偽者
その手紙には乱雑に書かれた文字があった。
『消えろ』
『偽物』
『なんで機械ごときが人間と一緒に暮らしている』
『本物を返せ』
いろんな字体でそう書かれていた。
私はその手紙から目をそらして、くしゃくしゃに丸めた。
握り締めるように。
とにかく悲しかった。
でも、涙は出ない。
泣いてしまったら楽になれるのに。
泣けないことがさらに私の胸をきつく縛る。
「ど、どうしたの?」
私の様子を見て、友達はそんな言葉を放った。
もしかしたら、友達がこれを仕組んだのかもしれない。
そう考えると、いてもたってもいられなくなって、私は走っていた。
「ちょっ、どうしたの⁉」
背後から私を呼ぶ声が聞こえたが、私は足を止めなかった。
当然、私の全力疾走に追いつけるわけもなく、振り切ることができた。
一人になりたい。
そう願いながら走った。
山に入って、走って走って走って……
いつの間にか私の知らない場所まで来ていた。
そこは、濁りに濁っていて、誰にも管理されていないような湖だった。
私は近くにあった苔の生えた岩に腰を下ろした。
その湖は、ダムぐらいの大きさで、川につながっている。
時折湖の真ん中から泡が出ているので生き物がいるのだろう。
私はただただボーっと湖を眺めていた。
もう、夕日は山に消えて、月が昇っている。
今日の月は三日月か。
湖に反射した月を見てそんなことを考えていると、湖にキラキラと光る何かを見つけた。
「なに、あれ……?」
明らかに自然にできた光ではない。
不自然に思った私は腰を持ち上げて、その光るものにかけよった。
汚い湖に腕を突っ込んでそれをつかむ。
「いたっ……!」
触れた瞬間、指に痛みが走って、反射で腕を引っ込める。
血が出ていた。
いや、詳しく言えばこれは血ではない。
血色の液体だ。
湖の中に光るものを目を凝らしながら見ると、刃物だった。
私は柄のほうをつかんで持ち上げた。
「な、ナイフ……?」
ここで何かがあったのだろうか。
そもそもなんで錆びてないの?
そんなことを、月光を反射するナイフを見つめながら考える。
「まぁ、そんなことどうでもいいか」
考えても仕方ないので、考えるのをやめる。それを湖に戻そうとしたけど、どこかもったいない気がした。
ここで出会えたのは運命かもしれない。
それに……
これが、私を求めているように気がするのだ。
私は、手に持っていたナイフで自分の手首を切ってみた。
どこか、気分がよかった。
いや、荒れていた気持ちがこの湖のように静まった。
手に、自分から湧き出る液体が滴る。
ナイフは、月光を赤く反射していた。
その光景を私はきれいだと思った。
そして、ナイフを湖で洗い、学校のカバンに突っ込む。
「そろそろ帰ろうか……」
私は重たい鞄を持って、来た道を戻った。
私が走ってきた道にはしっかりと、足跡が残っていた。
私は温かい光が漏れる玄関の扉を開けた。
「ただいまー」
「今が何時だと思っているんだ⁉」
急な怒鳴り声に私の体がびくりと反応する。
恐る恐る声のする方へ眼をやると、すごい形相のお父さんが駆け寄ってきた。
「今までどこにいたんだ⁉何回も電話したんだぞ⁉送れるなら連絡ぐらいよこしてくれっ‼心配したじゃないかっ……‼」
私はそんなお父さんに、
「ごめんなさい」
そう言うことしかできなかった。
お父さんは私の肩を揺らしながら、自分の心配を叫んで、叫んで、叫んで、抱きしめた。
「おかえり……!」
そう、目じりから静かに涙を垂らしながらそういった。
急な行動にびっくりしたが、そこには確かなぬくもりがあった。
私は、肩の力を抜いて、口角を上げて、
「ただいま。お父さん」
と、返した。
私には、私の存在を否定する人がいる。
それは、とても悲しいことだ。
でも、私には帰るべき場所がある。
あたたかな光に包まれた家がある。
ここにいれば、私は自分が機械だということを忘れることができるのだ。
ただの現実逃避かもしれない。
でも、現実逃避でも幸せならいいじゃないか。
そう、偽者である私が思った。




