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056 奇抜な別荘地



 エリィたちと別れ、一人取り残されていたラウララウラと合流し、むくれる彼女を宥め賺しながら前進すること五日間。


 道は徐々に上り坂が増え、明らかに高原へ来たと実感する。

 いや、これはもう、高原や高地とか言うレベルではない。


 山腹。そう、山の中腹だ。

 アダン村とは、この大陸の北部と南部を二分する山脈の山肌にあるのだ。


 確かに広い岩棚が草原みたいになってて、高原っぽく見えないことはないんだけどね……


 ただ、標高が上がったことに伴い、気温は更に低下した。

 端的に換言すれば、超寒い!


 まだ初冬なので、ほぼ雪がないのは救いであるが、それも時間の問題だろう。

 もう少し季節が進めば相当な豪雪地帯となりそうだ。

 暑いよりも寒いほうを得意とするわたしだが、転生によって肉体が変わったせいか、やたら冷気が身に染みる。

 子供は風の子などと言うが、あれは嘘だと身をもって知った。


 早く依頼を済ませて帰ったほうが肉体的にも行動的にも良さげだね。

 もたもたしてたら雪に閉ざされて身動き取れなくなっちゃうよ。


 ともあれ、早速ファトスで購入した防寒具が役に立っている。

 居室内はともかく、御者をする場合にはなくてはならぬ相棒がこの白いコートなのだ。

 幸い、あのゴブリン戦以降は、ほとんど魔物と遭遇していない。

 あくまでも『ほとんど』なので、多少は戦闘になったりもしたが。


 ビックリしたのは木に擬態した魔物だね。

 所謂トレントと呼ばれるモンスターなんだけど、何に驚いたって、いきなりわたしたちの馬、マックとテイオーを食べようとしたところだよ。

 なんなのアイツ。

 植物の癖に肉食なんて、食虫植物かってーの。

 まぁ、移動できない待ち伏せタイプのトレントだったし、植物系モンスターのご多分に漏れず弱点が火炎だったんで楽勝。

 ラウラの話によると、トレントの肉体(?)を構成する木材は結構な高値で売れるらしいので、アイテムボックスに丸ごとポイー。

 お金と食料はいくらあっても困らないのだ。

 ただ、7割方消し炭状態だから、査定的には二束三文かも。


 とにかくマックとテイオーが無事でよかった。

 彼ら二頭がこの旅の要だ。

 馬車なくして冬道を征くなど有り得ない。

 牧場一家の親戚であるわたしとしても、馬は大事にしたいと思っている。


 ところが、そのマックとテイオー。

 件のトレント戦で食われかけたにも拘らず、触手のようにしなる枝を、何とムシャムシャ噛み砕いたのだ。

 まるで飼葉を食むように。


 脚は速く、疲れ知らずで魔物にも恐れず立ち向かうどころか、逆に食ってしまうとは。

 流石は異世界の馬である。

 もしかしたら分類されてないだけで、馬も魔物の一種なのかもしれない。


「マック、テイオー。さあ、たーんとお食べ」


 そんな彼らを労うべく、ファトスの街で大量に仕入れたニンジンを惜しみなく二頭に与える。

 そしてこれもファトスの馬具店で購入したブラシで若々しくも逞しい馬体を磨く。


「ほう、手入れがなかなか堂に入っているではないか。ミーユ」

「ん。まぁね。(北海道の)実家ではよくやってたから」

「む? 一国の王女がか?」


 しまった。

 ラウラにつられて余計なことを口走った。

 最近ではとかく忘れがちだが、わたしはアニエスタの王女だったのだ。


「あー、っと、うん、わたし、昔から馬が好きでさ。王宮の厩でね」

「ふむ。なるほど。確かにお前さんは王女にしては変わり者だな」

「……」


 失敬な! と言いたいところだけど、事実なので何も言い返せない。

 だが、もう王女ではないのだから、誰が何と言おうと好きに生きるのだ!



 そんな感じに旅路を進め、いよいよ目的地であるアダン村が見えてきた。


「へー! こんなところに湖があるんだ? きれーい!」


 思わず御者台で、はしゃいでしまう。

 わたしの声が居室にまで届いたのだろう、メルシェラとラウララウラが窓から顔を覗かせた。

 ドアを開けないあたり、やはり寒さが堪えるのだろう。


「わぁ、とっても綺麗ですね」

「ほう。湖の岸辺が村となっているのか。実に風光明媚だな」


 二人もこの景色が気に入ったのか、瞳を輝かせている。

 うむ。年頃の少女に相応しい表情だ。

 良き。


「湖の奥側は立派なお屋敷がたくさんありますね」


 メルシェラの言った通り、村を挟んだ湖の対岸には、かなりの数の邸宅が立ち並んでいる。


「ん。あっちが貴族の避暑地っぽいね」

「うむ。間違いなかろう」


 わたしの発言にラウララウラが同意する。

 こんな場所でも貴族と平民には隔たりと言うか、格差があるようだ。


「じゃ、村のほうに向かうよ」

「はい」

「そうだな」


 軽く手綱を振り、馬車をだく足で進ませる。

 近付くほどにアダン村はごく普通の村だとわかる。


 木造や石造り、または混合のありふれた家並。

 ただし、その一軒一軒が大きめの敷地と庭を持ち、広い道によってきっちりと区画整理されている点は、やや不自然に感じる。

 が、アダン村の住人は貴族の別荘管理などでかなり潤っていると聞いていたし、このくらいの家を持つのは当たり前なのかもしれない。

 

 取り敢えず手近な家の前で馬車を停め、玄関のいかつい獅子状ノッカーを叩く。

 うむ。趣味が悪い。

 わたしたちは並び立ってしばらく待つ。


 それにしても寒い。

 寒すぎる!


 高山特有の凍えるような吹きおろしの風と、眼前に広がる今にも凍りつきそうな湖が相まって、異様に寒い。

 実際の温度はわからないが、体感気温は氷点下だ。


「ブヘクショーイ!」

「くちゅん!」

「ブフーーッ!」


 三人同時にくしゃみが出た。

 さて、どれが誰でしょう?


「……顔に似合わず淑やかな王女らしからぬ豪快すぎるくしゃみだな。ミーユ」

「ぐっ、こう言うのは思い切り出したほうが気持ちいいの! そう言うラウラも変なくしゃみじゃん。口を閉じたまましなくてもいいのに。変なの。それに比べてメルのくしゃみは可愛かったよ」

「うむ。可憐さが出ていたな。待て、変とはなんだ変とは」

「え? え? そ、そうでしょうか? 普通だと思いますが……」

「かーっ! 全くメルは卑しか女ばい!」

「メルシェラの天然はタチが悪いっちゃね!」

「な、なんですか二人とも」

「……それにしても全然出てこないね」

「留守でしょうか」

「うむ、人の気配がないな」

「じゃあ隣の家に行ってみよ」


 頷き合って背中を丸めながら隣家へ移動する。

 しかしやはり応答がない。

 その隣も、更にその隣も結果は同様だった。


「おかしいね」

「病人がたくさんいるはずなんですが」

「大きな施設に病人をまとめて入れてあるのかもしれんな」

「え、大きな施設ったって……」


 村内を見回しても、ラウララウラが言うような目立って大きな建物などない。

 考えてみれば、わたしたちは未だ住民すら目撃していないのだ。


「……あのさ。なんかこの村、変じゃない?」

「変、ですか?」

「どう言う意味だ?」


 まだ気付いていない様子のメルシェラとラウララウラ。

 ならばヒントだ。


「あるべきものがここには何もないじゃん」

「……あるべきもの?」

「そうか……なるほどな」

「え? え?」


 ラウララウラは理解したようだが、メルシェラは遺憾なく天然ぶりを発揮している。

 自分だけわからず、ジト目がちょっと焦ってて可愛い。

 なので大ヒント。


「メル、普通の村にあるものって、なに?」

「えぇと、あ、井戸ですね。確かにここには井戸がありません」

「そっち!?」

「そっちか!」


 思わずツッコミを入れるわたしとラウララウラ。

 回答が斜め上すぎる。


「目の前に湖があるのに井戸はいらないでしょーが」

「山側からも川が流れているぞ」

「あ」

「他にも生活するうえで必要なものがあるよね?」

「……食べ物ですか?」

「うんうん、いいよいいよー。自信なさそうなのが可愛いよー。で、食べ物が無くなったら、メルはどうするの?」

「森で狩りをしたり、木の実を採ったり……」

「かぁーっ! メルは卑しか女ばい!」

「ミーユ、それはもういい。よいか、メルシェラ。この村には一般家屋ばかりで商店や宿屋がないのだ」

「あっ!」


 ラウララウラに美味しい役を取られてしまったが、その通りである。

 前世で言うなら、この家並はモデルハウスの展示場といった、生活感を欠いた雰囲気なのだ。 


「言われてみれば確かにそうですね……美しい街並みなのに寂しく感じます」

「だね」

「でも、どうして人が居ないのでしょう?」

「さあ。ま、ここにいてもしょうがないし、あっちに行ってみよっか」


 親指で対岸を示す。


「ですが、あちらは貴族の別荘地なのでは?」

「だと思うけど、何かの事情であっちに集まってるのかもしれないじゃん」

「うむ。せっかくここまで来たのだ。見て回っても損はあるまい」

「だけど、一番の理由は……!」

「寒いから、ですね」

「寒いからだ!」


 意見は完全に一致。

 急いで馬車に乗り込み、温風魔術を発動。

 暖かい飲み物をアイテムボックスから取り出し、人心地ついてから出発する。


 湖に沿ってグルリと半周。

 2~3階建ての大きな屋敷が立ち並ぶ別荘地までやってきた。

 貴族の別宅にしては少々成金趣味が目立つ気がする。


 流石に貴族が避暑に訪れるだけあって、別荘地には割と立派な外壁と門が備わっていた。

 その門を馬車が潜った時、わたしは気付いた。


 はて?

 どれも立派なお宅なのに、やたら家同士が隣接しちゃってるね……

 庭も無いし、玄関が道端に近すぎない?

 なんでこんな建て方しちゃったんだろ。変なの。


 んん?

 右のでっかい三階建てのお屋敷。

 見間違いかな?

 看板に宿屋って書いてある気がするんだけど……


「ミーユ、左を見てみろ。あの豪邸に食料品店の看板が出ているぞ」

「あちらの邸宅には雑貨屋と書いてありますよ」

「はぁ!?」


 窓から顔を出したラウララウラとメルシェラが驚きの声を上げる。

 わたしにも訳が分からない。


 落ち着けわたし。

 考えても回答が得られない場合だってある。

 そんな時は、答えを知っている人物に聞くしかない。

 ほらそこに玄関先で木戸を開けている人がいるではないか。


「……人が居るぞ」

「初めて人を見ました」

「でも貴族っぽくは見えないよね……あの白い服って、もしやコックさん? このお屋敷に雇われているのかな? 一応、話を聞いてみようかえぇぇええ!?」


 思わず奇声が漏れてしまう。

 男性が木戸を取り払うと、現れたのは何とショーウィンドウ!

 そして綺麗に陳列されているのは焼き立てと思われるパンだ!

 この大邸宅はパン屋なのだ!


「あのー! すみませーん!」


 御者台から下りずに声をかける。

 得体が知れなさすぎて、いつでも逃げられるようにだ。


「なんだい?」


 覇気もなく、元気もなさそうなヒョロリとした男性は意外と気さくに応答した。

 きっと商売柄だろう。

 しかし、その男性の目が我々の馬車に向けられると、みるみる驚きの表情へ変わっていった。


「き、きみはネメシアーナ神殿の関係者かい!?」

「え? まぁ、一応そうかな」

「うおぉおおおおお! 救けだ! みんな! 救けがきたぞ! ネメシアーナさまは我々を見捨ててはいなかったんだ!」

「は?」


 コックさんっぽい男の大声で、周囲の豪邸からチラホラと人々がまろび出てくる。

 どの人も全く貴族には見えない普通の服装だ。

 だが、誰も彼も疲れ切ったような途方に暮れた顔をしている。


「おお……まさしく神殿の馬車だ……」

「まさか本当に来てくださるとは……」

「とんでもない金額を吹っ掛けられた時にはどうしようかと思ったが……」

「あの業突く張りの婆さ……司祭さまはペテン師ではなかったんだな」

「それで生ける伝説って噂の【彷徨う聖女】さまはいらっしゃったのか?」


 ちょっと待って。

 今なにか聞こえた気がする。

 イリーナの婆さん、やっぱり吹っ掛けてたのね。

 ほんと、がめついんだから。

 まぁ、それは置いておいて。


「あのー。確かにわたしたちはネメシアーナ神殿の依頼を受けてやってきたんですけど、いまいち状況がよくわからないんで、誰か説明してもらえます?」

「ワシが村長のダイスと申します。話ならワシのほうでいたしましょう」


 ん?

 村長?

 アダン村の?

 なんで村長がこんな豪邸に住んでるんだろ。

 もしかして元貴族とかなのかな。


「わたしは冒険者のミーユです。えーと、病人が大勢いるって聞いてきたんだけど、村のほうには誰もいなくて」


 わたしはダイスと名乗った老人に、村のほうを指差しながら言った。


「はい。奇妙な紫の石が生える奇病でして……ミーユ殿、そちらは貴族さまがたの別荘地ですぞ」

「は? いや、あっちがアダン村でしょ?」

「ここがアダン村ですが」

「はぁ!? どう見てもこっちの豪邸が貴族の屋敷でしょーが!」

「いえ、貴族さまがたは庶民気分で避暑をしたいと、民家風の別荘をお建てになるのがブームでして。ただし建材や庭などは全て一級品で整えております。その管理費等で我々は生計を立てておるのですが、儲けた金銭は使わないと税として国に納めねばなりませんので、こうして税金対策として家を大きくするしかないのです」

「……」


 あー、はいはい。

 前世でもありましたよそういうの。

 ってか、ここの人たち、どんだけ儲けてんのよ。

 そりゃイリーナ婆さんも目の色変えるわけだ。

 お金の臭いがプンプンするもん。

 しかし、まさかこっちがアダン村だなんてね……

 貴族が民家で暮らして、村人が豪邸に住まうとか、奇抜すぎるでしょ。


 ……謎は解けたのに、なんか釈然としない!



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