031 パーティーのお誘い
冒険者ギルド、ファトス支部マスターであるアストレアさんとの会見(?)を終え、まろび出るようにマスター室を退出した。
再び彼女に熱い抱擁をされかけたのもあるが、一刻も早く依頼を確認したかったのだ。
簡単な依頼、割のいい依頼ほど真っ先に取られてしまうのである。
おいしい仕事が残ってますように……
祈るように依頼掲示板を凝視する。
時刻は既にお昼が近い。
アストレアさんとの会見でだいぶ時間を食ったからだ。
わたしの他にも幾人かの男女が掲示板を眺めている。
幼女のわたしが言うのもなんだが、みんな若い。
「ん?」
と思っていたら、何故か全員がわたしを見つめていた。
ああん。照れる~、じゃなくて。
なんの視線なのこれ。
もしやガンを付けてる……わけでもなさそうね。
どちらかというと物珍しそうな視線。
好奇の眼差し。
珍獣を眺める目付き。
はっきり言って嫌な視線だ。
頭では違うとわかっていても、学校に通っていた頃に味わった疎外感や劣等感が、一挙に波濤となって押し寄せてくる。
ここは思い切り睨み返してやるべきかと思った時。
「あ、あの……ミーユさん、ですよね?」
「へ?」
思わず間抜けな声が出た。
トコトコと前に出てきたのは、わたしと似たような年頃の女の子と男の子だった。
つまり推定年齢9~10歳。
身長もわたしと似通っているが、男の子だけ若干小さい。
女の子はおかっぱ頭。男の子は角刈りだ。
二人は腰にダガーとワンドをそれぞれ帯びている。
「あ、あたし、ミーユさんのお話を聞いてびっくりしたんです! 同じ10歳で冒険者になったばかりなのに、あの恐ろしいハンターベアを倒したって! ギルドでも大評判ですよ!」
「あー……あはは、まぁ、うん、偶然って言うかまぐれって言うか……」
うわ、どうしよう。
超噂が広まってるじゃん!
さっきの冒険者たちの視線はそういうことね!
ぐぬぬ……アルカナちゃんが余計なことをするからこんなことに……!
「オレはいつも母ちゃんに『悪い子はハンターベアに食われるよ』って言われるんだ」
「それはあんたが悪さばっかりするからよ。バカカイル!」
「うるせーなぁ。ミリシャだってこないだつまみ食いして叱られてたろ。おめーは食い意地張ってるからなー」
「な、なによ! そんなの、今する話じゃないでしょ!」
二人の会話で剣呑だったわたしの気が削がれ、ほっこりしてしまう。
仲良きことは美しき哉、である。
微笑ましい光景に周囲の冒険者も穏やかな笑みを浮かべていた。
なるほど、先程の好奇の視線は彼らもわたしの噂を聞いて興味を示しただけなのだろう。
羨望の眼差しが混じっていたのは解せぬが。
他意がないのならば許そう。
「ミリシャとカイル、でいいのかな?」
「あっ、はい!」
「ああ」
「二人とも冒険者なの?」
「はい! 1ヶ月ほど前になったばかりです」
「でも、もう依頼を二つ達成したぜ」
「へー、すごいね」
「いえ! ミーユさんのほうが全然すごいですよ!」
「オレはハンターベアを倒したなんて話、眉唾だと思ってるけどなー」
「失礼よカイル! あんたは黙ってて!」
「へいへい」
「あら? カイルはもうミリシャのお尻に敷かれてるのね」
「ちっ、違っ!」
「ちっ、ちげぇよ!」
「息もぴったりじゃん」
わたしのツッコミにドッと笑いが起こる。
うん。
やっぱり前世とは違うね。
どっちかと言うと【DGO】内でのノリに近い。
引き篭もりでぼっちのわたしがコミュ障にならなかったのは、ひとえにパーティメンバーだったアミリンたちのお陰だ。
彼女らのノリは果てしなく良かった。
生まれついての幼馴染みたいにわたしと接してくれた。
あぁ……アミリン、サヤッチ、シェリー……みんな元気かな……
不思議な話だがそんな彼女たちと、このミリシャとカイルが重なって見えた。
うん、いい冒険者仲間になれるかもね。
おおっとぉ、脳内のキャルロッテがすっごく嬉しそうにブンブン頷いてる。
ヘドバンはやめなって。
「そ、それよりですね! ミーユさん、あたしたちとパーティーを組んで一緒に冒険へ行きませんか!?」
「オレたちにはちょっとだけ難しそうな依頼を受けちゃったんだよなー。今回だけでいいからさ」
「へ?」
パーティーといえば、食事したり歌ったり踊ったりをみんなでするあれ?
って、んなわけないよね。
いきなりの提案に面食らうわたし。
根っからのボッチ体質のせいか、他人からパーティーに誘われるなどと言う奇跡があることを完全に失念していたのである。
ちなみに食べたり飲んだりするほうのパーティーは、両親の会社絡みで何度も連れていかれた経験がある。ちっとも楽しくはなかったが。
うわーうわー。
他の人に誘われるなんて【DGO】でアミリンたちと出会った時以来だよー!
嬉しい! 楽しい!
うんうん、ソロよりもパーティーで効率よく依頼を受けるほうが稼げるもんね!
「あの……ミーユさん、もしかしてご迷惑でした?」
「ちぇー。だから言ったろミリシャ。ハンターベアを倒すようなつえーヤツがオレたちなんかと組んでくれるわけないって」
「うるさいわよカイル!」
おっと、感動に打ち震えている場合じゃなかった。
「あ、ううん、ごめんごめん。わたしで良かったらその依頼、一緒に行かせてくれる?」
「ホントですか!?」
「……へぇ。お人好しだね、あんた」
「こらカイル! 口の利き方に気を付けなさい!」
「……おめーはオレのかーちゃんかよ」
「あははは、よろしくね。ミリシャ、カイル」
二人と握手を交わし、共に依頼掲示板から離れた。
ここからは仕事の話になるし、他の冒険者の邪魔だからだ。
なんでか羨ましそうにこちらを見ている冒険者も数名いるが、放っておいて椅子に腰を落ち着けた。
「で、どんな依頼なの?」
「これです」
ミリシャが懐から依頼書を取り出してテーブルに広げる。
「えーと、北区に住む人からの依頼なんですけど、依頼自体は行方不明になったペットの捜索で……」
「ちょっと待って」
「はい?」
「ミリシャもカイルも文字が読めるの?」
「はい。読めます」
「あったりめーだろ。6歳になったら誰でも学校に通って読み書きと算術を習うんだからな」
「へぇえー、そうなんだ」
これは驚いた。
まさかこっちの世界にも義務教育制度があるなんて。
大国のドミニオンだからかな?
うちのアニエスタはどうだったんだろ。
え? 子供たちは学校に行ってた? と、キャルロッテが申しております。
ほほー、うちの国も負けてないね。
つまりこの世界の識字率は高いってことか。
「学校は10歳までですけどね」
「どうして?」
「10歳を過ぎると働きに出る子や冒険者になる子が増えますから」
「あー、そっか」
なら、それほど高度な教育を受けているわけではなさそうだね。
え? 頭の良い子は高等教育機関に通うの? と、またもやキャルロッテが申しております。
へぇー、そうなんだ。それって大学みたいなものかな?
「ミーユ、そんなことより今は依頼の話だろ?」
「ああ、うん、ごめん」
「カイル! さんを付けなさい!」
「あのね、ミリシャもカイルみたいにミーユって呼んでくれると嬉しいんだけど。敬語もいらないよ」
「え、でも……」
「同い年だもん、気にしないでよ(本当はわたし9歳だけど……)」
「そーそー。タメ年にいちいち気ィ使ってたら疲れるっつーの」
「……はい! じゃなくて、うん!」
「いてぇ!」
わたしには大きく返事しながら、カイルをポコッと小突くミリシャ。
この年齢にして、もはや夫婦漫才の域に達している。
突っ走り気味なミリシャに、リアリストっぽいカイル。
いいコンビだ。
「依頼はペット探しだっけ?」
「あ、はい……うん、そうなの」
「簡単そうに思えるけど?」
「かーっ! わかってねーなミーユは」
カイルはビシッとワンドで依頼書を指す。
彼はどうやら魔術師のようだ。
小杖には魔力を安定させたり、魔術を強化する紋が刻まれている。
効果は微々たるものだが。
「そもそもだ、このファトスがどんだけ広いかわかってるか? ここは新興された街で、オレたちも王都から引っ越してきてまだ2年も経ってない。土地勘なんて、あってないようなもんなんだ」
た、確かに。
滞在歴1日のわたしに至っては土地勘などゼロに等しい。
そんな街でたった一匹のペットを探すなど、どうすればよいのやら。
「あ、でも難しく考えなくて大丈夫よミーユ。ペットがどこにいるかはわかってるから」
「え、そうなの?」
「うん。でもね……その場所が……」
「ん? どこ?」
「地下水道なのよ」
「地下水道なんだ」
やはり息のピッタリな二人であった。