表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/162

ショッピングは気合いです

 朝食を食べてから畑の雑草取りを手伝っていると、フィーネさんに呼ばれた。


「行商が来たみたい。

 今、お父さんに挨拶に来ています。その後すぐ広場にお店を出すので、私たちも準備しましょう」


 フィーネさんの物々交換の軍資金は、ベリーのジャム5本。いも類など日持ちのする野菜。乾燥したハーブやキノコ。

 私も荷物持ちを手伝う。


「何と交換するつもり?」


「調味料類ですね。いつもだいたい同じなんです。

 出来ればフライパンが欲しいですが、今回はちょっと無理そう」

 手持ちの荷物を見て肩を竦めた。

 いつもより少な目なのかな。



 広場には、すでに村人が集まっていた。

 お店も開店しているようだ。


「午前中はいつも混み合うんです。みんな仕事を始める前に、買いものを済ませたいから」


「午後なら空いてる?」


「はい。閉店間近の夕方は少し混みます。お昼頃が狙い目ですよ」


 よし、昼だ。昼にまた来よう。

 大金貨を使っているところなんて、村人に見られたら後が怖い。


 7、8人の村人が小さな販売スペースを覗いている。フィーネさんは、果敢にもその中に加わって行った。


 私には無理だな。


 スーパーの激安タイムセールでも、買えた試しがなかったからね。1個10円のピーマンも、1つ50円のパスタソースも買えたことなかったし…。


 そんなことを思っていると、フィーネさんが戻って来た。


 おお、笑顔が眩しい! 満足の結果だったのかな。


「買えました?」


「はいっ! フライパンもオマケしてもらって買えちゃいました! 今日のお昼はパンケーキにしましょうか。

 フライパンも増えたし、マイカさんも焼くの手伝って下さいね」


「もちろんです。 行商さん達のお昼も作るんでしょう? じゃんじゃん焼きましょう!」


 無料で泊めてもらっているからには、喜んで手伝いますとも。

 パンケーキくらい何枚でも焼きますとも。

 焼くのは得意だ。

 ホットケーキミックスが特売の時、数日間パンケーキ生活なんてこともあったからね。






 昼食後すぐに広場に向かうと、聞いていた通りお店には他の客はいなかった。


 よし。チャンスだ。


 行商人のおじさんは二人。

 ついさっきまで村長宅で一緒にパンケーキを食べた二人だ。


「こんにちは。さっきはどうも」


「ああ、お嬢さんか。パンケーキ美味かったよ」


「私は焼いただけですけどね」


 挨拶程度の会話を軽く交わし、商品を物色する。


 調味料、保存食、衣料品、アクセサリー、金物類、農耕具、薬類……。


 何でも屋さんだな。


「一番高価な商品って、何ですか?」


 私の冷やかしのような質問に、おじさん達は嫌な顔はしなかった。

 さすがは商売人だ。


「一番はコレだな」


 取り出したのは、雫型で濃茶色の薄っぺらい物体。

 私の手の平より大きいサイズだ。


「これはだな、熊の胆だ」


 漢方薬か!


 そう言えば漢方薬は高価なイメージがあるな。

 この世界でも高価なのか。

 熊を狩るのは命懸けだろうから、高価なのも納得だ。


「熊の胆を乾燥した物なんだ。胃痛、腹痛、滋養強壮。抜群に効果がある。

 しかもただの熊じゃない。

 黒大熊だぞ。

 3メートル以上の体格なのに俊敏で、気性も荒い。ベテラン狩人でも死を覚悟するって言うヤツの胆だ」


「おいくらですか?」


「85万ペリンだ」


「買います」


「……は?」


「買います!」


「…………」


 二人のおじさんが固まっている。

 気持ちは分かる。

 私だって、熊の胆なんて欲しいわけじゃない。大金貨を使う為だから、そんな顔で見ないで。


「……ふ、ふはは。一瞬、本気にしちまったよ。……本当に買うと言うなら、80万ペリンに負けてやるがな」


「負けなくていいです。その代わり私がコレを買ったことを誰にも言わないで下さい」


 左ポケットから大金貨を1枚取り出して見せると、おじさん達の目付きが変わった。

 冷やかしじゃなく、客と認識されたようだ。


「あと、他にも欲しい物があって……」


 大きな布袋。布1メートル程。ワンピース2枚。下着2枚。ひざ掛け1枚。保存食の固いクッキー10枚。水筒。


 これらは街までの道のりに必要な物。


 それから、緑色のビーズのバレッタはフィーネさんに。

 革製のバッグは村長に。

 宿泊代のかわりに受け取ってもらおう。



 全部で1万800ペリンだった。


 熊の胆も含めて、86万800ペリン。


 ……恐ろしい金額だ。一度の買い物でこんな金額、払ったことなんてない。

 500円玉でも財布から出したくなかったくらいなのに。


 大金貨1枚を渡した。

 お釣は、金貨1枚、大銀貨3枚、銀貨9枚、大銅貨2枚。


 よし。なかなか良い感じに崩れた。

 左のポケットにすべての硬貨をそのまま入れる。中々重いな。


「お嬢さんは明日、街に向かうんだったか。

 本当なら一緒に馬車に乗せて行ってやりたいが、俺達は隣村に寄ってから街に戻るからなぁ。すまんね」


「隣の村って、馬が有名っていう?」


「そうそう。ロスメル村だな。

あそこは村全体が馬の牧場になっているんだ。良い馬が多くてね、バート村より羽振りが良いんだよ」


 ……馬か。馬は高価だとフィーネさんが言っていたな。

 うん。興味ある。


「あのー。明日、ロスメル村に一緒に乗せて行ってもらうことは出来ますか?」


「おう。構わないぞ。ただし荷台に乗ることになってもよければ、だな」


 もちろん大丈夫だ。


「明日は早朝に出発だ。昼には着くぞ。準備しておきな」


「はい!」


 次の目的地が決まった。






 明日、ロスメル村に行くことを村長に告げた。けれど、明後日にはまたバート村に戻って来たいことも。


 フィーネさんと村長にバレッタと革製バッグを渡すと、喜んでくれた。




 今夜も温泉でリフレッシュ。

 天国気分に浸りながら、ホッと一息つく。身体がグズグズに溶けてしまいそう。


「温泉って凄い……」


 思わず漏れた私の言葉に、フィーネさんは笑った。


「ねぇ、フィーネさん。温泉を売りにして観光地に…とか考えたりしたことないですか?」


 温泉のリラックスパワーを借りて、気になっていたことを聞いてみた。

 フィーネさんの表情が僅かに固くなった気がする。


(よそ者が突っ込んでいい問題じゃないか……)


「今の無し。素敵なお湯だし、ちょっと気になっただけ~」


 軽く会話を切り上げて、お湯の中にザブンと潜った。

よし、リセット。

 ザバァと出てくると、困ったようなフィーネさんと目が合う。リセット失敗か。


「私が小さい時に、この温泉に目をつけた貴族がいたんです。

 そして源泉を管理して、自分達だけの温泉にしようとした…」


 村人達は抗議したけれど、権力には敵わない。

 村人達は悔しくて、女神に祈った。


 どうか、みんなの温泉を守って欲しい、と。


「その数日後。

 貴族達3人が、源泉の側で倒れていたのを発見された……1人は死亡。残りの2人は……」


「ふ、2人は……?」


「女神が………女神が………っ!」


 フィーネさんが低く苦し気な声を出す。


「……と呟きながら、真っ青な顔で逃げ出して行った……」


 おおお……サスペンスホラーか。


 火山ガスでもあるのか? それとも、あの美人の神が何かやらかしたか……。


(二日酔いが…とか言ってたし、あり得るかも……)


「……ってことがあって。『女神の呪いの温泉』と広まってしまったんです。だから難しいかな」


 フィーネさんは軽い口調に戻った。

 呪い説を信じていないのかな。


「昔からの言い伝えで、源泉の側には毒性のキノコが生えてるって言われているんです。毒の胞子を辺りに撒き散らすから、明け方は近寄るなって。

 だから村人は誰も呪いだなんて思っていないんです。

 一度ついた悪評は中々なくなりませんけどね」


「もったいないね。そのキノコ、珍しいの?」


「幻のキノコと呼ばれています。

 光輝いてるとか、虹色をしているとか言われています。でも誰も見たことないんです。幻ですからね。

 もし見れたら物凄く運がいいですよ」


 幻のキノコ。

 凄そうだけど、実物は地味な見ためで誰も認識していなかったり……そんなパターンもありそうだ。


「本当はもう少し外から人が来て、交流出来るようになったら良いなって思います。あまり大勢押し掛けられても困りますけどね」


 なるほど。村のサスペンスホラーが原因か。

 もっと閉鎖的な重い問題があるのかと思った。


 これで気楽に『バート村に貨幣の流通大作戦』が実行できる。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ