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お前駆け落ちしろ

「あの悪習、そろそろ廃止できないものか……」


「そう思うなら国王になって禁止してください。暴動が起きますが」


「ミリア……正論を言わないでくれ。それに俺は国王になんかなりたくないんだ」


「では継承権を返上してしまえばいいのでは?」


「そうしたいところだが、許してくれないのだよ」


「どなたがですか? いわゆる派閥の貴族、国王陛下、女王陛下、他にも何人か候補はありますが」


「いや、俺だ」


 はぁ、と深いため息をつくカーチス。

 その瞳は酷く濁っていた。


「ご自身が許さないとは、プライドですか?」


「そんなものじゃない。俺のトラウマだ」


 ズズンとへこんだ様子のカーチス、それは先ほどミリアが注意された「表情筋で感情を取り繕えない者」の典型であった。


「王宮や王城で仕事をする者に求められる物はなんだと思う」


「優秀かどうか、というのが基本ですね。仕事を適切に素早く終える事ができる、不正を行わない清廉潔白な精神などなど」


「それを見極める方法は?」


「筋肉ですね、この国の場合ですが」


「そうなんだよ……王宮も城も部屋から出たら筋肉しかいねえんだよ!」


 ダンッと机をたたく。

 特殊合金で作られた特別製の机、それを殴りつけて痛がる素振りを見せないどころかわずかに凹ませている辺り、実はカーチスもゴリラに近い存在だが本人は気付いていない。


「あの筋肉を見たら吐き気が込み上げてくる……そして頭痛、めまい、倦怠感に襲われ、気を失う。父上も母上も継承権を返上したければ謁見しに来いと言っているんだ」


 つまるところ、返上させるつもりが無いのである。

 筋肉量と発育はともかく、国を支える立場としてカーチスは非常に有能だった。

 偏見がない、というよりは筋肉に対する偏見しかないからこそ人を見る目が誰よりも優れている。

 上っ面だけを見るよりも、もっと深いところを見る事ができるのだ。

 なお本人にとって不幸なのは相手の心を見透かしたとしてもそこには筋肉に対する欲求しかないことである。


「なるほど、つまりは筋肉恐怖症を克服できれば返上も可能ということですか」


「そうだな……やめろよ?」


「何をです?」


「お前今荒療治で筋肉密集部屋に詰め込もうとか考えているだろ」


「よくわかりましたね。筋肉が発達していないからこそ周囲からは顔色しか見えない不気味な女とよく言われていましたが」


「筋肉を見たくないからその心の内を見るように訓練してきた」


「それは……はい、陛下たちが手放したくない理由がよくわかります」


 ミリアにとってカーチスは大した価値を持たない男である。

 既に疎まれているが、もとより外見からして周囲の評価が低いのは致し方ない。

 そして後ろ盾にするにも当人の筋肉恐怖症からくる発言のせいで大した効力はない。

 トレーナーと婚約の申し込みは女性としてはそれなりに嬉しいと感じていたが、だがその程度である。

 初対面の相手に告白されたところでミリアの心は揺れ動くことは無いのだ。

 だが、その上でカーチスに協力するのには理由がある。

 荒療治だろうとなんだろうと、筋肉に対する恐怖心を捨て去ることに成功すればミリアの評価は上がるだろう。

 同時にカーチスという後ろ盾の効力も増す。

 いわば、打算である。


「それほどの観察眼があるならば、私の目論見もわかっているのではありませんか?」


「わかっている。俺を利用したいんだろう。出世欲があるとは思いもよらなかったがな」


「いえ、出世は別にどうでもいいです。禁書庫のもっと高ランクの部屋に入りたいので、何かしら手柄をあげたいと思っていたので」


「まーた呪われたいのか」


「呪い程度でこの知識欲を止められるはずないじゃないですか」


 ミリアは脳筋だった。

 旧来より使われてきた脳みそまで筋肉でできているような、なんでも物理で破壊すればいいと考えるタイプの脳筋ではない。

 その身に情報を多くぶち込み、誰よりも鍛え上げた脳みそで理論武装する、まさに脳みそを鍛える新しいタイプの脳筋である。


「……まぁ、見えない筋肉ならいいか」


 なおその事を瞬時に理解したカーチスは遠い目をしていた。

 頭の中身が理論武装でガッチガチに鍛えられていようと、その身体が柔らかければ問題ない。

 そう結論を出したものの一抹の不安はある。

 カーチスとて男の端くれ、力で敵わないのはもはや諦めているもののその分勉学に関しては誰よりも努力してきた自負がある。

 どちらか片方で負けるならばいい、しかし両方で負けてしまえば。

 それが惚れた相手であればなおさらのこと、カーチスは惨めな気持ちを味わうことになる。


(くっ……書庫の番人に俺が知識で勝てるのか? あの施術もそうだが俺の知らない知識をどれだけ蓄えているのだ。勝てる要素……何でもいい、一つあればそれだけで俺は……俺は!)


「そういえば殿下」


「カーチスでいいぞ」


「ではカーチス様、随分と右手を痛めていますね。ペンだこに腱鞘炎、どちらも長らく続いている様子。しばらく勉強はお休みした方がいいかもしれません」


「あぁ、これか。気にするほどのものじゃない。ただの習慣だしな」


「そうは言いますが、このままでは手首が使い物にならなくなります。どうぞご自愛くださいませ」


 そっと手を握るミリア、その温かさに、そして小さく柔らかな手にカーチスの頬が上気する。


(柔らかい……あと外野の歯ぎしりと筋肉の音がうるさい……でも柔らかいからいいや……)


 カーチスは思考を手放した。

 もう勝ち負けとかどうでもいいや、しばらくこの柔らかさに癒されよう。

 そんな下心の混ざった本心が見え隠れする中、周囲の者達はミチミチと筋肉を鳴らしていたのだった。


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