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050 裏のある司祭



 ゴーン ゴーン


 どこからか鐘の音が漂ってくる。

 その音色のせいか、ステンドグラスを通して差し込む様々な色彩の光のせいか。

 神殿内は何とも言えない荘厳さに満ちていた。


 うーん、神社とはまた違った雰囲気でいいねぇ。

 厳粛なんだけど温かみがあるって言うか……

 わたし的には、ピンと張り詰めたような神社の空気も好きなんだけどさ。


 わたしたちは今、ドーム状神殿の外周廊下の左半周を歩いている。

 こちらの廊下沿いに、神官や司祭たちの執務室などが並んでいるそうだ。

 ちなみに、本殿はドームの真ん中を突っ切る参道の奥にあるらしい。

 なんでも、巨大なネメシアーナ像が、慈愛の瞳で訪れた人々を見守っているのだとか。


 ぷぷぷ……すごいじゃん。

 ネメシアーナってこんなところに祀られてるの?

 まるで立派な女神みたいだよ。

 きっと、すました顔で突っ立ってるんだろうなー。ぷぷぷ。

 面白そう~、あとで見て行こっと。


 などと、おバカな妄想で遊んでいた時、案内してくれたご婦人の足が一室の前で止まった。

 ここが目的の場所なのだろう。

 と思ったが、内部にはちょっとした机といくつもの椅子があって誰もいない。

 どうやらこの部屋は控室も兼ねているようだ。

 本命は更に奥か。


「メルシェラさま。こちらです」

「はい」

「お供のかたは控室でお待ちいただけますよう」

「いけません。何を失礼なことを仰るのです。特にミーユは我が運命の人。ミーユこそがこの世で最もネメシアーナさまのご寵愛を受けし御方なのです。我が主への不敬は許しません」

「そ、そうは申されても、私の一存では判断できかねます……」

「問うて参りなさい。今すぐ。でなければ帰らせていただきます。そして二度とこの神殿を訪れることは無いでしょう」


 おおっ。

 珍しくメルが激昂してる。

 ってか、初めて見たかも。

 声を荒げるようなイメージないもんね。

 メルと以前からの知り合いらしいラウラも『うわぁ……』とか言いながら若干引いてるし。


 でも、わたしがネメシアーナの寵愛を受けてるってのは、どうかなぁ?

 わたしの他にも、ネメシアーナのせいで地球から転生させられた人がいるんじゃない?

 あ、そういや『女神の試練』とやらを達成して『女神の加護』を貰ったのはわたしが初めてって言ってたっけ。意味不明だけど。

 え、普通それを寵愛とは言わないよね?

 どちらかといえばオモチャにされてるというか、暇つぶしの道具というか、ボードゲームの駒というか……


「シスター・サリー、皆さまをお通ししなさい。見習い聖女たるメルシェラさまは、神官と言えど司教相当の階位を持つのです。口答えなど、あるまじき行為ですよ」


 そうなの!?

 司教だなんて、メルすごいじゃん!

 じゃなくて、女性の穏やかな声は奥の部屋から聞こえた。

 声の主がメルシェラを呼び出した人物なのだろう。


「は、はい、司祭さま。非礼をお詫びいたします、メルシェラさま、ミーユさま」


 恐縮したように身を縮めるご婦人、いや、シスター・サリーさん。

 気にしてないから頭を上げて欲しい。

 しかし、神殿とはなかなかの縦社会なようだ。

 尤も、組織と言うものは概ねどこでもそうであろうが。


「ど、どうぞ皆さま、こちらへ」


 サリーさんは可哀想なほど冷や汗を浮かべながら奥へ案内してくれた。

 司祭さまと呼ばれた人は、それほどまでに恐ろしい人なのだろうか。

 それとも、メルシェラが司教相当の権限を持つからだろうか。


 司教とは地球で言えば管理職みたいなものだ。

 教会の人事を自由に任命、罷免できる裁量を持っている。

 そんな上司の不興を蒙った者はどうなるか。

 日本なら左遷、もしくは解雇だろう。

 つまりサリーさんは、知らなかったとは言えメルシェラへ無礼を働いたことに恐怖したのだ。

 メルシェラにしては珍しく怒っていたし。


 ……いや、あの怯えかたはそれだけとも言い切れない、かな。

 ま、この部屋の主に会えば答えはすぐわかるでしょ。


「ん。サリーさん、わたしは気にしていませんから大丈夫です。ね、メル」

「はい。ミーユがそう仰るのであれば」


 わたしが笑えばメルシェラも微笑む。

 そんなわたしたちを見て心底ホッとした様子のサリーさん。

 良かったね。


「失礼いたします。司祭さま」


 サリーさんがコンコンとノックをしてから奥の部屋に入る。

 メルシェラを先頭に我々も続いた。


 室内には少し立派な椅子に腰かけた白いローブの老婆が。

 木目調の温かみのある部屋で、壁には様々な刺繍が張られている。

 素朴ではあるが、部屋の主の性格を表しているのかのようであった。


「私はこの分殿の司祭を務めるイリーナと申します。立ってお迎えもせず、このような格好で申し訳ありません。私は足を悪くしているもので。先程のことも含め、改めてお詫びを」


 穏やかに微笑むイリーナ司祭がゆっくりと頭を下げる。

 非常に優しそうな笑顔だった。


「いえ、私のほうこそ感情を露わにしてしまい申し訳なく思います。しかし、私は『見習い聖女』ではありますが、今はこちらのミーユの従者を務めております。やはり従者としては主を軽んじられると……」

「それはもう、重々承知しております、メルシェラさま。シスター・サリーには後ほど厳しい懲罰を与えますので何卒お許しを」


 ちょっ!?

 こんなことで懲罰を受けるの!?

 いくら縦社会って言っても、それは厳しすぎない!?

 こっちは別に怒ってないって言ってるじゃん!


「あの、司祭さん、わたしもメルも気にしていませんので、サリーさんの懲罰は勘弁してあげてください」

「ミーユの意向であれば私も異存はありません」

「おぉ……何と慈悲深い! 流石は聖女とその主さま!」


 大袈裟に驚いて見せる老司祭。

 それでピンときた。

 これは茶番……というと語弊があるが、一種のパフォーマンスなのだ。

 わざと事を大きくしようとして憐れみを誘い、許しを得るための。


 この老司祭は思っていたよりも老獪だ。

 こういう食えない人物に心を許してはいけない。

 穏やかな笑顔でとんでもないことを吹っ掛けてくる。

 これでさっきの答えはもう出たようなものだ。


「それで、私が呼び出された理由とは何でしょう?」


 恐縮しまくるサリーさんに勧められた椅子へ腰を下ろしながらメルシェラが尋ねる。

 わたしとラウララウラもメルシェラに倣う。

 そして物見遊山を装って、部屋をキョロキョロと見回す。


「はい。見習い聖女がファトスを訪れていると聞き及びましたので、まずはその御尊顔を拝謁するべきかと思ったのです。我々、ネメシアーナ神殿に仕える者にとって、メルシェラさまは既に生ける伝説ですから。女神ネメシアーナさまより勅命を授かり、その絶級治癒魔術で各地の人々を救うなど、聖人そのものです」

「? それだけ、ですか?」

「いえ、まさか」


 手を口にあてて、ホホホともクククともつかぬ笑い声を立てる老司祭。

 あ、やばい。

 やっぱりだよこの人。


 老婆の見た目や雰囲気に騙されてはいけない。

 全てには表と裏がある、とアルカナちゃんも言っていた。

 足が悪いのも、微笑みを絶やさないのも、デルグラド師匠風に言えば『崩し』なのだ。

 見る者に安心感と油断を与えるための。


「……ファトスから北東へ7日ほどの村で、謎の病が発生しているとのこと。そこでメルシェラさまに様子を見てきていただけないかと」


 ほら来たぁ!

 予想通りすぎて笑えてくるよ!

 あーっはっはーだ!

 前にも言ったけど、この手のは絶対めんどくさい割に儲けの少ないイベントって相場が決まってるんだよね。

 メル、こんなのに引っかかっちゃダメだよ。


「わかりました。参りましょう」

「おいぃ!」


 いけない。

 思わずパパ直伝の全力ツッコミが出てしまった。

 メルのせいだよ。即答なんてするから。


「おぉ! 行っていただけますか。ありがとうございますメルシェラさま。本来ならば要請を受けた我々神殿の者が向かうべきなのですが、生憎、治癒魔術を扱える者が出払っておりまして。メルシェラさまがこの街を訪れていたのは不幸中の幸いでした」


 なーにが不幸中の幸いよ。

 最初からメルに押し付けるつもりだったんでしょ。

 どうせ、自分たちの手に負えないとか、そんなしょーもない理由で。

 NPCってのはそういうもんだしね。

 こういう時ははっきり言ってやんないと。

 プレイヤーのわたしが。


「んー、悪いけどお断りします。わたしは冒険者。ギルドの依頼ならともかく、引き受ける理由がないですね」

「ひ、人助けなのですよ? 困っている者を助けるのも冒険者の仕事でしょう?」

「いいえ。冒険業を慈善事業と履き違えないでください。そもそも、そちらが要請を受けたんですよね? それを押し付けるつもりで?」

「く……」

「メルは聖女だから人を救わねばならない、などというくだらない決まりもありません。それに、メルも冒険者です」


 苦々しい顔を一瞬見せるイリーナ婆さん。

 化けの皮が剥がれそうですよ。

 さて、どう出てきますかねぇ。

 条件によっては受けてあげてもいいんだよ?

 神殿はどうでもいいけど、ネメシアーナ本人の評判が落ちるのは可哀想だしさ。


 ちょっと、ラウラはなにニヤニヤ笑ってるの。

 してやったり、みたいな顔してさ。

 メルはいつも通り無表情だけど。


「……わかりました。報酬はお出しいたしましょう」


 いかにも苦渋の決断といった表情の老司祭。

 そんなにお金を出すのが嫌なのだろうか。

 ……嫌なんだろうなぁ。

 顔がすっごい皺くちゃだもん。

 人間、年を取れば、がめつさだけが残るってパパも言ってた。


「おいくらで?」

「……金貨3枚ではいかがでしょう……?」

「メル、ラウラ、帰るよ」

「お、お待ちを! き、金貨10枚で!」

「もう一声」

「くっ……こんガキャア……人の足元を見やがって……」

「は? 何か言った?」

「い、いえ。で、では金貨15枚お出しします!」

「50」

「法外な! 20!」

「40」

「さ、30!」

「ん。ま、そんなもんかな。あと、馬と馬車も用意してね。ここ、厩もあったし。居るんでしょ、馬」

「なっ!? ぐっ……わ、わかりました」

「明日は準備して明後日にでも出発するよ。じゃ、そういうことで。行こうメル、ラウラ」


 イリーナ司祭の返事も待たず席を立つ。

 ポカンと突っ立っているシスター・サリーにウインクを飛ばして部屋を出た。

 そして控室を抜けて廊下へ戻る。


「ミーユ、あんなことを言って大丈夫なんですか?」


 メルシェラが少々不安気に耳打ちしてきた。


「メルは村の様子を見に行きたかったんでしょ?」

「それはそうなんですが……あれほど高額の報酬を要求するのは……」


 それが聞こえた様子のラウララウラは破顔した。

 流石に耳がいい。


「ああ、メルシェラは気付かなかったのか」

「どういうことですか、ラウララウラ」

「あの婆さんが相当な業突く張りだってことさ。あれはかなりあくどいこともやっているぞ。お前さんもシスター・サリーの怯えぶりを見たろう? ありゃ普段から『厳しい懲罰』とやらを受けているせいだ」

「え? え?」


 普段が無表情なので解り辛いが、困惑したような顔になるメルシェラ。

 彼女だけ理解していないのも可哀想なので、種明かしをしてあげよう。


「ね、メル。司祭さんの部屋を見てどう思った?」

「素朴な部屋だな、と」

「うん、一見するとね。でも、燭台が純金だった。奥の方に隠してあったけど、杖や食器類も全部金だったよ」

「えぇ?」


 今度ははっきりと驚愕するメルシェラ。

 うむ、良い反応だ。可愛い。


「それに、奴の着ていたローブは最高級の絹だ。西方の国、ラビアナ産のな。あの壁にかかっていた刺繍は更に西のトラキア産で、一枚につき金貨100枚は下らぬ品だ」


 ラウララウラが補足してくれる。

 しかし元暗殺者なのに詳しいね。

 あ、暗殺者ギルドは盗賊ギルドと懇ろだからか。

 密輸とかする盗賊も抹殺してるだろうし、密輸品の中に絹や刺繍があったのかもね。

 ってか、あの婆さん、どんだけあくどいのよ……


「ま、婆さんがどんな悪いことをして貯め込んだのかはともかく、神殿の司祭ともあろう人があんなのじゃダメでしょ。清貧であれ、なんて言うつもりはないけど、仮にも聖職者なんだからさ。それとも、ネメシアーナの教義って『金にがめつくあれ』とかなの?」

「いえ、『清く正しく美しく』を第一の教えとして……」

「宝塚かッッ!!」


 全力で突っ込むしかなかった。

 なに教えてんのよネメシアーナは!

 間違っちゃいないんだろうけど、もうちょっと、なんかこう、あるでしょーが!


「ミーユよ。タカラヅカとはなんだ?」

「あ、うん、こっちの話」

「ふむ。まぁともあれ、あの老婆にも面子はあるのだろうな。要請されておきながら、出来ませんでは神殿の沽券に関わる。そこで絶級治癒魔術を持つメルシェラを派遣すれば解決の可能性はかなり高くなるだろう。そうなれば村からは多額の謝礼を受け取れるし、王都にあるネメシアーナ大神殿の上層部からの覚えも良くなる。解決すれば、それは老婆の手柄になるからな。更に言えば、仮にメルシェラが失敗したとしても問題はない。絶級治癒魔術が効かぬような病であるなら、王都の大神殿にも治せる者はおらぬだろう」

「だね」


 ラウララウラの推測に頷く。


「はぁ、なるほど……ミーユとラウラの観察眼は鋭いのですね……私は己の不明に恥じ入るしかありません」


 私はダメな子です、と呟きながらシュンとするメルシェラに萌える。

 美少女はどんな場合でも可愛いのだから、あの老司祭より余程ズルい。


「ですが、今後イリーナ司祭に恨まれたりしませんか?」

「ん。それは大丈夫じゃない? 恨んでも手出しはしてこないと思うよ」

「ミーユに同意だ。老司祭の実態を大神殿に伝えるだけで奴は終わる。それを恐れたからこそミーユの報酬額交渉に乗ったのだ」

「だね。メルが司教相当権限を持ってるわけだし、いざとなれば罷免すればいいよ。それにほら」


 そう言いながら、わたしは懐からあるものを取り出す。


「……ペン、ですか?」

「よく見て、ここ」

「ほう、イリーナと名が刻まれた黄金のペン、か。しかし、お前さん、いつの間に……」

「帰り際にちょっとね」

「はっははは、化かし合いはミーユの勝ちだな!」

「ん。立派な証拠品になるでしょ」

「そうだな。これで言い逃れはできまい」

「そこまで考えて司祭とあんな応酬をしていたんですね……ミーユは本当にすごいです」


 メルシェラとラウララウラの称賛を浴びながら、気分良く闊歩するわたしなのであった。



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