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馬は高価です

 早朝。

 まだ薄暗い中、荷馬車はバート村を出発した。


 ロスメル村に着いたのは昼前。


 門の前に荷馬車は止まった。

 門番の強面のお兄さんに身分証を渡すと「22歳…」と小声で呟いた。

 聞こえているよ。


 それにしても……イザークさんといい、このお兄さんといい、門番というのは強面度合いで決まるのかな。


「お嬢ちゃん。俺達はロスメル村の村長に挨拶に行く。お嬢ちゃんは宿に行くだろう? ここでお別れだな」


「ありがとうございました。とても助かりました」


「じゃあな。マルファンに行ったらカービング商会をよろしくな!」



 気の良いおじさん達だったな。

 村に唯一の宿の場所を教えて貰ったので、迷わずそこに向かった。


 ロスメル村の宿は簡素な作りだが、掃除の行き届いた清潔感のある宿だ。

 良い馬を求めてやって来た、身分の高い方も泊まることがあるようで、一番良い部屋にはバスルームがあり、部屋も広い。

 ちょうどその部屋が空いていたので、泊まることが出来た。

 お風呂がある方が良いからね。


 一泊二食付きで3万ペリンだった。


 初めての宿だから、高いのか安いのか分からない。


 今の私は、ぼったくられる良い鴨だ。

 そんな鴨を前に、行商のおじさん達は本当に善い人だったらしい。怪しいツボとか売り付けられても可笑しくない状況だったのにね。

 ラッキーだったな。




 宿の部屋に入ると、カーテンを閉めた。

 人目を忍んで、検証しないといけない事がある。

 まず、ポケットから巾着を取り出した。


 この巾着の謎を解き明かさなければ。


 中を覗きながら手を入れてみる。

 身分証しか手に触れる物はない。


 次に、中を見ずに手を入れてみる。


「っ!」


 指先に触れる固い感触がある。

 軽くかき混ぜると、チャリチャリと音がなった。

 手の平一杯に中の物を握りしめ、1度離して手を引き抜く。巾着を覗くと、中は身分証しか入っていない。


 今度は中を見ずに手を入れ、一つだけ巾着から摘まんで取り出してみた。


「……大金貨だ」


 引き出した大金貨1枚を、巾着に入れてみる。

 もう消えたりはしなかった。


 検証結果。

 中を見ずに手を入れると、大金貨。

 中を見ると、空っぽのただの巾着。

 1度取り出したお金はもう消えたりしない。


 中々の不思議な巾着だった。





 ロスメル村は門の先に広場があり、その先に宿屋や商店が数件並んでいた。

 宿屋、パン屋、雑貨屋、食料品店、食堂…これだけ並んだら、商店街かな。

 裏手は広い牧場になっていて、牧場の中に民家が点在している。

 牧場の中の民家は、すべて馬関係の仕事を生業としているらしい。


「ん~~と、どこに行ったらいいの。

 宿で聞いてから出てくれば良かったな。失敗したわ」


 牧場に点在している民家を訪ねればいいだろうか。


「直接訪ねて、馬くださいって言うのも変だよね。パン屋にパンを買いに行く訳じゃあるまいし……」


 背後から誰かが、ブハァと吹き出した。

 誰だ。私を笑う奴は。

 少しムッとして振り返って睨んでやる。


 私を笑ったのは、少年だった。


「ごめん、ごめん。突然笑って失礼だった。……だけど、馬をパンを買うように、って……ぷっ、ぷぷっ、……パンって……うっははははは!

 ごめん……っぶっ、あはははは!」


 もういいよ。好きなだけ笑うがいい。


 それよりも、私の目は今、別の事実に釘付けだった。


(この少年の髪色……)


 モスグリーンだ!


 ダークカラーなので分かりにくいけれど、太陽の光りが当たると、しっかり緑色だ。


 バート村村では茶系の髪色の人しかいなかったから、異世界人も地球人も変わりないと思っていた。

 見た目が違和感なかったからこそ、外国に来たくらいの気持ちでいたのかもしれない。


(でも、モスグリーンって……あり得ないよね)


 もしかして、ここは当たり前に、ピンクや赤などの髪色もあったりするのだろうか。

 髪色について考えていると、少年の笑いが治まったようだ。


「……落ち着いた?」


「ああ。悪かったよ。俺はテオフィル。テオでいいよ」


「私はマイカよ。馬なんて買ったことなかったから、全然知らないのよ」


 別に本気で怒ったわけではない。

 相手は中学生くらいの少年だ。このくらいで本気で怒るなんてしないよ。私は大人ですから。

 怒ってないよ、安心していいよ、の気持ちを込めて笑いかけてみた。


 すると、テオ少年の耳が赤くなる。


(おっと。大人の色気が出ちゃいましたかね? テオ少年にはまだ早かったよねぇ。ふっふっふっ)


「……わ、笑ったお詫びに、牧場を案内してやるよ。馬を見に来たんだろ?」


「本当に? 助かるよ」


「じゃあ牧場行くぞ」


 テオの後を着いて商店街を抜けると、すぐに柵がある。ここからは見渡す限り、牧場だ。

 遠くの方に馬が数頭草を食んでいるのが見えた。


「ここは10軒の家が共同で運営している牧場なんだ。気に入った馬がいたら、馬の身体を見てくれ」


 いつの間にか近くに濃茶色の馬が来ていた。

 ずいぶん人懐こいらしい。

 テオに鼻先を寄せて、甘えるような仕草をしている。

 テオは慣れた仕ぐさで馬の首を撫でているけれど、私は少し…恐いかも。


 テオが言っていた馬の身体には、青い塗料で丸印が書かれていた。


「こいつは青い印が着いているから、向こうの青い屋根の家の馬なんだ。こいつが気に入ったら、あの家に行けばいい。ちなみに俺の家の馬は黄色の印」


 テオの家も馬を育てているらしい。

 辺りを見回して、黄色の印を探してみたけれど、黄色の印の馬は近くにはいないようだった。


 濃茶色の馬はテオに撫でられて満足したのか、離れてまた草を食べ始めている。


「マイカの家の人は、もう牧場に来たのか? どんな馬を探してるんだ?」


 ……。


「私は一人でこの村に来たの。私が馬を購入したいの」


「……は? 子供の小遣いで買える馬なんていないだろ」


 またこのパターンか。

 いっそ、自己紹介の時に、年齢も伝えた方が良いかもしれない。


「私は22歳よ。馬を探しているの。テオのお家の方に会わせて貰えると、嬉しいな」


 改めて自己紹介をしてみる。今度は年齢も一緒に。

 馬の善し悪しなんて私には分からない。ここはプロに見繕って貰った方が確実だ。


「15歳くらいかと…」と呟いて、固まっていたテオの背中をポンポン叩いてやる。

 はっとしたテオは、オロオロとぎこちなく案内をはじめた。


「こ、こちらです。向こうの奥に俺の家がありまして……父もそこに……」


 急にたどたどしい口調で話し出したテオに、今度は私が吹き出してしまった。

 成人してると聞いて、大人に対する対応になったのかな。それとも、馬を私が買うと言ったから、貴族とでも思われたかな。

 私の姿は、どこからどう見ても、平民にしか見えないのに。いや、温泉で髪と肌だけは貴族並みかも。


「ぷっ、ぷぷ! いいよ、さっきみたいに普通で。私、見ての通り、平民だし」


「そ、そうか。でもな、マイカが成人しててもさ、馬は平民の若い女に買える値段じゃないんだぞ」


「どのくらいの値段なの?」


「100万ペリンからだな。1000万ペリンなんて馬もたまにいるよ。さっきの馬なら120万ペリンってところだ」


「よし、2頭購入するよ」


「……お前、俺の話聞いてないだろ」


 テオは疲れたようにため息をついて、黄色の屋根の家まで案内してくれた。

 テオの口数が少なくなったのは気のせいかな。




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