ゴリラは時にドラゴンにも匹敵する
「馬鹿な……一晩で我が派閥の者が全滅だと!?」
「いえ、全滅ではありません閣下。ほぼ全ての人員をルーブル家に奪われました。フレム人特有の方法で」
「えぇい! これだから馬鹿どもは! 市政はどうなっている!」
「そちらも順当に奪われ、当家の威光は鍍金呼ばわりされている現状です。また圧力をかけた各所から不平不満の声が上がり、そして……」
「まだあるのか!」
「はい、陛下から呼び出しがかかっております」
「くっ……辺境に住む蛮族め! 次は逃がさんぞ!」
そう叫びながらドシドシと歩くのは今回のトラブルを引き起こした大公だが……彼はフレム人にしては珍しく謀略を得意とする者であった。
当然ながら鍛えているのだが、人を使う事に長けているためゴリラの中でも最も賢い一人である。
同等の知能を求めるならば本の虫であるミリアや研究員を連れてくる必要があるのだが、そんな彼の描いた算段はゴリラのパワーによって一晩で潰える事になったのである。
やはり暴力は全てを解決するのだ。
一方その頃、そんな事情も知らず夜通し運動をしたルーブル家の女性陣はと言えば……。
「オーバーワークでしたね。せっかくのパーティだというのに筋肉のハリが良くない」
「ではやはり」
「えぇ、少々リフレッシュしましょう」
ミリアと母は互いに顔を見合わせ、そして同時に頷いた。
クリスは父と母に事のあらましと、よさげな男を見つけた報告を済ませてさっさと布団に潜り込み、そしてぐっすりと眠っている。
いい運動になったというのは本人の弁。
「あなた、すこし出かけてくるわ」
「い、今からかい? ドレスの仕立て直しもあるのに……」
「仕立て直しの間にこちらも筋肉を仕上げなおしてきます。無論パーティに遅れるつもりはありませんからご安心を」
「その心配はしてないけど……大丈夫なのかい?」
「えぇ、少し湯を浴びに行くだけです」
「それって……」
「フルウェルム山脈の秘湯です」
「やっぱりぃ……」
頭を抱えて嘆くブルースを無視してミリアと母は屋敷を飛び出した。
フルウェルム山脈、それはフレム王国を他国と切り離す壮大にして壮絶な土地である。
他国からすれば禁則地、あるいは最重要危険地域とされているがフレム人は子供のキャンプ感覚で行くところである。
なお王都は国の中央に近い位置にあるため、日帰りどころか軽いジョギング感覚で国境付近まで行こうという我が妻我が子に対する嘆きが大きい。
「ふむ、やはり筋肉はなくともミリアの力は素晴らしいですね」
「お褒めの言葉、ありがたく頂戴しておきますお母さま。ですがまだまだです」
「わかっているのであれば何も言いません。今後も研鑽を惜しまぬよう」
「はい」
穏やかな親子の会話だが、道中ではとんでもない魔物を轢き殺している二人。
フレムでは害獣程度の扱いだが、やはり他国では国家級の危機とされる存在である。
ある意味では共存関係にあるともいえるが、そんな魔物がフレムを出ない理由はやはりフルウェルム山脈にあった。
活火山であり、名湯と呼ぶにふさわしい温泉が多数存在するのだが湯浴みを楽しむのは人だけではない。
魔物の王と呼ばれるドラゴンなども湯につかりに来るため、彼らの縄張りとして並大抵の者は近づかず、力を過信した魔物は餌となるのだ。
『む……人の子か』
「おや竜王、貴方も湯浴みですか」
『うむ、最近腰を痛めてな……そちらの小さき者はミリアか?』
「お久しぶりです、赤竜王様。また施術が必要ならば次は実家ではなく王都へ来てください。今日は少々忙しいので」
『ふむ、では日を改めるか』
竜王と呼ばれる存在、魔物の王である竜の中でも特に強い力を持つ者に与えられる称号である。
上には上がいるというが、その中でも上澄みの存在である彼らは長い年月を生き、無数の知恵を持っている。
知識中毒のミリアにとってはこれ以上ない研究対象……もとい、話し相手だった。
実のところミリアは国の成り立ち、国是の改変全てを知っているがその上で今の在り方をよしとしている。
ついでに言えば本人の感覚で鍛える事も嫌いではないというのもあるのだが……書庫の本を読みつくし、禁書庫の本を楽しみ終えたミリアはこうして様々な伝手を使い知識を蓄えていた。
『しかし随分と、なんだ? くたびれているようだな、肉がだが』
年齢や精神の衰えではなく筋肉のハリを一瞬で見極めるあたりフレムに毒されていると思わないでもない。
だが彼も竜とてフレムで暮らす存在だけあって審美眼は一級品なのである。
「やはりわかりますか。昨晩少々派手に運動をした結果オーバーワークになってしまいましてね。今はそれを癒しに来ています」
『そうであったか。なればそこらの湯よりも源泉の方がよいだろう。良ければ案内しよう』
「源泉ですか。王家が探し続けていると聞きますが?」
『奴らはつまらぬ。故に我が家に招待することもないがミリアとその母とあれば問題なかろう』
「ならば、是非とも」
その言葉に軽く頷いた竜王は踵を返すように飛び立つ。
飛行するドラゴン、その後を当然のように走りながら追いかけられる二人は紛れもなくエリートゴリラだった。




