068 冒険者の心得その3『この世の中、何が起きても不思議ではない』
「すまなかった。族長ゴレアスよ。此度の件、オレの早とちりであった」
「……いや、こちらにも非がある。ドラゴニアン族の集落に無断で踏み入ったのは事実なのだから。許されよ、族長アンガス」
「なぁに。運よくどちらの一族も死者を出さずに済んだのだ。これも戦闘調練だと思ってお互い水に流そうではないか」
「……そう言ってもらえると助かる」
「壊してしまった家々は我々も修復を手伝わせてくれ」
「そこまでしてもらう義理は……」
「がっははは! 馬鹿を言うな! 貴様らゴーディアン族と我らドラゴニアン族は、ミーユさまの御許に集いし同士! いや、同じ下僕! 言うなれば兄弟のようなものだ! 遠慮するな!」
「……げ、下僕?」
杯を呷りながら豪快に笑うドラゴニアン族族長のアンガス。
微妙な表情を浮かべるゴーディアン族族長のゴレアスさん。
あーあ。
完全に出来上がっちゃってるじゃん。
誰よ? お酒なんて飲ませたの。
しかも、こっちはまだ魔結石症の治療中で忙しいんですけどねぇ?
それなのにふんぞり返って酒を飲む下僕って……
ドラゴニアン族が降伏と服従を宣言してから数時間。
先程の戦闘で負傷した者全ての治癒がわたしとメルシェラによって終了し、現在はゴーディアン族に蔓延る魔結石症の治療を症状の重い者から優先して行なっている。
しかし、それもさしたる時間はかからぬだろう。
だけど、さすが魔族だね。
内包魔力量に差があるせいか、アダンの村人みたいに酷く重症化した人はいないもん。
これならみんな身体の欠損はしないで済みそう。
でもね、何が一番驚いたって……
「ミーユさま! 私の子が目を覚ましました!」
「うおおお! 治った! 治りましたぞミーユさま!」
「ミーユさま! ママをなおしてくれてありがとう!」
いやはや。
ゴーディアン族ってのは老若男女、全てが美男美女ばかり!
どんな遺伝子してんのよこの一族。
ドラゴニアン族はほんのちょっとトカゲっぽいだけで割と普通なのに。
「これは奇跡の……いや、神の御業だ!」
「ミーユさまは本当にネメシアーナさまの御子だったのだ!」
「ミーユさま万歳!」
「万歳!」
……あと、崇拝ぶりが凄い。
いくらわたしが不治の病を治したからって言ってもねぇ……
なんでかドラゴニアン族の人たちも一緒になって喜んでるし……
なんなの、このノリ。
ちょっとしたカルチャーショックだわ。
ちなみに、ラウララウラはゴーディアン族から秘かな人気を集めている。
元暗殺者と言う特殊な境遇が醸し出すアンニュイ(?)な雰囲気のせいだろうか、『ミステリアスガール』などと呼ばれ、もてはやされていた。
しかしラウララウラはそれに気付いていない。
鈍感乙女か。
対してメルシェラはドラゴニアン族に人気だ。
主にわたしの大剣と魔術によって羽や手足を失った族長アンガスを含むドラゴニアン族の戦士たちは、メルシェラの卓越した治癒能力で全員が回復していた。
これほどわかりやすく欠損箇所を生やされたのでは心酔しないわけがない。
ジト目で栗口だが美少女な容姿も追い風となり、お姫さまのようにチヤホヤされるメルシェラなのであった。
アイドル聖女の爆誕である。
しかしメルシェラはそれを迷惑に感じているようだ。
……アイドル聖女、か……
ふむ、メルをそっちの方面に売り出すと言うのはどうだろう?
わたしが曲を作ってプロデュース。
ラウラをマネージャーとして各地を巡り公演……
ククク……お金の臭いがプンプンしますなぁ……
「? 何を悪い顔してるんですミーユ」
「うわあ! メ、メル」
「次で最後の患者さんですよ」
「あれ? もう終わり?」
「もう、って、ミーユはニマニマしながら次々に患者さんを治していたじゃないですか。ラウララウラがドン引きしてましたよ。『顔がエグすぎる……』って」
「ひどっ!」
ラウラのやつ……人を悪人みたいに……
……わたしの顔、そんなにエグいのかな……?
しかし、いつの間にか全員の治療が終わるほど時間が経っていたとは。
やはり金銭が絡む妄想は相当に捗るようだ。
いつからわたしは金の亡者になったのか。
前世が裕福だったせいで、貧乏に耐性が無さすぎるとでも言うのか。
「ん? そう言えば静かになってる」
「はい。ゴーディアン族の皆さんはミーユのために宴を開く準備をするそうです」
「へぇ~。それは嬉しいね。魔族の料理なんて食べたことないから楽しみ。アンガスさんたちは?」
「さあ? ドラゴニアン族は広場に集合せよと言っていたので、広場にいるのではないでしょうか」
「ふぅん……」
わたしはメルシェラの発言に、強い違和感を覚えた。
この違和感は、しばらく前からあったが、より一層際立った形だ。
そう、アダン村を訪れたあの日から。
現在、わたしたちは集落の中でも一番大きい建物であるゴレアスさんの邸宅にいる。
ドラゴニアン族が襲撃をかけた際、魔結石症の患者、女性や子供、老人たちがここを避難所として集められていたのだ。
これは元々そう取り決めていたようで、ゴレアスさんが不在の場合は長老衆の指示で迅速に行動すると言う。
なので、戦士の男衆以外に怪我人すら出なかったわけだ。
そして今、この場には魔結石症で寝込んでいる者が数名の他に、わたしとメルシェラしかいない。
ラウララウラもいないようだが、宴の準備を手伝っているか、トイレにでも行っているのだろう。
好機到来。
「ね、メル」
治療に使用した布やタオルを片付けているメルシェラに何気なく声をかけた。
「はい~? 何ですかミーユ」
いつものように、のんびりとした返事を返すメルシェラ。
ややもすれば、これからわたしがする発言によって、今までの関係性が崩れてしまうかもしれない。
状況によってはパーティー解散も充分にあり得る。
わたしはそれほどに重い、爆弾発言をしようとしているのだ。
だが迷いはない。
知りたいことを知らぬまま、隠された真実を見ぬまま終わるのが一番の不幸だ。
「わたしが言うのもなんだけど、どうしてメルは魔族の言葉を知っているの?」
劇的であった。
メルシェラの動きがビタッと止まり、壊れかけな機械仕掛けの人形のように、ギギギと顔がこちらを向いた。
独特な赤い瞳は瞳孔を拡げ、零れ落ちんばかりに剥き出されている。
ポンコツか。
一瞬、訊いたのは失敗だったかとも思ったが、ここで退くわけにはいかない。
『わたし、気になります!』の精神だ。
ここは一気に畳み込むべき。
「メルはわたしとゴレアスさんの会話を理解してる感じだったよね。でも口を挟んでくることは無かった。つまりメルは魔族語がわからないフリをしていた。ま、そこは天然のメルだから時々ボロを出してたけどね」
ビクリとメルシェラの身体が震える。
「では、何故わからないフリをしたのか。それは、隠さねばならぬ理由があったから」
メルシェラの身体はビクンビクンと大きく痙攣し、冷や汗をダラダラと垂らした。
この手応え。
もう一押しで確実に落ちる。
「隠す理由……人間が魔族の言葉を知っていても問題視はされない。そう、わたしのように。ならばメルには違う理由がある。その理由、それは……」
「あわわわわわわ……」
涙目でガクガクと膝を大爆笑させるメルシェラ。
産まれたての馬や羊でも、もうちょいマシだろう。
ってか、可愛いし面白い。
このまま見ていたい。
しばらく眺めていようかな。
などと思った時、不意にメルシェラが絶叫した。
「そうです……実は私、魔族だったんです」
あ、やっぱり?
銀髪に赤い瞳なんて、人間じゃ有り得ないもんね。
ってか、勝手に自白しちゃったよ、この子。