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『お嬢さんには、見える触れるだけではなく、霊を浄化する力もあるようです』


 男の人がおかあさんに話すのを、あたしはぼんやりと聞いていた。


『左手には霊を捕まえる力、右手には浄化する力があるようです。触るだけで浄化できるのですから、すばらしい能力です。お嬢さんはすごい霊能力者になりますよ』


 青年を消してしまったことについては、気にしなくていいと言われた。

 元々、測定に協力してもらった後に霊能力者が成仏させる約束になっていたから、と。


 だけど、あたしは自分が消してしまった青年の顔を忘れることができなかった。


 自分の手が怖くなった。触っただけで人の形をしていたものが崩れて消えてしまう。

 怖くて怖くて、グロウスに入学した後も、あたしは霊に触ることができなかった。


『時音。実技試験どうだった?』


 入学して最初の実技試験でも、あたしは霊に触ることができなかった。どころか、霊の姿を目にしただけでパニックになって泣きわめいてしまった。

 追試は霊のいる部屋に入るだけでいい、と言われたけれど、あたしは「怖くてできない」と涼に泣きついた。


『だいじょうぶだ。俺がそばにいてやるから』


 涼はあたしを励まして、追試を受けるあたしについてきて、部屋から出てくるまで待っていてくれた。


『あたし、霊にさわるなんてできないよ』

『心配するなよ。そのうち、ちゃんとできるようになるって』

『無理だよ。あたしだけ、いつも追試になっちゃう』


 びーびーと泣き言を言うあたしに、涼はちょっと考えた後でこう言った。


『だいじょうぶだ。時音が霊にさわれるようになるまで、俺がずっとそばにいてやるから。怖くなくなるまで、俺が守ってやるから』


 ああ。なんだ。


 涼が試験をサボって、わざと追試を受けるようになったのは、あたしのためだったんじゃないか。


 入学したばっかりで、自分のことでいっぱいいっぱいだったあたしは、そんなことにも気づけなかった。

 あたしはあの頃から何も成長していない。追試でも涼の後ろに隠れてばっかりだ。

 あたしがそんなだから、涼はいまでも追試につきあってくれているのだ。


(涼、ごめん……)


 怒っているよね。あたしのことなんて、もう見捨てたくなったかな?


 涼に謝らなくちゃ、そして、今までのお礼を言わなくちゃ。


 そう思った時、ガタガタと音が聞こえて、誰かの呼ぶ声がした。


「おーい、誰かいるのか?」


 あたしはハッと顔を上げた。玄関の扉が開いて、お巡りさんが二人、あたしをみつけて駆け寄ってきた。


「だいじょうぶかい?」

「お名前は?」


 あたしは目をぱちぱちした。怪我がないか尋ねられて、ぶんぶん首を横に振った。


「立てるかい?」

「はい……」

「ここの家の霊が、窓から何か言いたそうに訴えていると通行人から連絡があってね」


 お巡りさんにそう言われて辺りを見回すと、階段の上からマコトくんが顔を出していて、あたしと目が合うと「べー」っと舌を出してふいっと消えてしまった。


「お名前は言えるかな?」

「あ……朝賀、時音です」

「朝賀さんだね。グロウスの生徒さんだね」

「学校とお家からも「どこにいるかわからない」って連絡が入っているよ。みんな心配していたよ」


 時刻はお昼を過ぎていた。あたしはお巡りさんに保護され、洋館から出ることができたのだった。





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