公爵令嬢は婚約者には逆らわない
息抜き作品。
お手柔らかにお願いします。笑
「アンナローズ様!殿下と、いえ!アリムシュード様と婚約破棄してください!」
お昼のランチを終えて校庭のテラスで一息吐きながら読書を楽しんでいるところに突然現れて第一声にこの発言をするこの方はバーン子爵令嬢のマリー嬢。
子爵と庶民の母の間に産まれ、夫人が亡くなられてひと月もしないうちに後妻として迎えられた親子として有名だ。
何故有名かって?
それはもちろんこの礼儀のなっていない態度だ。
10歳で子爵邸に迎えられた彼女はもう16歳。
6年も貴族として生活をしていてその言動に皆が呆れかえっている。
「そうだ!アンナローズ公爵令嬢!君は殿下に愛されていない!マリー嬢がこの上ない寵愛を受けているからといじめを繰り返しているそうじゃないか!君から殿下に婚約破棄を申し出るべきであろう!」
…ただ一部の令息を除いて。
「…お言葉ですが、私の意思に関係なく王家と公爵家での決まりごとですので私から婚約破棄を申し出る事はできません。そしてバーン子爵令嬢、ルドルフ伯爵令息、レーベン侯爵令息、他子爵や男爵のご令息様方。あなた方が私と殿下の婚約について色々とおっしゃる立場ではございませんよ?」
「何を言っている!ここにいる者は王家と殿下の為を思って進言しているのだ!権力を振りかざし、か弱い立場の者をいじめる君が殿下の婚約者など国のためにはならんと!目を覚まして君は修道院にでも入るべきだ!」
「…では私がバーン子爵令嬢をどのようにいじめているのです?私は権力を振りかざしたことも、もちろんいじめをしたこともございません。むしろバーン子爵令嬢とはクラスも違いますし、挨拶を交わしたことすらございません。それで私がどのようにいじめるのです?」
「そ、そんな…私あんなに怖い思いをしたのに…」
そう言って泣き出すバーン子爵令嬢。
「あぁ…可哀想なマリー嬢…まず謝れ!この嘘つき女!土下座しろ!そして殿下と婚約破棄するんだ!」
…カオス。
周りのご令嬢やご令息は冷たい視線で彼らを睨みつけ助けに入ってこようとする者もいる。
入って来られると事も大きくなるし色々面倒なので来ないように視線で止める。
「私にはあなたをいじめる理由がありませんよ、バーン子爵令嬢」
「私がアリム様の寵愛を受けてるから憎いと言っていたじゃないですか!だから私の教科書を破いたりドレスを汚したりしまいには階段から突き落として…最初はアリム様の寵愛を受けてるからしょうがないと思っていたけどまさか殺そうとするなんて…私、怖くて…」
そう言って隣にいる伯爵令息くんに抱きつく。涙もポロリ。迫真の演技だなぁ。
そして令息くんは…そりゃ豊満な胸を押しつけられたら真っ赤にもなりますよね。
「…私はあなたが寵愛を受けているなんて思った事もございませんし、初耳でございます。確かにあなたと殿下が会話をしているところは何度かお見かけしたことはありますが、それが寵愛を受けているという勘違いではないですよね?私にはあなたをいじめる理由がございません」
「アリム様は私のことを可愛らしいと、君は面白いといつも温かい言葉で包んでくれます!アンナローズ様と一緒にいなくていいのですかとお尋ねすると、『ああいいんだよ。王家の結婚だから仕方ない』と!国の為を思って愛する人と結ばれないなんてアリム様が可哀想…!しかも憎しみに駆られて階段から突き落とすような方は王妃にはなってはいけないと思います!」
…頭痛くなってきた。話が通じない。
「ですからあなたと殿下が婚約すべきだと?…そうですか。では直接殿下に進言してみては?私に階段から突き落とされたと。教科書を破りドレスを汚し、いじめられていると。私から王家に婚約破棄はできませんので。それでは」
あまりにも鬱陶しいのでここから離れようと席を立つ。
「待て!!土下座しろって言ってるだろ!!」
1人の令息が突き飛ばし私はバランスを崩して足を挫き、倒れ込む。
あ、コレは顔から落ちる…!
___トンっ。
…痛く、ない…?
そっと顔を上げると殿下がいた。
「大丈夫?」
「…殿下。大丈夫です。ありがとうございます」
支えられている腕から離れようと挫いた足を地面につけると激痛が走った。
「__っ!!」
冷や汗が出て顔が歪む。
殿下が腰をグッと抱え足が地面に着かないように浮かせられる。
近い!!は、恥ずかしい!!
「で、殿下!!」
「アンナ、ケガし「アリム様!!国の為に愛する人と結ばれないなんてそんなの辛すぎます!」
殿下の言葉を遮ってマリー嬢が殿下に詰め寄る。
それに便乗して取り巻きたちも口々に私を非難してくる。
「そうです、殿下!それにアンナローズ嬢は殿下も好んでおられるマリー嬢にいじめを繰り返して…王妃にふさわしくありません!」
そんな事より殿下おろして〜!!
「…アンナがマリー嬢をいじめていると?それで公爵令嬢である彼女に土下座しろと言い突き飛ばしたと?」
そう言う殿下のオーラは徐々にドス黒く染まっていく。
あ、コレ…ヤバいやつだ…。
「おそれながら殿下。私はいじめをした覚えもございませんし、きっと勘違いなされているのだと思います。どうかここは穏便に…」
「何が穏便にだ!!いじめをはたらいた分際で!!身の程を知れ!!」
殿下の表情が怒りを通り越して不敵な笑みに変わっていく…。
あーあ。
「ほう。本当に身の程を分かっていないようだな…」
「そうです!殿下からきちんと現実を分らせて差し上げてください!」
取り巻き達は私を睨みながら殿下に口々に私の悪口を言う。
そしてマリー嬢は殿下に駆け寄ってウルウルした目で殿下の服の裾を掴んでいる。
どういう状況なの?私もうしーらない。
「そうか。まずお前。離せ。誰の許可を得て私に触れ、名を呼んでいる。」
殿下が一段と低い声でマリー嬢に掴まれた裾を振りほどいてる。
「え、アリム様…」
「おい、不敬だ抑えろ」
殿下が言うとサッと近衛が出てきてマリー嬢を両側から抑える。
「え、どうして!私はアリム様の寵愛を受けてるのに!」
「私の寵愛?馬鹿馬鹿しい。私が愛してるのは過去も今も未来もアンナ1人だけだ。お前のことなど眼中にない」
「そ、んな。だって私のことを可愛らしいって、面白いって言ってくれたじゃないですか!!」
「…そんなこと言ったか?」
いつも行動を共にしてる近衛に尋ねる。
「いえ、直接はおっしゃっておりません。周りの令息の方々にマリー嬢を紹介された時に可愛らしい方でしょう?と尋ねられてそうですねとお答えしていらっしゃいました。面白いとおっしゃられたのはマリー嬢のあまりの教養の無さにそのようにお答えしていらっしゃいましたよ」
「だそうだ」
「そんな!!アンナローズ様と一緒にいなくていいのかって聞いたらいいんだと…王家の結婚だから仕方ないって言ったじゃないですか!政略結婚だから仕方なく一緒にいるんだと思って私…!」
「政略結婚?もちろんアンナの家柄、教養、礼儀作法は王族である私との結婚に必要なことだ。だが、この婚約は私がアンナを愛していて私から望んだ婚約だ。だから王妃教育のあるアンナと政務がある私がなかなか時間が合わずに一緒にいられないのは当たり前のことだ。何より王族として、貴族の手本としていつでもどこでもイチャイチャなどしてられるものか。そんな当たり前のことをなぜ説明せねばならないのだ…」
「え?愛し合ってる?アンナローズ様と?私とでしょ?私と王子様が将来結ばれる為に子爵家に養子にするってお父様が…だからアンナローズ様が嫉妬して…」
「ああ、お前を側妃や妾に据えたかったようだな。お前が勘違いして私からの寵愛を受けていると子爵に報告してくれたおかげでちょこまかとしていた脱税、横領などを派手に行うようになってな。今家宅捜索を行っているところだよ。それにアンナには私の影をつけている。私の婚約者というだけで危険な立場になるからね。アンナの行動は毎日報告させているし、そういった報告は受けていない。お前の自作自演だという報告は上がっているぞ。王族に対して虚偽の申請…分かっているだろうな?」
マリー嬢は「妾?横領?」と話を受け入れられない様子で首を振り、影の話を聞いて顔が青ざめていく。
周りの取り巻き達もどんどん顔の色が無くなっていく。
「そしてアンナが嫉妬なんかするわけないんだよ。私はアンナしか見ていない。それはアンナも十分分かっているだろう。アンナ…もしかして私の愛がまだ足りなかったかい?」
ドS丸出しのいたずらっ子のような顔で私を覗き込んでくる。
「っ!!いえ!十分理解しております、殿下!」
「アンナ?いつものは?」
ニヤニヤしてる殿下。
「…はい、アド」
そう言わされてそっと抱きつく。
愛称を呼んで私から抱きつく事、これは2人きりで会った時の約束。
公衆の面前で…恥ずかしい…。
「正解。いい子だね。私の可愛いアズ」
そう言っておでこにキスを落とす殿下。
そう。名前の最初と最後の文字を繋げた2人だけの秘密の愛称。
疑う余地も無い愛し合っている証拠。
「さあ、アンナも足を痛めているし、もういいよね?アンナに対する暴言、身分を弁えない態度は後からしっかり沙汰を出すから。最後の学園生活楽しんで。あ、突き飛ばした君。君はもう終わりだよ。地下牢まであとで会いに行くからね」
「も、申し訳ありませ…殿下…僕知らなくて!!騙されてただけなんです!!本当にいじめられてると思ったから…!!」
突き飛ばした令息が頭を地面に擦り付けてガクガク震えながら謝罪をしている。
「…さあ行こうかアンナ」
「で、殿下!!どうか…!!」
「謝るのは私にじゃないだろう?それを分かっていない時点で君は終わってるよ」
「あ…あ…申し訳…」
殿下は泣きながら謝る令息を無視して私を横抱きにして歩き出す。
「きゃ…!!殿下!降ろしてください!!」
「だめだよ?歩けないだろう?無理して悪化しても良く無いから大人しくしてて」
こんな人前で!!抱えられて…殿下と密着!!
顔に熱が集まり頭がパンク寸前だ。
「でも、恥ずかしいです!!」
「アンナ。それは逆効果だよ。その顔が大好物なんだよ?だからあの約束事もやめられない。本当は誰にも見せたくなかったけれど、これでもう僕らの愛を疑う者はいないだろう。」
そう言ってまたおでこにキスをする殿下。
後ろではマリー嬢がまだ現実を受け入れられないのか混乱して発狂している声と令息達の絶望に満ちた声が聞こえてくる。
私は救護室に連れて行かれて処置を受けた。軽い捻挫で2、3日もすれば歩くには支障ないようになるだろうとの事だった。
「良かった…アズ…あんな目に合わせて本当ごめん。報告を受けて急いで行ったんだけど間に合わなかった」
さっきとは打ってかわってしゅんと本気で心配して落ち込んでいる顔をする殿下。
「いいえ、あの時来てくれなければ私はきっと顔からこけてもっとひどいケガをしていたと思います。ありがとうございます。とても嬉しかったし、頼もしかったですわ」
「うん…」
そっと抱きしめられ私の肩に顔を埋める殿下。
それに応えるように私もそっと背中に手をまわした。
「それにしても本当ムカつくなぁ、私のアズに暴言を吐き怪我をさせるなんて。俺を敵にまわした事後悔させてやる…」
ボソッと呟いた声が近くてきっちり聞き取れる。
「で、殿下…」
「ん?アズ、私は後片付けがあるからちょっと出てくるよ。とりあえずアズはここでゆっくりしてて。今日は妃教育も全部休み。帰りに送るからここで読書でもしてて。動いちゃダメだよ。」
そう言い残して満面の笑みで去って行った殿下。
宣言通りに帰りに送ってもらった。
殿下はその後を何も話してくれないので彼らの処遇については後から近衛さん達にこっそり聞いた。
令息達は廃嫡では済まない、それはそれは大変な処罰が与えられ、突き飛ばした彼は家が取り潰し。彼はその後行方が分からないらしい。そして子爵家ももちろん取り潰し。横領していた分を国に返す為に僻地で囚人達に与えられるとてもきつい労働を一緒にしているとか。肝心のマリー嬢は不敬罪に侮辱罪。王族に勝手に触れ危害が加えられたかもしれないということで生涯を地下牢で過ごす事が決まったとか。
私は改めて殿下を絶対に敵にまわさないと心の中で誓った。