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一方その頃

 ミリアたちによる筋トレという名の破壊行為の裏で、もう一つの勝負が繰り広げられていた。

 姉のクリスである。


「この決闘に勝てば貴方は大公派から私達ルーブル派に鞍替えをし、今後一切大公派と直接的、間接的な接触をしない。破った場合は公的な裁きの下刑に処される。いいですね」


「うむ、こちらが勝った場合はそうさな……貴女を読めとして迎え入れたい」


 そう口にしたのは見事な筋肉に覆われた青年。

 大公派の中でも頭首を引き継いだばかりの若手であり、後ろ盾欲しさに強力な力を持つ者の庇護下に入っただけの男である。

 そう言ってしまえば情けなくも聞こえるが、その実民を思えばこその行動であり力をつけるまでの時間稼ぎのようなものだった。

 故に、正面から邸宅を訪れたクリスを無下に扱うことなく決闘という形で納得するに至ったともいえる。


 彼からしてみれば欲しいのは力ある後ろ盾。

 大公の力は確かに強いが、それ以上に王家の力は強い。

 貴族の最上位と王家、親戚筋とはいえどそれだけの差がある。


「クリス・ド・ルーブル。尋常に」


「アルフ・ベル・ローレンス。参る」


 がっしりと手を握り合った二人。

 一見ただの握手に見えるが、腕相撲から派生したれっきとした決闘である。

 ゴリラは心優しい生き物、むやみに相手を傷つける事はしない。

 だが力を示す必要がある際はその枷を解き放ち、そして全力を持って相手を捻じり潰す。


「細身かと思えば、その実圧縮された筋肉。女性かと思えば耕夫顔負けの力。なんとも恐ろしいな」


「見掛け倒しの筋肉かと思いましたが、瞬発力は目を見張るものがありますね」


 ギシギシと耳障りの悪い音を立てながら両者手を握り合い、そして押しつぶそうと力を込めている。

 だがクリスはそれを受け流し、アルフは正面から受け止めていた。

 2人はあらゆる意味で相性が良かった。

 そして悪かった。


 クリスが得意とするのは筋肉だけではなく、母直伝のエネルギーのコントロール。

 相手の力を逆に利用する戦い方を得意とし、その能力は自身の100倍の体積を誇る相手すら軽々と投げ飛ばす。

 むろん、技を抜きにしても同じことはできるが自身の能力を最大限に発揮する方法は別だった。

 故に筋肉の塊であるアルフの力を受け流しつつ、持ち前の腕力でねじ伏せようと試みた。


 だが一方のアルフはというと、フレム人らしく正面からの力押しが基本である。

 しかしその最大の特徴は吸収力。

 無駄に肥大したように見える筋肉はクッションの、あるいは緩衝材の役割を果たす。

 故にクリスに荷重を与えながら、当人は地震に向けられた力を受け続けることができた。


 互いが弱点を補い合える関係、しかし敵対すれば相手の能力に対して無力となる。

 一進一退の攻防が繰り広げられていた。

 だが、数秒、数十秒、数分と過ぎるうちに形成は傾く。


「くっ……」


 アルフが苦悶の表情で腕に筋を浮かばせながら、同時に脂汗を流し始めた。

 そして徐々にではあるが、地面が陥没し始めている。

 クリスの力に押し負け始めたのだ。


「見事な筋肉、それを見事に使いこなしている。けれど重すぎるのです。貴方の肉は無駄が多く、瞬発力しかない。持久力が圧倒的に足りていません」


「ははっ……決闘の最中にお説教かい?」


「いいえ、貴方を気に入りました。ルーブル派にも旗頭が必要、それはミリアが努めますがあの体付きです。そして女であることも弱点になりうる。ならば姉である私の伴侶がその頭目にふさわしいでしょう。だから決めました」


「何をかな?」


「貴方を私の旦那候補として鍛え上げましょう」


 そう宣言すると同時にアルフが膝をついた。

 轟音と共に地面に突き立てられた膝は頑丈な大地を砕きながら、しかし当人の肉体だけは一切の傷がついていなかった。


「私の勝ちです」


 決闘の勝敗は様々だが、多くは相手が両足裏以外を地面につける事。

 それ以上の追撃は貴族として恥ずべき行為であり、また敗北を認めないことも同義とされた。


「そのようだな……では明日から鍛えてもらうという事で?」


「いいえ、今夜から働いていただきます。今のあなたでも十分な仕事ができるでしょう。本格的なトレーニングはパーティが無事に終わってからとしましょう」


「わかりました、我が愛しき方よ」


「ふふっ、ルーブル式トレーニング術を受ければ貴方は最高にして最強の兵士になれる。励むことです」


 そっと差し出した手の甲に口づけをしたアルフは胸を躍らせた。

 自分よりも小柄で細身の女性、フレム人らしからぬと言われかねないその体躯の相手にこうもあっさりと負けるとは思いもしなかった彼にとって。

 そしてトレーニングにおいて高い壁を目前にしてたことに対して。

 なにより派閥争いで使いつぶされることを危険視していた自身と民にとって救いの道が見えたことに。


 クリスは喜んでいた。

 見た目に惑わされず、その実力を認めてくれた相手に。

 物腰柔らかく、今後役に立ちそうな男に。

 そして普段は喧嘩ばかりしている妹のために働けることに。


 その様子を遠巻きに見ていた暗部は颯爽とその場を去り、敵対派閥である大公派の面々を次々と薙ぎ払っていったのである。

 こうして一晩でいくつかある派閥の中でも強大な力を持っていた大公派の大半が沈むこととなった。


 だが、まだ戦いは始まったばかりである。

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