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オーガストのチェス入門  作者: 古地行生
7/12

ポーサン

 さていよいよプロモーションだ。これは「昇格」、「成り」とも呼ばれる。チェスのルール全ての中でも屈指の輝きを放ってる、ポーンの底力だ。


 プロモーションを知らずにチェスは指せないし、一度知れば忘れるのは難しい。残念なことに、オレがこれを知らずにいたなんて思い出話はない。だからポーンの行く末の話をしよう。


 ポーンは前進しかできないってのは覚えたかい。他の駒は横や後ろに方向転換して進めるのに、ポーンだけはそれがまったくできない。


 前進しかできないから、うごくたんびに必ず敵陣に近づいて身の危険が増す。だからポーンたちは動くほどに盤上から消えていく。時に誰かを守って、時に陣形を整えるために。すべては勝利の為に。


 だがそれでも生き残る者はいる。陣地を死守する者、戦場の中心から離れて活躍の機会が失われた者、生き残り方は様々だ。プロモーションは戦友も敵もつぎつぎに倒れていく戦場をひたすら前進し続けたポーンに訪れる機会だ。


 前進するポーンは相手の駒に倒されなければやがて盤の向こう端、相手のキングたちが並んでる横列――ランクだったな――に到達する。白のポーンなら8ランク、黒のポーンなら1ランク、敵陣地の最奥(さいおう)だ。

挿絵(By みてみん)


 ではポーンはそこまでどう向かい、たどり着いたらどうなるか。


挿絵(By みてみん)

 この盤面の矢印は、各ポーンが端にたどりつくまでの軌跡(きせき)だ。ある者はがむしゃらに直進し、またある者は敵を倒して蛇行(だこう)しながらついに敵陣の奥までたどりついた。到達までにかかった手数は五回か六回だ。最初にニマス進むと五回で到達できる。


 さてしかし、彼らはこれ以上は動けない。誰にも妨害されていないのにだ。なぜなら彼らはポーンだからだ。それがさだめだ。このままやられるか、役立たずとして居残るか。


 一説には昔のチェスではこの状態になったポーンはそのまま動けなくなって放置されていたという。にわかには信じられん話だ。オレは信じとらん。いくらさだめといっても死地をくぐり抜けたにしちゃあんまりな仕打ちだ。


 だが先人(せんじん)たちの間でこういう状況になったらどうするかの議論はあり試行錯誤されていたのだろうとは思っとる。そのおかげなのか、今では前進し続けたポーンたちにはその勇気に見合うだけの報酬が与えられる。


 もしかしたら遠い昔にポーンたちに降りかかっていたかもしれない報われない境遇も、今ならこうなる。

挿絵(By みてみん)

 功績には報酬を。ポーンはその姿を変え、戦場を舞う。プロモーションだ。


 プロモーションは、ポーンが相手方のいちばん奥のランクまで到達したときには、キング以外の駒に変化するというルールだ。変化する駒はポーンを進めたプレイヤーがその時に好きに選べる。たいてい最強の駒であるクイーンにプロモーションさせるが、それ以外にするのも自由、ルークにしてもビショップでもナイトにしてもいい。ひたすら進み続けたポーンとプレイヤーの苦労が報われる瞬間だ。


 もしかして兵士によってはこういう報酬を嫌うのもいるかもしれん。見返りのために働いたんじゃないだってな。だが拒むことはできん。


 プロモーションはアンパッサンと異なり、義務なんだ。相手の陣地の奥にたどりついたポーンはプロモーションを「絶対にしなければならない」んだ。(なんじ)、神と上官に逆らうなかれ、ってな。こりゃ軍隊帰りの友達の言葉さ。


 プロモーションはポーンの前進に付随(ふずい)するものとされている。ポーンを一マス前進させて最奥に到達する手とセットの扱いで、進ませたプレイヤーが駒を変化させるまでが一手だ。それから相手の次の手番になる。


 ポーンがプロモーションできる状況はたいてい終盤だから、多くの駒は倒されて盤外にでてるのが多い。それらの駒の中に変化したいものがあれば手に取ってポーンといれかえればプロモーション完了だ。それじゃ盤外になりたい駒がなかったらどうしたらいいか。


 プロモーションは倒された駒が生き返るんじゃなくて、ポーンが別の駒に変化する動きだから、もし変化させたい駒がまだ盤上にあったり数が足りなかったりしても大丈夫だ。なにかそこらにあるものを代わりに置けばいい。たとえば対戦相手と相談して、マスにおさまる紙切れに駒の名前を書いて置いたりしてもいい。


 皆が時々やるのは、クイーンにプロモーションするときに既に倒されたルークをさかさまにしてクイーンの代わりに使うことだな。ほとんどのチェスセットでルークの駒はさかさまにしても立つようにできてるからさ。


 さて、プロモーションってのはこんな素晴らしい話だから、チェスを覚える途中で知ってこう思う奴も多いんじゃないか。


「それじゃポーンを進めまくってクイーンを増やしまくれば勝利確実だ!」

挿絵(By みてみん)

 どうだい。オレはそう思ったよ。年取ってからはこの発想は大人げないと思うようにはなったが、それでもこういうのはやっぱり夢がある。


 だがどっこいなかなかこううまくはいかんのが面白いところだ。


 このルールはみんな知ってるんだから、相手のポーンが進んできたらこれは危険だとプロモーションを阻止しようとするもんだ。それだもんで終盤の攻防は時としてプロモーションをめぐるものに集約される。こういう風にだ。


挿絵(By みてみん)

 終盤になるとポーンは真ん前の駒を倒せないってのが効いてくるんだ。とりあえずポーンの真ん前だけふさいで斜め前は空けとけばプロモーションは妨害できる。黒のルークが狙ってるように直接討ち取るのもいいし、白のルークたちのようにプロモーションの為に突っ込んできたらとるぞと牽制(けんせい)するのもいい。


 あとそれからな、実戦ではプロモーションで強い駒を増やしたばっかりに勝てなくなる場合もあるからよくよく気をつけなきゃいかん。


 この爺さんなにを言ってんだと思うかもしれんが、これは意外とひっかかるぞ。チェスの勝ち負けにはとんだ落とし穴があるのさ。これについては最後の特殊ルール「キャスリング」の説明後におしえよう。


 プロモーションが起こるのはほとんど終盤なのに対し、キャスリングはたいていは序盤から中盤にかけてのもんだ。戦局をおおきく左右するのはどっちも一緒の重要ルールだ。

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