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オーガストのチェス入門  作者: 古地行生
4/12

突進

 いよいよ最後の駒、ポーンの説明だ。こいつらは一見すると頼りない。だがしたたかで、憎らしいほどユニークだ。俺の親友がいちばん好きな駒でもある。この頃のあいつはポーンの動かし方にキレが戻ってきてな。いつか対戦してみるといい。申し込めばこころよく応じてくれるさ。外じゃあいつはすっかり変わったとよく言われてるがなに、昔から変わらないところだって多くあるのさ。



 さ、それじゃポーンを知るためにまずは再び駒を初期配置に並べて見てみよう。まちがってあたりまえ、とりあえず置いてみようじゃないか。


挿絵(By みてみん)

 よしよしと、ありがとさん。


 ポーンってのは今まで紹介してきた駒たちの前にズラッと並んでいる歩兵隊の奴らだ。今までの駒が双方に一つか二つだったのと比べると格段に数が多いだろう。チェスボードの一列は8マスだからポーンは双方に八つずつ、合計16個が配置されていることになるな。


 歩兵であるポーンの動きは騎兵のナイトとはまた違ったややこしさがある。軍隊の規律は意味があるが部外者からしたら不可解なことが多いもんだ。オレはこの年まで従軍は一度もせずに生きてきたから、友達から聞かされた軍隊話に「そりゃお前のホラ話じゃないのか」と口を挟むことしばしばだったよ。


 駒の動きで頭がこんがらがってきたらすぐに言ってくれ。その都度やすもう。何度もいうが休憩は大事だ。養生をないがしろにしちゃいかん……ちと説教臭さが過ぎるな、すまんすまん。オレの方が盤に集中しないとな。


 まずここから先手である白がどの駒かを動かして一手目を指す。そうすると試合がはじまって、今度は黒が一手目を指す。あとは互いにそれの繰り返し、どうだ、そんなに難しいもんじゃないだろう。なにか間違いがあっても気づいた方が指摘すればいいだけだ。


 さてそれじゃあ強力なクイーンやルークを一手目で繰り出せないかというと、白も黒もそれは無理だ。ナイト以外の駒は他の駒を飛び越して進むことはできないから、初期配置からクイーンを動かそうにも……


挿絵(By みてみん)


 彼女は身動きがとれない。ルークもビショップもキングも同じだ。彼らは最初まったく動けない。このことはチェスを指すうえでとても重要だから、肝に銘じておいて損はない。


 このまま密集して身動きがとれないでいると、どいつもこいつも格好の標的になっちまう。だから白も黒もこの窮屈な配置からどんどん駒を動かして動きやすいように空間を広げていかなきゃならん。


 どれ、せっかくこうして並べたんだしポーンより先にナイトの復習をしてみようか。ナイトはその特性を活かし、一手目から動くことができる。初期配置では全てのナイトが等しく二ヶ所の移動先を持っている。


挿絵(By みてみん)



 白黒双方が一手目にナイトを動かした一例だ。こういうはじまり方も珍しくない。

挿絵(By みてみん)


 まるでお互いの騎兵が呼応するように長槍(ちょうそう)の隊列の後ろから飛び出して、馬上槍(ばじょうやり)につけた大きな旗をひるがえし味方前を疾駆して鼓舞をはじめようとしているかのようだ。想像すると年甲斐もなくわくわくする。


 ナイトを真っ先に飛び出させないのなら、前列にならんだポーンたちを動かすしかない。つまりチェスの一手目は白も黒もかならずナイトかポーンのどちらかを動かすことになってるわけだ。


 そうだ、少しわき道にそれるがここでチェスの手数について教えておこう。チェスの一手目、二手目というのは、白黒双方が指し終わるとカウントが進む。白一手目、右のナイトを動かす、黒一手目、左端のポーンを動かす、白二手目、左のナイトを動かす、こういう風に手数を数えるんだ。


 時々間違える奴がいるのは、一手目、白が右のナイトを動かす、二手目、黒が左端のポーンを動かす、三手目、白が左のナイトを動かす、こういう数え方だな。この数え方はチェスではしていない。ま、これもそのうち身につくさ。


 さて、一手目は白も黒もナイトかポーンを動かす、と。ナイトの動きはわかったからあとはポーンの方がどう動けるかだな。


 ポーンはナイトのように他の駒を飛び越えることはできないんだ。となると初期配置だとポーンの前方しか空いたマスがないから、前方に進むしかないのがわかるだろう。じゃあどれぐらい進めるかだ。


 初期配置のポーンは真っ直ぐ前に一マスかニマス進むことができる。密集しているから真横、真後ろ、斜め後ろにはどれにも進めない。じゃあ周りに空きができればポーンも横や後ろに動けるかというと、動けない。結局前方にしか動くことを許されてないのさ。


 ポーンの動きの制約には軍隊の厳しさを感じないか。じゃあせめて斜め前は? これは実に良い疑問だ! だがそれはこれからのお楽しみにとっておいて、まずは初期配置の動きからいこう。端と中央のポーンに矢印をつけるとこうだな。各ポーンは矢印先の〇のマスに行ける。


挿絵(By みてみん)


 一マス進むか二マス進むかは全てのポーンが独立して選ぶことができる、言い換えればプレイヤーの自由だ。一手目で中央のポーンをニマス進めて、二手目で他のポーンを一マス進めたり、こういうことだな。


挿絵(By みてみん)


 さあここからがややこしいところになるぞ。初期配置のポーンは一マスか二マス前進できる。ただしだ、初期配置から一度動いたポーンは、ニマス前進することはできなくなる。


 ポーンは一度動いた後は一マスしか動けない。戦う準備が整ってさあいくぞという最初の瞬間だけニマス動いて敵陣に突撃できるってわけだ。その後は戦場を一マスずつ慎重に歩を進めていくんだ。


 最初に一マスだけ進むなら次にニマス進めるかというと、無理だ。一マスでも動いた時点で突撃態勢じゃなくなってしまって二度とニマス動けない。だから初期配置からポーンを動かすときにはなるべく二マス前進を選ぶようにしているプレイヤーもいる。


 どれ、わかりやすくするためにポーンとキング以外は盤上からどいてもらおうか。それからどちらの王様も臆病者で動かないということにしておこう。


挿絵(By みてみん)


 ここからまずお互いにポーンを二マス進めてみよう。そうだな、白はeファイル、黒はcファイルのポーンでいこう。そうするとこうだ。


挿絵(By みてみん)


 最初に突撃した中央のポーンのみ、これ以降ニマス進むことができない状態だ。白のポーンが進むことのできるマスすべてに〇をつけてみよう。

挿絵(By みてみん)



 白の二手目、これもポーンの突撃だ。今度はfファイル。

挿絵(By みてみん)


 黒の番だ。白と同じようにポーンの進めるマスに〇をつけてみよう。


挿絵(By みてみん)


 黒二手目はキング前のポーンの突撃となった。

挿絵(By みてみん)


 続く三手目は白のポーンは慎重に一マス前進、黒はまた突撃だ。

挿絵(By みてみん)

 黒は中央に三つのポーンを並ばせて威嚇(いかく)しているかのようだ。そろそろとるかとられるかのしのぎ合いがはじまる頃合いだな。



 ここまでをポーンの動きの最初の説明としようか。三つの基本だ。



 初期配置のポーンは一マスか二マス前進できる。


 いちど動いたポーンは一マスしか前進できなくなる。


 真横と後方三マスには最初から最後まで絶対動けない。



 ということは、ポーンは自分の一マスか二マス前に敵がいたらそこに動いて相手を吹っ飛ばして倒すことができるのか? いい質問だ。


 ポーン以外の駒はナイトも含め移動できる先のマスの敵は吹っ飛ばせていたからそう思うのは当然だ。


 ところがだ、ポーンは自分の前の駒を吹っ飛ばすことはできん。このことは更に、さっき後回しにしたポーンは斜め前に動けるのかという話とつながってくる。


 俺がポーンの動きについてはじめてきいた時はわけがわからなかったもんさ。ポーンは歩兵、歩兵というのは平民なのかもしれんな。とかくしがらみが多くてかなわん。貴族さま方にもご苦労はあろうが、彼らには代わりに力がある。


 だがな、平民だって力を秘めてるもんさ。ときに牙をむいて城塞や王族に立ち向かう、そういうもんだ。民草(たみくさ)の力は神に由来すること王に等しく、時にしのぐものなり、さ。人は可能性を忘れちゃいかん。自分のも他人のもな。オレたちポーンの秘めている力はこのあと良くわかるはずだ。

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