市民ポーン
さて、ポーンは真ん前の敵を攻撃できないというところまで話したな。
ポーン以外の奴らは皆、移動したいマスにいる駒が味方だと攻撃できず交代もできずで、そこには移動できない。敵方の駒がいる場合はガツンと攻撃してマスを乗っ取っての移動ができる。
ところがポーンは移動先のマスである真正面のニマス、一マスにいる駒が敵であっても進むことができないんだ。
盤面に戻ろう。三手目まで指し終わったこの局面では、お互いキングの先のポーン――キングズ・ポーンってよばれてる奴らだ――が鼻先を突き合わせているな。
ポーン同士がこうして真正面からぶつかると、どちらのポーンもそれ以上前に進めなくなっちまって膠着状態になる。互いの歩兵が真正面の相手へにらみをきかせあって、どちらもうかつに手は出せないってわけだ。だからといって退くこともできない。じゃあポーンは攻撃ができなくて膠着を生み出すだけの駒なのかというとそんなことはない。
こっからは実に戦争らしいルールだぞ。ポーンたちは真正面に攻撃できないが他の方向にはできる。それはななめ前だ。ここでさっきの、ポーンはななめ前には動けるかって話になるんだ。次は白四手目、黒のポーンを攻撃してみよう。
白は別のポーンでも攻撃できる。
どっちの場合も白のポーンの動き方は一緒なのがわかるな。左斜め前に一マス動いて黒ポーンを吹っ飛ばしている。
ポーンは自分の右ななめ前と左ななめ前のニマスを攻撃できるんだ。そこに敵の駒がいれば攻撃して移動する。敵の脇腹を突くってイメージだ。
従軍経験もないオレがいうのもなんだが、戦場では相手の側面やうしろを突くのがセオリーの一つというじゃないか。古来から正面突破は華々しい反面、困難だと言われている。お互い構えてるのを打ち破らにゃならんのは骨が折れるわけだ。
ポーンたちは自軍正面の守りをかためながら敵の脇腹を攻めていく役割を担っている。ナイトたちと連携しつつ、相手の隙をうかがってるんだ。うまく時機をとらえれば強烈な一撃を見舞うことができる。
ポーン四つにして見てみよう。緑の〇が白ポーンの攻撃できるマス、赤の〇が黒ポーンの攻撃できるマスだ。
攻撃の機会に恵まれれば、このななめ前に一マスの歩みを繰り返して敵陣の奥まで行くこともできる。
今度はポーン二つにルーク一つ、それに臆病者のキング二つで動きを見てみよう。
この盤面で黒の手番なら、白のポーンがガツンとやられて終わりだ。
これで黒の勝利は決まったも同然だ。じゃ白の手番だったらどうか。右のポーンは真ん前にルークがいるからにらんだまま動けない。左のポーンは真ん前が空いてるから一マス前進できるがそれは意味がない。
こうだな。
この場合は白の勝利でほぼ決まりだ。このあと黒キング自ら白ポーンを倒そうとしても時すでに遅しだ。黒キングがもう少しの勇気をもって中央に陣取っていたなら違っていただろう。もし気になったら試してみるといい。
ここらでまたポーンの動きについてまとめよう。
その一、ポーンは前方三方向のマスに一マスまたは二マス進むことができる駒で、置かれている状況によって動けるマスの方向と距離が異なる。
その二、ポーンは右ななめ前一マス、左ななめ前一マスの合わせてニマスのどちらかまたは両方に相手の駒がいる場合、そのマスへ攻撃をしかけて進むことができる。相手の駒がいなければ進むことはできない。
その三、ポーンは初期配置から真正面に動くときにかぎり進む距離をニマスにするか一マスにするか選ぶことができる。ポーンが二マス動ける権利を持つのは初期配置にいる場合のみ、最初の一回きりである。動くことでこの権利は失われる。
その四、ポーンは「アンパッサン」という特殊な動き方をすることができる。この動きはしてもしなくてもよい。これについてはこのあと話そう。
その五、ポーンは「プロモーション」という特殊な行為をする。これは条件を満たした場合には必ずしなければならない。これについてもこのあとだ。
こんなところだな。あらためて口にしてみるとポーンというのはルールがやたらとおおい駒だな。
その四、その五は特殊な例外的ルールでまだ説明しとらんな。ポーンに関することだからこのあと続けて説明しよう。
その前にもう一度、ポーンの動き方を再確認しておこうか。ありゃ目の前の駒がとれないとか、そうだ最初だけニマスすすめるんだとか、慣れるまではややこしいのがポーンだが、そのうちに感覚でわかるようになる。
白のポーンが進めるところを矢印で、攻撃できるところを丸で示した。矢印と〇と両方あるマスは相手の駒を攻撃して進むことができるマスだ。〇だけのマスは今は進むことができない。
黒のポーンの方は示してない。どうだいわかるか。ポーン同士が真正面からぶつかると膠着状態、ななめ前に相手の駒がいればそちらへ移動、攻撃ができるがいなければ移動できない、だ。これがわかればもう八割がたポーンの動きがわかったようなもんだ。
ポーンの動きを他の駒と比較するのはおもしろいし参考になる。いちど動いたポーンは一マスしか動けないという点ではキングと同じだ。ななめにしか攻撃できないという点ではビショップと同じだ。これら三つの駒はどれも異なった動きができるが、時折同じ動きになることがある。
この状況で白の駒が進めるマスを矢印で示すとこうだ。
ビショップとポーンはどちらもななめ移動できるから相性がいい。だが注意が必要だ。ガードし合う位置取りがとれる反面、ビショップのいける先、とくに逃げ道をふさいじまうこともあるからな。
おおそうだ。最後に一つ、実戦でのポーンの動かし方のコツを教えておこう。ポーンを動かすときは斜めに隊列を組むのを意識すると良い。こうだ。
こういう風にするとだ、前のポーンがとられても後ろのポーンがすぐさま反撃できる。だから相手はおいそれと手出しできなくなる。これはポーンの鎖とよばれる位置取りだ。
ポーンは斜めに繋ぐのを意識する。そしてナイトやビショップたちと連携だ。
さて、これで全ての駒の動きの基本は説明した。あとは三種類の例外的な特殊ルールとチェスの勝敗の決め方で、それでオレの教室は終わりだ。最後にはいくつかの有名な心得を格言として教えようかと思っとる。
チェスを覚えようって奴にときどき聞かれるのは、勝敗の決め方はともかく、例外ルールを知ることは後回しにして試合はできないかってことだ。その答えは、できない、だ。
どれも例外のわりによく使われるルールでな。知らないでいて相手がそれをしたときに「それはズルだ、その駒はそんな動きはできない」と食って掛かっちゃおおごとだ。向こうさんとしては当然の権利を行使しただけだからな。
権利ってのは自分を含めた皆のを知っておく必要がある、そういうことだ。