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宣戦布告

 それから数日、ミリアとカーチスの婚約の噂は瞬く間に広まった。

 王都にある別邸で過ごす一家はその手の面倒ごとには触れず、のらりくらりといつも通りのトレーニングと辺境での憂さ晴らしの日々を送っていた。

 そして迎えたパーティ前夜……ミリアの手元にあったのは古いドレス一着だった。


「どういうことかしら」


 重く響くような声で呟いたのはクリスだった。

 いや、問いかけたと言ってもいい。

 殺意と敵意、そして憤怒の感情を隠すことなく正面から突き付けられているのはドレスの仕立て屋である。


「誠に、謝罪のしようもございません……。とある高貴なお方が王都で流通している布、糸、ドレスの売買ルートを全て掌握され、そして……」


「続けなさい」


「ルーブル家には売らぬよう通達されました。もし売買が発覚した場合は営業できなくすると脅されまして……」


「なるほど。あなたの言い分はわかりました」


 パチンとアダマンタイト製の扇を鳴らし、静かに見据えるのはミリアの母。

 その眼光は鋭く、今にも飛びかかりそうなクリスを抑え込んでいる。


「ルーブル家も貴族の一員。その力が及ばぬとなれば公爵……いえ、大公でしょうか」


 ミチッと仕立て屋の筋肉が悲鳴を上げる。


「考えられるのは第一王子派閥……それも傀儡として使いたい手のもの」


 ミチミチッと筋肉が脈動する。


「答えなくてもいいのですよ。あなたは沈黙していればいい、相手は……ブラム家ですね」


 バツンッと、筋肉の脈動に耐えきれなくなった衣類がはじけ飛んだ。

 動揺の余りとはいえ、頑丈な服を破壊するだけのそれは証拠と呼ぶには十分だった。


「やれやれ……では誰に喧嘩を売ったのかを教えてあげなければいけませんね。クリス」


「はい、お母さま」


「夜が明けるまでに片付けなさい」


「日付が変わる前に終わらせましょう」


「ダメです。じっくりといたぶり、そして恐怖を刻み込みなさい。報復など考えないように、徹底的に、二度とその力を使えなくなるまで、入念にやりなさい」


「そういう事ならお任せを。聞いていたな暗部! これより打って出る、供をせよ!」


 天井に向けて叫んだクリスはドレス姿のまま窓から飛び出した。

 ルーブル家を指定された以上、クリスが着ているのも普段着と変わらないものだがそれでも十分に頑丈な素材である。

 具体的には鋼鉄の鎧すら水に剣を晒すがごとく食い破るフェンリルの牙も通らないという物体である。

 その正体はフェンリルの王ともいわれるエンペラーフェンリルの毛で編んだ逸品だが、ルーブル家は番犬の代わりに3ダースほど飼っており、クリスが抜け毛で作った物だったりする。

 趣味は乙女そのものだが、やっている事だけはえげつない女、暗部と呼ぶ手下を使いどこの家よりも他国の貴族に近い感性で諜報をこなせる逸材である。


 なお他の家の貴族は謀略などはせず力押しが基本であり、今回の嫌がらせも立場と資本にものを言わせた乱暴なやり方であると評価せざるを得ない。

 敵を作るだけの無駄な行為であり、また王家の人間が望み喜んだ婚姻に関するパーティを邪魔するような真似をするのだ。

 法的に問題なくとも、感情は穏やかに済むはずもない。

  それを理解できるインテリゴリラは少なく貴重であり、カーチスを中心としたインテリチームが国を守っていると言っても過言ではない状況だった。


 つまりカーチスが国内で嫁候補を見つけたというのは国にとって未来を左右する事態だったのである。

 他国へ嫁ぐことも視野に入れていた彼だが、それを両親が許さなかったのは産まれだけではない。

 その才能を誰よりも認めていたからに他ならないのだ。


「さて、仕立て屋さん。ルーブル家に売るなとは言われているけれどドレス自体は仕上がっているのでしょうね」


「無論でございます、奥様」


「よろしい。明日の朝には全て終わります。パーティは夕刻から、昼までにこちらに運び、そして微調整を済ませることはできますね」


「はい、上からの命令が取り消され次第お伺いします」


「結構。あなたの仕事ぶりは陛下にしっかりお伝えしておきましょう」


「光栄です」


 短い返答をしながら別邸を去った仕立て屋、彼も数少ないインテリゴリラの部類である。

 というよりは、実のところ貴族よりも貴族と関わる商売をしているフレム人の方が柔軟な考えを持っている。

 誰につくのが得か、力押ししかできない位の高い貴族と、搦め手も使える位の低い貴族の戦い。

 その手の争いごとで真っ先に被害を受けるのが彼らだからだ。

 だからこそ、どちらが勝っても問題ないように広い視野を持って立ち回るのである。

 それができないただのゴリラはいずれ大敗する定めにあるのだ。


「さて、ミリア。今日はもう寝なさい」


「いいえ、お母さま。私にもやることがあります」


「聞きましょう?」


 この場において、中心人物でありながら一切言葉を発せず静観していたミリアが初めて口を開いた。

 ブルースは妻と娘の気迫に気おされて気絶しているだけである。


「最近無駄な肉がつきましたので少々運動をしようかと」


「そうですか。ならばいい場所を知っていますのでいくつか紹介しましょう」


「ありがとうございます」


 そんな朗らかな親子の会話の中、広げられた地図で示されたのは第一王子傀儡派の本邸だった。

 後に静かな嵐の夜と呼ばれる惨劇の始まりである。

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