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サラブレッドゴリラ

 フレムの馬は速い。

 それは世界共通認識であり、フレム人すらも馬の足には勝てない。

 時速100㎞をゆうに超え、その速度を保ったまま1日走り続ける事ができるスタミナを兼ね備えている。

 当然ながら、筋肉ゴリゴリである。

 そんな馬に蹴られたらフレム人でも骨くらいは折れるし、他の国のものであれば腹に穴があく。

 甘噛みであろうとも一般人の頭蓋骨を砕き、牧草だけでは足りないのか樹木すらも普通に食いちぎるほどの顎を持つ馬の形をしたゴリラなのだ。

 だがここに、そんな馬すらも凌駕する存在が一陣の風となっていた。


「早くお母様にこのことをお知らせしないと」


 ミリアである。

 カーチスのトレーナーに任命されたこと、そして国王陛下よりその許可が下りたことを報告すべく野山を走り抜けていた。

 その速度、実に時速200㎞。

 走り続ける事4時間、ミリアは実家のドアを押し開け、数日ぶりに家族との再会を果たした。


「ただいま帰りました」


「あら、ミリア。学園での生活が肌に合わずに逃げかえってきたの? その姿では当然よね、早く呪いなんか解いてしまえばいいものを」


「あら、クリス姉様。まだ婚約者を見つけられていないのですか? 随分と実家のすねをかじり続けているようですが、姉様の力ではすぐにかみ砕いてしまいそうですね」


「言うじゃないの。今日こそ白黒はっきりつけてあげようじゃない!」


「望むところ!」


 クリス、ミリアの姉だがその中は険悪、に見えて実はとても仲がいい。

 ゴリラよりもゴリラをしているミリアに対し、クリスはごく普通の……フレム王国においてはごく普通の令嬢である。

 だがトレーニングには細心の注意を払い、骨格が変わるほどのトレーニングは逆に肉体を脆くするだけという考えから量よりも質を高めた存在。

 他国の者から見れば鍛え抜かれた女騎士にも見まがうその姿、美女と呼んで差し支えない風貌、ドレスの下は厚い筋肉の鎧に覆われた彼女の瞬発力と持久力はミリアに並ぶ。

 つまるところ、ミリアが唯一本気で遊べる相手なのだ。

 なおフレム王国の者から見れば筋肉が足りないと言われるが、都度その膂力で周囲を黙らせてきた傑物である。


「おやめなさい、二人とも」


 そんな二人が軽く拳をぶつけ合い、衝撃波により金属製の壺にひびが入ったところで静止の声がかかった。


「お母様、ただいま帰りました。お父様はいつも通り書庫に?」


「えぇ、あの人は軟弱だから王都からここまで日帰りは無理だと言っていました」


 ミリアの実家は辺境にある。

 王都まで一般的な、フレム王国外の馬では半月以上の旅路となる距離であり日帰りを想定できるのは彼ら彼女らだけである。

 なおミリアは王都での暮らしが長く、しかし書庫に寝泊まりしていたため世俗に疎かった。


「それで、学園からわざわざ帰ってくるだけの理由があるんでしょうねぇ」


 ぐりぐりとミリアの頭を撫でるクリス、一般人ならば首が捥げているだろう。


「お母様、こちらを」


「書類? やわな羊皮紙ということは王家からの物ね」


「王家から⁉」


「落ち着きなさいクリス。……ふむ、面白いわね」


「お母様! なんて書いてあるんですか⁉ もしかしてミリアが処刑ですか⁉ だとしたら今すぐ王都に行って直談判を!」


「だから落ち着きなさいと言っているでしょう、馬鹿娘」


 ズガンッと重低音を奏でるげんこつ、頑丈に作られているはずの屋敷、その床にひびが入りクリスの履いていたヒールが砕け散る。


「ミリア、よくやりました。貴女が呪われたとき、そしてその姿が成長しないと聞いたときはもう一生嫁入り先なんてないと思っていたのに……まさかあの変人王子を射止めるなんて」


「いえ、まだ婚約も何もしていないトレーナー契約です」


「でも書面に婚約を前提とした契約と書いてあります。王族との婚姻、そこから得られる知識、そして発展する筋肉! なんてすばらしい……変わり者同士とはいえ、そこに愛と筋肉があれば問題ないのです!」


「ミリアに筋肉は無いですよお母様」


「おだまり馬鹿娘。あなたはさっさと社交界でいい男捕まえてきなさい」


「この筋肉の質に気付かない男が多すぎるのですよ。ぶくぶくと膨れ上がったぜい肉のごとき質の悪い筋肉の多い事……せめて騎士団クラスの質は欲しいですね」


「高望みして行き遅れるなんてのはざらにあることです。お姉さま……早めに適当な相手を見つけたほうがよろしいかと」


「ミーリーアー?」


 ぐりぐりと、今度は拳で脳天を擦るクリス。

 なおこれも一般的には頭蓋骨を突き抜けて頭の中をかき回せる威力がある行為だがこの姉妹にとってはいつものコミュニケーションである。


「ともあれ、知らせてくれたことに感謝しますよミリア。これで大手を振って王都に行けます」


「ご迷惑をおかけしております」


 呪われた子、そう呼ばれ続けたミリアがいたからこそ辺境に住んでいた彼女たち。

 故に姉のクリスは婚期が遅れたと言っているが、これは本人の高望み。

 母は特に気にしていなかったが、貴族の間で笑い種にされる日々に鬱憤が溜まっており凶悪な魔獣が闊歩する地で日々憂さ晴らしをしていた。

 やはり筋肉、筋肉は全てを解決する。

 それがミリアの母の信条であり、王都での晩さん会などに参加した帰りは辺境までマラソンついでに魔獣退治を行っていた。

 その際周囲の木々をなぎ倒し、強く踏み固められた大地は誰もが通りやすい道となった。

 こうして国が抱えていた辺境への流通問題が一つ解決していたことにより、ルーヴル家に対する王家の評価は高いものとなっていた。

 なお、今回ミリアのトレーナーを含めた婚約が認められたのは母による辺境までの開拓、ミリアの提唱した持久力トレーニング論、父の書庫整理といった功績の数々が認められたからである。

 そもそもミリアが呪われていなければ爵位ももう一つくらいは上がっていただろうとすら言われているのは王家の秘密だったりする。


「ねぇねぇミリア、どうやって変人王子を誑かしたの?」


「お姉さま、誑かすとは人聞きが悪いですよ。特殊性癖のど真ん中に私がいただけです」


「クリス、ミリア、王族を変人だの特殊性癖だのというのはやめなさい。下手をすれば呪われますよ」


「私に効く呪いと呪符あるかしら」


 極限まで密度を高め、細身ながらに並のゴリラ令嬢を片手であしらえるクリスはもはや国最強の一角にいる。

 呪いと呪符程度ならば軽々と打ち破るだろう。

 筋肉で。


「今更呪いの一つや二つ増えたところで」


 ミリアに関しては実は受けている呪いは一つではない。

 浅いとはいえ禁書庫の書物を見境なく読み尽くした彼女は常人ならばとっくに死ぬか発狂している程度の呪いを幾重にも受けていた。


「あなたたち……お説教が必要みたいね。そこに座りなさい!」


 こうしてルーブル家の日常風景は夜明けまで続いた。

 地面に正座しながらも二人は筋肉だけを動かすことで血流を維持していたためノーダメージだったのである。

 実に器用な姉妹だ。


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― 新着の感想 ―
[一言] そこらの神話生物も余裕で倒せそうですしね そら発狂もするわけが無い
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