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ゴリラ式法の範囲内での報復

 夕暮れ時を過ぎ、もはや日も沈み人気のなくなった貴族街。

 本邸別邸問わず、貴族が住まう館が乱立している地域の一角でそれは起こった。


「スクワット200回!」


「はい!」


 ズンッズンッという大地を揺らす音、特殊加工硝子はその余波で無残に砕け散り、千年樹と呼ばれる硬質な木材で作られたドアや窓枠は粉砕され、超硬質金属を混ぜて作られた建材は耐え切れずに罅が入る。

 ゴリラの中でもえりすぐりの貴族ゴリラが住まう邸宅は非常に頑丈なのだが、それでも特定のスーパーエリートゴリラの全力を受け止めるには心許なかったのだろうか。


「や、やめろぉ! なんの恨みがあってこんな事をするのだ!」


 哀れな犠牲者は悲鳴を上げる。

 第一王子を次期国王に仕立て上げ、その上で傀儡にしようとした馬鹿の一人である。

 正しく言うなら筋肉を見せびらかして脅して従わせようという一派だが、余談でしかない。


「ミリア、腰をもっと落としなさい!」


「はい、お母さま!」


 ズガンッズガンッと更に衝撃は増す。

 大地を揺るがすスクワットは、しかし狭い範囲内にしか被害を与えていない。

 筋肉のコントロールはエネルギーのコントロール。

 ミリアの母がよく口にする言葉であり、その心髄はありとあらゆる事象を操作する事なのだ。

 有体に言うならもはや魔法の領域に達した物理技である。


「聞いているのかルーブル家!」


「聞く耳持たぬ! 私達は日課のトレーニングをしているだけ!」


「ならば王都の外でやれ!」


「恨むならばあなた達のまとめ役を恨みなさい! さぁミリア、スピードアップ!」


「はい!」


 ズズズズズズズンッと、大地の悲鳴は更に勢いを増す。

 それに合わせて邸宅の崩壊も早まるのは必然、既に半分ほどが瓦礫と化している。


「あぁ! 儂の邸宅がぁ! おのれ!」


 あくまでもトレーニングをしていると言い張る二人の女性。

 しかも片方は国の恥とされる呪われた令嬢。

 そんな相手に邸宅を破壊され見ていただけとあっては貴族としての立場も名声も失うのは必然である。

 貴族とて、そしてフレム人とて法の下生きる人間である。

 あるいはゴリラである。

 故に理由なき殺生には裁きが下されることになるが、覚悟を決めた者はなりふりなど構わない。

 拳を握り、スクワットという名の破壊活動を続ける二人に殴りかかったその貴族は……二人に触れる事すらできずに吹き飛ばされた。


「覚えておきなさいミリア! スクワットの衝撃を大地ではなく空中に発することで身を守ることも可能なのです!」


「さすがですお母さま!」


 もはや理論はもちろん理屈すらわからない御託を並べているが、事実頑丈な建物を崩壊させるだけのエネルギーをそのままぶつけられた貴族は吹き飛ばされ壁にめり込むことになった。

 筋肉は全てを解決するという国是だが、それは比喩ではなく現実だったのである。


「さぁ、やってみせなさい。あの残った部分を破壊してみせなさい!」


「はい! こうでしょうか!」


 ミリアの言葉と共に発せられた衝撃波はもはや残骸としか呼べなくなった邸宅の、その躯を粉々に砕いた。

 文字通りの木っ端みじんである。

 サラサラと砂になっていくそれを見て使用人達は膝をついて忠誠の意を示す。

 一部のゴリラは見た目にはこだわらない。

 彼らが忠誠を誓うのは自分より強き者、そしてその傾向は貴族の使用人や兵士に多く見られる。

 もっとも、文官などのインテリゴリラは戦闘力よりも総合力を見るため強さよりも有用さを求める傾向にあるのも余談である。


「よくできましたミリア。そしてお前達、強くなりたいのであれば夜通しの訓練に付き合いなさい。これから場所を移して再開します!」


「「「「「我ら貴方様の筋肉が指し示すままに」」」」」


 屈強な肉体を持つ者達を引き連れたミリアと母は次なる邸宅を目指し、街をめぐる。


「おいまてぇ……儂を置いていくなぁ……」


 ただ一人、壁にめり込んだ貴族を置いて。

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― 新着の感想 ―
[一言] 正拳突きの衝撃波とかではなくスクワットで? 流石だ
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