さい』
依理はまるで生きた心地がしなかった。聞きたくない、これ以上、聞きたくない。
でも“私”は……。
“私”は、これ以上、何を言おうとしてるの……!? 心臓の鼓動で胸が痛い。背中は汗でぐっしょりと濡れている。だが、そんな依理をよそに、もう1人の依理は続ける。
「いい子だし、仲良くしようとしてました。でも、それで他の同僚たちにも言ったら。『分かる分かる』って。それで、いろいろ……」
「いろいろ、って例えば?」
「鞄の中にカエルを入れたり、あとはトイレに閉じ込めて、上から水をかけたり。無理な業務の押しつけをしてもらって、彼女が数日、自宅に帰れなくしたこともあります。あとは、いたずら電話をかけたり、逆に、営業先に言って担当を外させたり」
「その、花之葉ちゃんは、上司や窓口に相談しなかったのかな」
「それが、しないんですよ。それもムカつきませんか!? いつも笑顔で、何があっても穏やかで、誰が嫌がらせをしてるか詮索もしなくて!」
「仲間はずれとか、聞こえるように悪口を言ったりとか?」
「それはしませんでした。それやったら、イジメってハッキリ分かっちゃいますもん。私たちだって分かっちゃいますもん! その代わり、お得意先にはあの子が男が好きだ、みたいなことをオブラートに包んで言ったりはしました。それで酷いセクハラに遭ったりもしたそうです。いい気味です」
※ ※ ※
「嘘よ!」
依理は電車の中で思わず叫んだ。
違う、私が悪いんじゃない。悪いのは、あの子なんだ。私はただ、ふざけて……。遊んでいたつもりだった。他の同僚たちと冗談で盛り上がってるだけのつもりだった。
それなのに死んじゃうなんて。
当てつけなの……!? 私に対する当てつけ……!?
――そこで依理は気がついた。
電車の中には。
今や。
依理、たった1人しかいなかった。
他の乗客の姿は見当たらず、この車両にも前の車両にも、もちろん後ろの車両にも、まるで人の気配がない。
ガタンゴトン、ガタンゴトン。
ただただ、電車の揺れだけが、依理と共にある。
夜の闇を突き進んでいく無人の電車……。
この時間、乗客が自分以外誰もいないなんて、初めてのことだった。
「でも表向きは、私は、花之葉の味方のような顔をしていました。……私って、そんな人間なんです……。性格が悪いんです……」
「そっか。いいんだよ。泣いても。ほら、ハンカチ貸してあげるから」
「すごく陰湿なんです。私。だから、罰しないといけないんです。私を。私自身を」
「そうか。うん。分かるよ。自分を罰したい気持ちを。じゃあ、どうしようか」
「殺します」
※ ※ ※
「え……?」
思わず声が出た。
※ ※ ※
「私はもう、自分自身が許せません。花之葉を殺したのは、私も同然なんです。きっと、花之葉もそれを望んでいます。“私”が、“私”を、殺すのを……」
「そうだね。いいかも。殺すの」
MCのましろくんは、事も無げに言った。
「分かりました! では、この、ましろくんが、あなたの望みをお手伝いしましょう! さて、どうやって殺します? 刺し殺す? 絞め殺す? それとも拉致して、拷問でもやって、爪を一枚ずつ剥がしていくとか。指を一本ずつ切っていくとか。目玉をえぐり出してしまうとか。鼻を削ぎ落とすとか。そうやって苦しめに苦しめ抜いた後に、じっくりと死の恐怖を味わってもらう。そんなことも、ましろくんなら可能ですよ。さあ、依理ちゃん、どうする!?」
「いいですね……。拷問。それじゃ、“私”を捕まえなきゃ」
「よしきた、どっこい! ましろくんにお任せあれ! そろそろ依理ちゃんも、最寄り駅に着く頃だね。帰宅前に、拉致っちゃおうか!」
「お願いします! ましろくん! “私”を、“私”を、罰して下さい!」
「いいよいいよ、やっちゃおう!」
「お願い! 私を、捕まえて!!」
(何これ、どうしよう……、どうしよう……)
心臓あたりの服を掴む。
いや、あくまでこれはラジオだ。私を捕まえる? そんなことあり得ない。
その時ちょうど、依理の乗る、電車はホームへと滑り込んでいた。
最寄り駅。
依理以外誰も乗ってない電車が、誰もいないホームで、徐々にスピードを落としていく。
『フフ……』
その時!
依理は、花之葉の声を聞いた気がした!
「お。ちょうど、最寄り駅に着いたようだよ。よ~し。ましろくんが、しっかりと殺してあげるよ。おっと、その前に拉致って拷問だね」
――え?
「今、扉が開いた。ましろくんも出るよ~!」
無人のホームで、依理は周囲を見渡した。
どうして。どうして、今、私が最寄り駅に着いたのが分かるの?
人っ子1人いないホーム。
だが、ましろくんは、依理を見つける。
「あ、いたいた! 4号車のあたりだね」
「ましろくん、お願い! “私”を捕まえて!!」
「ちょっと遠いな。走るよ」
「お願い! お願い!」
――何、これ、どういうこと!?
訳も分からず、依理は駆け出す。
「あ、依理ちゃんも走り出しちゃった! ましろくんも急ぐよ~!」
嫌! 嘘! なんで、誰もいないのに!
私しかいないのに!
──これは、単なる、ラジオなのに!!
依理は背後を何度も振り返る。何度確認しても、何もいない!
「どんだけ探しても、僕の姿は見えないからね。前回ゲストの花之葉ちゃんからのご紹介で、今夜来てくれた依理ちゃん! その依理ちゃんのお願い。ましろくんが聞かないわけにはいかないね」
「殺して! 花之葉みたいに殺して!」
「そう? 首吊りがいい? 他にもあるよ」
「なんでもいい! もう、私、死んだほうがいい人間なの!」
「OK、分かった! なるべくむごたらしい死をプレゼントしよう!」
「イヤアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!」
思わず叫んだ。
依理はホームを走った。
エスカレーター。
それも駆け上っていく。
「あ~ダメだなあ、エスカレーターで走るのは禁止! 依理ちゃんは、やっぱり悪い子なんだね。僕は階段を使うよ、さあ、諦めてましろくんに捕まっちゃえ!」
ラジオから『ジャキン、ジャキン』と何やらハサミのような音が聞こえる。それもかなり大きなハサミ。植木屋さんが持ってるような。『ジャキンジャキン』。すごく重苦しい金属音……!
(やだ、やだ、やだ、やだ!)
想いは声にならず、ただハアハアという荒い息に化ける。
心臓がはちきれそうだ。
それでも依理は走る。
走る。
走る!
『ジャキン、ジャキン』
「もうすぐ、手が届くよ。すぐ後ろだ!」
(ひっ……!)
依理の目の前には自動改札。そして、その横にある駅員室には……。
誰もいない!
(なんで駅員さんいないの! 助けて、誰か助けてよ!)
誰もいない改札口に依理の足音と荒い息だけがこだまする。
今にも後ろになびく髪の毛が何者かに掴まれそうだ。
いや、あのハサミの音……。
もしかしたら……。
その時。
スッ、と。
依理の首筋に冷たい痛みが走った。
「キャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!」
急いで自動改札にスマホをかざす。
早く、早く、早く!
依理は待っていられない。
ようやく、自動改札の扉が開く。
急いで依理は、自動改札の外に出る。
逃げなきゃ!
走って、警察に! いや駅前のコンビニに!
その時だった!
バタン!
ピンポーン、ピンポーン、ピンポーン……。
誰もいないのに。
自動改札の扉が。
閉まった──。
自動改札は、何者かが侵入した証である、アラームを鳴らし続けている。
ピンポーン、ピンポーン、ピンポーン……。
『間に合わなかった……』
そのラジオからの声に依理はゾッとした。
それは。
明らかに、花之葉のものだった。
その閉じた扉の向こうにいるのは──?
花之葉?
それとも、ましろくん!?
突然、ラジオから若い少年たちの明るい笑い声が聞こえてきた。
依理の聞き慣れた声。ライシス・マターのメンバーたちが楽しそうにお喋りをしている。
「やっぱ、ラジオっていいよね。こうやってリスナーのみんなとつながっていられる。やっぱね、一番、みんなとの距離が近いよ。こうやってマイクに手を伸ばしたら……みんなの耳に指が届きそうだもん!」
依理のイチオシの高くんが冗談を言って、周りのメンバーが「それはねーわ」「ギャグが寒いわ」などとツッコんでいる。
ピンポーン、ピンポーン、ピンポーン。
自動改札のアラームは鳴り続けている。
依理はそれを見ながら、そっとうなじに手をやった。
──血。
わずかだが切れた後があり、そこから出血しているようだった。
さらに。
アラームを鳴らしている自動改札の隣の機械もバタン! と扉を締め、同時にアラームを鳴らし始めた。
ピンポーン、ピンポーン、ピンポーン。
次には、その隣の自動改札も。
バタン!
ピンポーン、ピンポーン、ピンポーン。
そこにある3つすべての自動改札。
そのすべてがアラームを鳴らし続ける。
ピンポーン、ピンポーン、
ピンポーン。
ピンポーン、ピンポーン、ピンポーン。
ピンポーン、ピンポーン、ピンポーン。
ピンポーン、
ピンポーン、ピンポーン。
ピンポーン、
ピンポーン、ピンポーン。
ピンポーン、
ピンポーン、ピンポーン、ピンポーン。
ピンポーン、ピンポーン。
ピンポーン、ピンポーン、ピンポーン。
その自動改札と自らの指についた血を見比べながら、依理はただただ、呆然とそこに立っていた。
鳴り止まぬアラームが依理の意識を遠くしていく……。
※ ※ ※
それから数日。依理のラジオアプリは一度もトラブルを起こしていない。
でも……。
あの、自動改札の向こうのどこかに、どこかの電車の車両の中に。
ましろくんは、未だに存在していて、そして依理を、または次の獲物を探し続けているのではないだろうか。
ほら。
今も。
自動改札の内側で。
都内を走りめぐる電車のどこかで──。
ピンポーン、ピンポーン、
ピンポーン。
ピンポーン、ピンポーン、ピンポーン。
ピンポーン、ピンポーン、ピンポーン。
ピンポーン、
ピンポーン、ピンポーン。
ピンポーン、
ピンポーン、ピンポーン。
ピンポーン、
ピンポーン、ピンポーン、ピンポーン。
ピンポーン、ピンポーン。
ピンポーン、ピンポーン、ピンポーン。
読んでいただきありがとうございます。この作品とは別に、ホラー系ローファンタジー小説の長編も書いております。→https://ncode.syosetu.com/n6996hr/
なろうテンプレとは違う独自の世界観に挑戦していますので、もしよろしければ、そちらも御覧ください。また、いいねやブクマ、星評価は創作の原動力になります。もし押していただけたらうれしいです。いつもありがとうございます!