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第9話 人の噂も750日

「いや……なんかもう話を聞く気にもならないんだけど。なにがどうなったら失敗するんだ」


 俺は頭を抱えたまま訊ねる。

 金曜日の放課後。

 いつものように教室には東雲と高嶺。


 高嶺に至ってはぐすぐすと半べそをかいている。一体なにがあった。


「時は昼休憩、教室での一幕でした」

「なんでちょっと物語風の語り口なんだよ。てか東雲さん、なんか最近色々慣れてきてない? 最初人と話すの慣れてなくてですね、とか言ってなかったっけ」

「この部活のおかげで変われました」

「早すぎる。先週始まったんだぞこの部活」


 全部がいい方向に向かってるのは東雲だけじゃないか? 俺はギンギンマックスだのギンポだの呼ばれるし、高嶺さんは泣いてるし。


「まあいいや。それで?」

「はい。枯木さんとの打ち合わせ通り、イケイケグループからそれっぽい話題が出たタイミングで、高嶺さんは近くの席で一人お弁当を食べていた私に声を掛けました」

「聞きたくない悲しい情報混ぜないで」


 そして俺も何を隠そう一人飯だ。最近は一人でも気まずくない場所を見つけたから、後でこっそり東雲にも教えてあげようと思う。


「『ラブホの件、嘘ってほんと?』と私に話を振った高嶺さんは、イケイケグループの皆さんに『え、志帆しほっちこの子と仲良いんだ』『嘘とか初耳なんだけど』『てかそれ誰に聞いたん?』などと質問攻めに」

「……なるほど。続けて」


 東雲はこくりと頷く。

 高嶺は何も言わずに項垂れている。


「そしてしどろもどろになった高嶺さんは言いました。『ギンポ……ギンギンマックス先輩に聞いただけだしっ!』と」

「終わったわ。もうこの先聞くまでもないわ」

「お、終わったのは私の高校生活だから……。あんた達なんかに関わったばっかりに。返して、返してよ、私の平和な青春……」


 めそめそぼそぼそと高嶺。

 可哀想に。一番可哀想なのは俺だけどね?

 そんな高嶺のそばに寄ると、そっと東雲が彼女の肩に優しく手を置いた。


「安心してください。これからは特別な青春が始まります。私たちがついてますから」

「やだぁ……そんなどぎつい色の青春」


 もはや青春と呼ぶのもおこがましい。

 俺が呆れ顔で眺めていると、東雲はさらに続きを話し始める。


「話を戻します。高嶺さんからギンギンマックス先輩の名前が出た途端、イケイケグループは沸き立ちました」

「なんでだよ。俺が人気者みたいじゃないか」

「なんでちょっと嬉しそうなんですか……?」

「嬉しくない。いいから続きを」

「は、はい。ええと……そう。そこで一人の男子が言いました。『志帆ももしかしてギンギンマックス先輩とラブホ行ったんじゃねえ!?』と」


 俺は絶句する。

 目が合うと、東雲は少し悲しそうに首肯して言った。


「高嶺さんは修行の成果か、そこで言い返したんです。『いや、私行ってないからっ! 私は外派だから!』と」

「外派て。台無しだよもう」

「あとはご想像にお任せします。教室は沸いてましたね。間欠泉かんけつせんくらい沸いてました」

「例えが下手なのか適当なのか全然わからん」

「もう死にたい……」


 ゆるふわの髪の毛も今日は元気がない。


 つまりは。

 本気でそう思われてはいないのだろうが、誤解は解けずじまい。さらに高嶺はイケイケグループ内で俺との関係を疑われてからかわれていると。想像し得る中で最悪の展開だ。


 今週の学校も、今日で終わりだ。

 来週末にはもうゴールデンウィークを迎える。このままでは、俺はギンギンマックス先輩の名を欲しいままにゴールデンウイークに突入することになる。それだけは絶対に嫌だ。


「やっぱり、受け入れるしかないのかもしれませんね……」

「むりむりむりだから。私、このままじゃお嫁に行けない」


 他人事みたいな東雲を見ながら考える。

 東雲、高嶺とアクションを起こした結果がこれだ。ゴールデンウィークまでに解決出来るようなアクロバティックな方法は……。


 ……待てよ。ゴールデンウィーク。

 そうか。俺はギンギンマックス先輩の通り名が嫌すぎて、焦りすぎていたのかもしれない。


「枯木さん。なにか思いついたんですか?」


 東雲が首を傾げる。高嶺もこちらを見た。

 目尻が赤い。涙目ですん、と彼女は鼻を鳴らす。


「そうだよ。ゴールデンウィークだ。俺たちは焦りすぎていたんだよ。強く否定をすれば、それは余計に噂を煽ることになる。今回の高嶺さんがいい例だ」


 目の前の二人は顔を見合わせる。

 まだよく分かっていないという反応だ。


「俺たちに無かったもの。それは、余裕だ。焦って動いたせいで火に薪を焚べるような形になったけれど、ゴールデンウィークはある意味良い休憩になる。所詮は噂、ほとぼりも冷めて、噂も冷めてくれる可能性は十分にあると思う」

 

 高嶺が俺の言葉に反応する。

 潤んだ大きな瞳が俺を捉えた。


「それ、ほんと……?」


 なんだかいつも強気な感じだから、こうもしおらしいと嗜虐心をそそられる。が、そんなこと言ってる場合じゃない。


「正直なところ、本当かどうかは終わってみないと分からない。けど、結局は時間に勝る解決法はないのかもしれない」

「確かに。人の噂も七百五十日と言いますし」

「二年超えてんじゃねえか。伝説だよもう」


 真面目な顔で東雲が言う。

 七十五日だろ。それでも長いけど。


「じゃあ、私たちはどうしたらいいの?」

「今までとは逆、何もせず、穏やかにゴールデンウィークを迎えよう。あと数日は何を言われても知らぬ存ぜぬどこ吹く風の精神だ。下手に反応をするから、面白がって噂される部分もあるのかもしれないし」

「なるほど……」

「ゴールデンギンギンマックスウィーク、略してGGMWに突入というわけですね」

「略すな。どういうわけだよ。絶対よそで言うなよそれ」


 ちょっと格好いいと思った自分が憎い。

 しゅんとした表情を浮かべる東雲。GGMW気に入ってたのかな、なんか悪いことしたな。


「じゃあ、そうと決まればゴールデンウィークの予定についてですね。そろそろ決めておきましょうか」


 俺の心配をよそに、そわそわと東雲がスケッチブックを鞄から取り出した。


「え?」

「え?」


 高嶺と二人、変な声が出た。


「ゴールデンウィークを逃すと次は夏休みです。高校生活において、重要な連休。これを逃す手はありませんよ」

「ち、ちょっと待って。大人しくしておこうって話だったじゃん。三人集まったところなんて誰かに見られたら、さん……」


 そこまで言うと高嶺は口ごもる。

 さん……なんなのだろう。気になる。


「高嶺さんの言う通りだ。個人個人で大人しくしておくべきだと思う」

「その辺りは私に考えがあります。枯木さん、先日言ってましたよね。私たちはお互いのことを知らないって。その通りだと思いました」

「何を、するつもりだ……?」


 東雲のことだ。

 とんでもないことを言い出す可能性がある。


「そんなに身構えないでください。ただの親睦会みたいなものですよ」


 東雲はふわりと微笑むと、スケッチブックを鞄にしまう。俺はそこで、校内に吹奏楽部の演奏の音が響いていることにようやく気づいた。


「……え。しまうんだ。なんで出したの? そのスケッチブック」


 高嶺がぽつりと言う。

 俺も同じことを思った。


 そして、親睦会。

 どうしてだろう。嫌な予感がした。

 

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