ドレスの仕立て
さて、ゴリラの国であるフレムで好まれる衣装とは何かと聞かれれば答えは単純。
より筋肉を美しく見せるものとなる。
つまりは上半身裸、あるいは胸部などを布で隠しただけのビキニスタイルだ。
だがこれはあくまでも庶民の一張羅であり、ある意味ではお祭りの際に使われる神聖な衣装である。
貴族の場合はちゃんとしたドレスが求められ、布地も多く肌を見せる事はほとんどない。
だが一つだけ共通点があるのだ。
「この布、弱いわね」
「アラクネの糸から編んだ物ですがやはり強度不足ですか。こちらなどはいかがでしょう、アダマンタイトを糸にした物です」
「だめね、頑丈なだけでいざという時に動きにくい」
「むむむ……さすがですな。ならば秘蔵の品を出すしかありません。ヒヒイロカネの柔軟性とオリハルコンの剛性を兼ね合わせた新作です!」
「へぇ……悪くないじゃない。最初から出しなさいよね」
クリスがドレス生地に延々と文句をつけながらも物色する中でミリアは黙々とサンプル生地を破り捨てていく。
そう、最も重要視されるのは頑丈性なのだ。
ゴリラがどれだけ筋肉を肥大化させても破れない、その一点を求めた物体こそがドレスなのである。
筋肉と力自慢はフレムの花、なればこそそれに耐えうるだけの超硬質ドレスを用意できるかどうかは貴族のステータスなのだ。
「あの……あまり高いのは……」
ブルースが顔色を変えながらオロオロしているがだれも見向きもしない。
今回のパーティは王家主催であり、ミリアが招待された立場。
更に王家に嫁入りするという可能性を秘めているためこれらの支払いは最終的に王族持ちになるのだ。
「ん……この生地いいですね」
「おぉ、お嬢様はお目が高い。それは柔軟性を重視した黄金糸と呼ばれる物です。クインアラクネが生涯に一度だけ、次世代の女王となる子のために吐く黄金の糸を使った物ですよ」
「しなやかな糸だけど頑丈。手触りもよく動きやすそうですね」
「それはもう。王族が鎧の下地に使う事もある素材です。まぁ我が国ではそんな無粋な使い方はしませんが」
この国、腕力に任せて多数の魔物を飼育している。
他の国では天災扱いされるアラクネの女王、クインアラクネすらも畜産業の一つとして飼育しているのだ。
結果としてゴリラ令嬢達が纏うドレスは他国なら一着で小国が買えるような値段になるのだが、フレムでは一般流通している。
なおその辺りの金銭バランスとしては「フレムで用立てたはいいが買い手がいない、ばらして売ろうにも頑丈すぎてばらせない」という謎のパワーバランスによって保たれている。
はっきり言うならばドレスはパーティにおける鎧というが、戦場で鎧の代わりに着ていても全く問題ないだけのポテンシャルを持っている物体なのである。
それこそ布地の裁断すらまともな刃物では不可能という頑丈さを秘めているのだ。
ならばフレム人はどうするかと言えば、辺境から算出されるレアな鉱石であるオリハルコンなどをふんだんに使用したハサミと持ち前の筋肉でぶった切るのである。
なお例外なくこの手の物資は他国では国宝に指定されるようなものなのだが、自力で土地を開拓したゴリラたちにとっては子供の小遣い稼ぎ感覚で取りに行けるのだ。
その子供ですら他国では一騎当千の兵士すら鼻歌交じりに薙ぎ払うゴリラなので手に負えないのが現状、フレム人を奴隷にしようと誘拐を目論んだ大手組織がフレムに入国する前に魔物に襲われて全滅したという例もある。
ゴリラの国は筋肉と、そのパワーで抑え込んだ魔物と、豊富な物資によって支えられているのだ……。
ちなみにその物資も魔物も減少することはなく、開拓が続けられている今を持って数を増している。
建国から数百年、今後数世代は安泰だろうと言われ続け、今では2000年後も問題なく生活できると言われている。
筋肉民族だが戦闘民族ではないのが救いというべきか、仮に戦闘民族であればとっくに世界は統一されて筋肉に汚染されていただろう。
その事実を知る者は少ないが、某王子は安堵に胸をなでおろしている。
「この生地でドレスを。色は水色にしてください。それとアクセサリーは不要です」
「おぉ、あえて着飾らないのですね!」
「えぇ、この布で作ったドレスに見合う装飾品はそうそうないでしょうから。ならば素材を生かす方がいいかと」
「御慧眼、恐れ入ります。ならば私共の全力を持ってお嬢様のドレスを仕立てて見せましょう」
店員の言葉に満足げに頷いたミリア、彼女もなんだかんだ言って女性であり、おしゃれは嫌いではないのだ。
ただ普段は本を読むのに邪魔だというだけである。
「お姉さま、そちらは?」
「えぇ、金属糸のドレスにしたわ。生物由来も悪くないのだけどね」
「そうですか、それならば装飾品はどうなさるおつもりで?」
「そうねぇ……今回は金細工かしら」
細工品はこの国の特産品だが、その中でも人気が高いのは金細工である。
理由は簡単、重量だ。
柔らかい金属であろうとも重量があるならばそれでいい、そんな理由から金細工が最も好まれている。
次点が鉛であるというのは他国では理解されないだろう。
結局のところ、ゴリラたちにとって物の価値は頑丈性と重量で決まるのだった。




