温泉会!
「ふぅ……いいお湯ですねミリア」
「はい、お母さま!」
元気よく湯船につかる二人と一匹。
子猫サイズになった竜王と共にちゃぷちゃぷと湯に揺られる親子だが、ミリアの小柄な体格と母の若々しさも相まって幼子を風呂に入れているようである。
「しかし流石に源泉は熱いですね」
『うむ、温度にして180℃。よく生身の人間が耐えられるなと感心しているぞ』
「その程度ならば問題ないでしょう」
「フレムの人間なら500℃までは耐えられますよ竜王。私も呪いを受けてこの姿ですがそれなりに鍛えてますからね」
『で、あるか』
なお某王子もそのくらいの温度は耐えられる。
耐えられるのだが、数分でのぼせるので非弱と揶揄されることも多いのだ。
ちなみに山脈に近い村では溶鉱炉を風呂に見立てた我慢大会が行われることもあり、溶けた鉄を風呂の代わりに酒を煽るという奇祭が存在している。
もはやゴリラを超えた化け物である。
「それはそうと、この源泉は素晴らしいですね。効能はどのようなもので?」
『確か疲労回復、肩こり腰痛、あとは若返りの効果もあったな』
「なんですって!?」
『む? やはりお主も女。若さには一家言あるのか?』
「若返りなど! そんな事をしたら鍛えた筋肉が減ってしまうではありませんか!」
『安心せい。肉体的な年齢と摩耗した魂が補充されるだけで見た目が若くなり寿命が延びるだけだ。鍛え上げた肉体に影響は出ない。むしろ今までよりも調子が良くなるであろうよ』
「む……」
すっ、と顔をしかめたミリアは拳を握り空を殴りつける。
音速を超えたその拳は破裂音を響かせ、同時に数十m先にあった岩を穿った。
「本当見たいですお母さま。確かに身体の調子はよくなりましたが力は衰えていません」
「そうですか……安心しました。老人を驚かせないでください」
『老人という歳ではあるまいに……』
「いいえ、この身体は既に全盛期を過ぎている。あとは老いるのみの肉体。ならばそれは老人と何ら変わりないでしょう」
ゴリラ至上主義、その頂点に君臨するミリア母は意識が高すぎた。
衰えるばかりと言えど、鍛えることは決してやめないだろう。
どのような傷を負ったところで普段通りのトレーニングをこなすに違いない。
だが、それでも身体の反応が遅れることを嘆いていた。
『まぁ、流石に不老不死とはいかんが定期的にこの湯につかれば全盛期の肉体を保つこともできよう。必要ならば近くに邸宅を立てる事を許可してもいいぞ』
「結構です。今回は火急の要件だったために利用しましたが、このようなものは人を堕落させる。不要ならば頼らぬ方がいい物でしょう。今後も秘匿していただけますね」
『あいわかった。しかし流石フレムの女傑。他国の貴族であれば喉から手が出る程欲しがり軍を引き連れてくるであろうに』
「くだらないですね。若さばかりに目がくらみ鍛錬をおろそかにするものの言い分です。確かに若い身体というのは魅力的ですが、私は鍛え上げた肉体と共に生涯を歩み、そして死の淵まで鍛え続け死という甘い眠りにつきたい。それが人としての摂理なのです」
その摂理はフレムでしか通用しないだろう。
だが、事実その手の死に方をする者は多い。
朝いつも通りの鍛錬を行い、朝食前に井戸水を浴びて、しっかりと食事をとって休憩をしている間に死の眠りにつく。
フレムにおいて最上の死に方とされているうえに実例が後を絶たないのである。
貴族にいたっては最期に「今日の鍛錬がまだ残っている」と言い残すことが多いのだ。
鍛えるために産まれ、鍛えながら死んでいく。
マグロのように常に泳ぎ続けなければ死ぬ生き物なのである。
「ちなみにもう一つ聞きたいことが」
『む、ミリアの質問とは長くなるな』
「いえ、短い質問ですよ」
『ほう?』
「竜王は男ですか? 女ですか?」
『……それ、重要な事かのう?』
「嫁入りを控えている身ですから」
『うーむ、男にも女にもなれるが……ペットの猫と共に風呂に入ったからと言ってなんの問題もあるまいて。あえて言うならばお主らの前では女でいる事にしておるよ』
「そうですか、安心しました。殺さなくて済んだので」
『え? 儂命の危機じゃったの?』
竜王の質問はちゃぽんという水音にかき消された。
……もし男だと名乗っていたら竜王の存在も血煙とかき消されていたかもしれないが。




