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オーガストのチェス入門  作者: 古地行生
6/12

素晴らしき哉、アンパッサン!

 それじゃ例外ルールに入ろう。まずはアンパッサンだ。これは通行妨害とでもいうべきか。敵味方のポーン同士の間で発生する特殊な動きだ。ここまででポーンの基本がわかってれば理解するのはむずかしくない。


 実際にこれが飛び出た実戦を再現して説明しよう。干物亭(ここ)で昔あった試合だ。


 チェスのような盤面遊戯は記録さえ残ってりゃいつの試合でも誰でも再現できる。なんて素晴らしいことだろう!



挿絵(By みてみん)


 この盤面は初期配置から白黒双方二手指したところだ。どちらもポーンを一手目にニマス突撃させて、二手目にさらに同じポーンを一マス進めた。


 さて白三手目、ここで白はクイーンの前のポーン――このポーンをクイーンズ・ポーンとよぶ――を動かしたいという衝動にかられた。クイーンズ・ポーンの斜め前にはまだ黒の駒はせまっていないから、真っ直ぐ一マス進むかそれともニマスかの二択だ。まず白は一マス進めた場合を頭の中に思い描いた……


挿絵(By みてみん)


 ダメだ、と白は思った。これだと黒のポーンの攻撃範囲に入る。黒はこうしてくるだろう。


挿絵(By みてみん)


 これじゃ進ませる甲斐がない。そこで白は二マス進めた場合を頭の中に思い描いてみた……


挿絵(By みてみん)


 白のクイーンズ・ポーンは黒ポーンの攻撃範囲にとまらなくてすむ。これだ!


 白はポーンをニマス進めた。すると黒は……


挿絵(By みてみん)

 ポーンを斜め前に動かして白のクイーンズ・ポーンをとってしまった。まるでそれが一マスしか動かなかったかのように。


 白は笑い、こう思った。今日のこの試合が初対面の相手だからどういう奴なのかは知らないが、うっかりこういう間違いをしちまう人間なんだろう。


 そしてこう言った。


「おいおいあんた、オレはポーンをニマス進めたんだからそんな手はさせないだろ? 指し直しなよ」


 黒は微笑んで白にこう返した。


「アンパッサンですよ」


 白はわけがわからない。はじめて聞く言葉だ。


「なんだそりゃ?」


 困惑する白に、黒はていねいな口調で説明をはじめた。


「ポーンの特殊ルールです。白のポーンは5ランク、黒のポーンなら4ランクに位置どっている時、隣のファイルのポーンがニマス進んできたらそれをとることができるというルールです。一マス進んできた場合と同じようにね」


 これを聞いた白は思わずカウンター向こうのマスターに声をかけ、このルールの真偽をたずねた。そして自分がそれまでこのルールを知らずにいたのを知った。



 ……もう相当に昔の話だ。この時の白がオレ、オーガスト・ブロック。黒がダルテ・チモンジャク、オレの親友。そしてこれがアンパッサンだ。


 はじめて見たなら説明をされてもなにが起こったのかよくわからないだろう。この試合の続きを見ていてごらん。


挿絵(By みてみん)

 オレはそんなルールがあったのかと驚き、ダルテに謝ってから試合にもどり、恐れ知らずの黒ポーンを倒した。すると彼は間髪入れずにクイーンズ・ポーンをついてきた。


挿絵(By みてみん)


 オレはそういうことかと合点がいって、キングズ・ポーンを動かした。


挿絵(By みてみん)


「これがアンパッサンか」


「それがアンパッサンです」


 こいつとは馬が合うとオレは感じた。



 なんだこりゃってな、そんな動きなのがアンパッサンさ。人との出会いも一緒かもしれん。


 この思い出話のダルテが全て説明してしまっているが、オレはあいつのライバルなんだから補足ぐらいしておかんと格好がつかんな。


 アンパッサンは、ポーンを初期配置から三マス前進させた列までもっていくと起こすことができる。


 盤面に矢印でラインを引いてみよう。白なら緑のライン、黒なら赤のラインだ。それぞれがダルテの言う「5ランク」と「4ランク」だ。チェスのマスには番地が割り振られてるというあれだ。それは縦横の列につけられた番号を組み合わせたものだ。このチェス盤の右端と手前に番号が書いてあるだろう。


挿絵(By みてみん)


横の列が1から8まででランクという。縦の列がaからhまででファイルという。黒だと逆になるから気をつけるんだぞ。


挿絵(By みてみん)


 で、矢印を引いた二つの横列、ランクはな、ポーンがニマス突撃をする場合に到達する列だ。


挿絵(By みてみん)


 白のポーンがそこからもう一マス、初期配置から前に三マス進むと、5ランクに着く。黒のポーンがニマス突撃した場合の移動先のランクだ。


 同じように黒のポーンが初期配置から前に三マス進むと、4ランクに着く。白のポーンがニマス突撃した場合の移動先のランクだ。


挿絵(By みてみん)


 この位置取りの場合、白は黒がdファイルかfファイルのポーンをニマス進めてきたらアンパッサンできる。


 黒だと白がbファイルかdファイルのポーンをニマス進めてきたらアンパッサンできる。


 昔のオレはdファイルのポーンをニマス進ませてバッサリやられたわけだ。


 アンパッサンのルールがあることで、相手のポーンに初期配置から一マスあけた列に陣取られるとその隣のファイルの初期配置にいるポーンは一マス進もうが二マス進もうがやられる恐れが生まれる。絶好の位置取りをした歩兵が相手を討つ好機を手にする、そんな感じだな。


 しかしなんでこんな動きがあるのかはオレにはよくわからん。諸説あるらしい。ま、じゃあなんでポーンは最初だけニマス進めるんだみたいなもんだが。


 それでオレなりに考えた結果、今ではアンパッサンのことは足払いと呼んどる。相手の歩兵が近くまで迫ってきてるのに向こう見ずに突撃する奴は側面から足元をすくわれちまうというイメージでな、考えてるんだ。

 

 アンパッサン実行には(いく)つか注意点があるので言っておこう。一つはさっき言ったように特定のランク上に自分側のポーンがいること。あれより近く、もう一マス進んで相手のポーン列に隣接した位置ではアンパッサンは行えない。相手のポーンが突撃してきたら真横にくるランクでないといけないんだ。


挿絵(By みてみん)

 これは白がキングズ・ポーンをさらに一マスすすめたところだ。ここまで行くと白はアンパッサンできない。条件である緑のランクから外れたのがわかるだろう。意外と忘れちまうことだ。


 次に、アンパッサンがおこなえるのは可能な状況が発生した時の一手のみだ。相手がポーンをニマス進めてきたのを即アンパッサンで切り返すってのだけが許されている。


 おおアンパッサンができるようになったな、どれどれまずは他の駒を動かしてそれからあとの手でアンパッサンしようじゃないか、というのはできない決まりだ。したいなら即座にしなければいけない。この権利の行使はタイミングが大切だ。


 それからもう一つ、これが最後だ。アンパッサンはしてもしなくてもいい。権利だからだ。しないから反則になるとかそういうのはない。


 アンパッサンができる状況が訪れたら、おこなったら有利になるかどうかを考える必要がある。することで有利になるか不利になるかはその時の状況による。した側が一気に不利になる場合もあるぞ。


 あとはルールじゃないが、する時はチェックのように口に出して相手に伝える必要は別にない。特殊な動き方だが普通に駒をとるのと変わらない扱いなんだ。だから知らないと昔のオレみたいなことになるぞ。


 アンパッサンがらみの駆け引きは色々ある。駒の効きを考慮した上でポーンをニマス進めて(おとり)にし、相手のアンパッサンを誘ったりな。こりゃ話し出すときりがないからやめておこう。ダルテの説明さえ覚えておけばあとは自分の力でこの権利を使いこなせるはずだ。


 それにしてもだ……このアンパッサンの出会いを思い出すたびに考えとるんだがな、オレもダルテもあのゲームでなんであんな二手目を指したんだか。オレの方は三手目も謎だ。なんでクイーンズ・ポーンを動かしたいって思ったんだか。あの時たまたまそういう気分だったのは偶然か必然か。なんだありゃってな、しかし心底良い出会いだったよ。


 試合結果? そりゃ秘密だ!

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