お客さん
コンコン、コンコン。
「んー……んん?」
コンコン、コンコン。
「はいはい、はいはい」
このいまいち国境が解からない森の外れには、たまにですが訪ねる人がいます。専ら通り過ぎる冒険者の方々で、たまに危険な魔物が徘徊しているかもしれないと伝えてくれる騎士の方々です。
ごくたまに、道に迷った子どもだったりします。
「迷子かな?」
目の前には鍔広の帽子を被った少女。ローブを着ているのからして、魔術師でしょうか。
「いえ、迷子ではありません」
「違うの? じゃあお腹空いたとか?」
「いえ、違うます。お弁当はあります。こんな何処の国境とも知れずさりとて資源豊富な森とは言えない場所に居を構えているなんて、一体どんな森の賢者がお住まいなのかと、気になって」
「ごめんね、おじさんただの森のおじさんなんだ」
「その様ですね。はぁ」
あからさまにがっかりされてしまいました。こういったケースもまぁ、珍しくは無い。寧ろ迷子より頻度が多いかもしれません。冒険者というのは、好奇心が旺盛な方々が多いものですから。
「何か困ってる事はありませんか?」
「いや、特には」
「では何故世捨て人を?」
「仕事の事とか税金の事考えたく無いから」
「ごめんなさい」
「いえ、こちらこそ」
「それ以外の事で、何か困ってる事はありませんか?」
「特には」
なんでしょうこの会話。
何故この子の中で私は困っている前提なのか。まぁ、困ってないと言えば嘘にはなりますが、今更子どもにどうこう言う事ではないのでね。
「なんかがっかりさせてしまったみたいだし、ジュースでも飲んでく?」
「それは、もしかして森の民しか知り得ない秘伝の薬とか!?」
「いや、森の普通のおじさんの作った木の実のジュースだよ」
この森外れに暮らし続けて二十年、ようやく作り出した最高のエッセンスという点では確かに秘伝と言えなくも無いです。自慢の炭酸の抜けたガ〇ナに限りなく近い何か。
「何が入ってるんですか?」
「それは……解からない」
木の実の名前についてまでは明るくなく、生憎と、健康を害さない以外の事については解からない。いや、若干のメタボ腹に貢献していると考えたら、十分害しているのかもしれません。
「遠慮しておきます」
「それが良いかもね」
「……あの、貴方は本当に森の賢者様とかではないのですか?正体を隠した、あらゆる秘術を習得した何千年と生きる大魔導士とか?」
「残念ながら、色々とパッしないまま三十五歳になってダラダラしてるおじさんだよ。特技は釣りとジュース作りとマタンゴ狩り」
「はぁ……そうですか……本日は大変、失礼しました。では、私は採集のクエストがありますので、失礼します」
「お元気で」
おそらく、二度と会う事は無いでしょう。意気投合して「またな!」なんて別れて以降、再会した冒険者は一人もいないですから。
きっとあの少女ともこれっきり。
さて、朝ご飯にしましょうかね。のんびり釣りでもしようかな。
なんだかんだと、こういう生活をしていると、ああして人と話すというのは、なんだか気分が高揚するものなのです。
「ってあれ?行ったんじゃ無かったの?」
「あの……この木の実、何処にあるか、解かりますか?」
それはガ〇ナの原料の一つでした。