ショッピングは気合いです
朝食を食べてから畑の雑草取りを手伝っていると、フィーネさんに呼ばれた。
「行商が来たみたい。
今、お父さんに挨拶に来ています。その後すぐ広場にお店を出すので、私たちも準備しましょう」
フィーネさんの物々交換の軍資金は、ベリーのジャム5本。いも類など日持ちのする野菜。乾燥したハーブやキノコ。
私も荷物持ちを手伝う。
「何と交換するつもり?」
「調味料類ですね。いつもだいたい同じなんです。
出来ればフライパンが欲しいですが、今回はちょっと無理そう」
手持ちの荷物を見て肩を竦めた。
いつもより少な目なのかな。
広場には、すでに村人が集まっていた。
お店も開店しているようだ。
「午前中はいつも混み合うんです。みんな仕事を始める前に、買いものを済ませたいから」
「午後なら空いてる?」
「はい。閉店間近の夕方は少し混みます。お昼頃が狙い目ですよ」
よし、昼だ。昼にまた来よう。
大金貨を使っているところなんて、村人に見られたら後が怖い。
7、8人の村人が小さな販売スペースを覗いている。フィーネさんは、果敢にもその中に加わって行った。
私には無理だな。
スーパーの激安タイムセールでも、買えた試しがなかったからね。1個10円のピーマンも、1つ50円のパスタソースも買えたことなかったし…。
そんなことを思っていると、フィーネさんが戻って来た。
おお、笑顔が眩しい! 満足の結果だったのかな。
「買えました?」
「はいっ! フライパンもオマケしてもらって買えちゃいました! 今日のお昼はパンケーキにしましょうか。
フライパンも増えたし、マイカさんも焼くの手伝って下さいね」
「もちろんです。 行商さん達のお昼も作るんでしょう? じゃんじゃん焼きましょう!」
無料で泊めてもらっているからには、喜んで手伝いますとも。
パンケーキくらい何枚でも焼きますとも。
焼くのは得意だ。
ホットケーキミックスが特売の時、数日間パンケーキ生活なんてこともあったからね。
昼食後すぐに広場に向かうと、聞いていた通りお店には他の客はいなかった。
よし。チャンスだ。
行商人のおじさんは二人。
ついさっきまで村長宅で一緒にパンケーキを食べた二人だ。
「こんにちは。さっきはどうも」
「ああ、お嬢さんか。パンケーキ美味かったよ」
「私は焼いただけですけどね」
挨拶程度の会話を軽く交わし、商品を物色する。
調味料、保存食、衣料品、アクセサリー、金物類、農耕具、薬類……。
何でも屋さんだな。
「一番高価な商品って、何ですか?」
私の冷やかしのような質問に、おじさん達は嫌な顔はしなかった。
さすがは商売人だ。
「一番はコレだな」
取り出したのは、雫型で濃茶色の薄っぺらい物体。
私の手の平より大きいサイズだ。
「これはだな、熊の胆だ」
漢方薬か!
そう言えば漢方薬は高価なイメージがあるな。
この世界でも高価なのか。
熊を狩るのは命懸けだろうから、高価なのも納得だ。
「熊の胆を乾燥した物なんだ。胃痛、腹痛、滋養強壮。抜群に効果がある。
しかもただの熊じゃない。
黒大熊だぞ。
3メートル以上の体格なのに俊敏で、気性も荒い。ベテラン狩人でも死を覚悟するって言うヤツの胆だ」
「おいくらですか?」
「85万ペリンだ」
「買います」
「……は?」
「買います!」
「…………」
二人のおじさんが固まっている。
気持ちは分かる。
私だって、熊の胆なんて欲しいわけじゃない。大金貨を使う為だから、そんな顔で見ないで。
「……ふ、ふはは。一瞬、本気にしちまったよ。……本当に買うと言うなら、80万ペリンに負けてやるがな」
「負けなくていいです。その代わり私がコレを買ったことを誰にも言わないで下さい」
左ポケットから大金貨を1枚取り出して見せると、おじさん達の目付きが変わった。
冷やかしじゃなく、客と認識されたようだ。
「あと、他にも欲しい物があって……」
大きな布袋。布1メートル程。ワンピース2枚。下着2枚。ひざ掛け1枚。保存食の固いクッキー10枚。水筒。
これらは街までの道のりに必要な物。
それから、緑色のビーズのバレッタはフィーネさんに。
革製のバッグは村長に。
宿泊代のかわりに受け取ってもらおう。
全部で1万800ペリンだった。
熊の胆も含めて、86万800ペリン。
……恐ろしい金額だ。一度の買い物でこんな金額、払ったことなんてない。
500円玉でも財布から出したくなかったくらいなのに。
大金貨1枚を渡した。
お釣は、金貨1枚、大銀貨3枚、銀貨9枚、大銅貨2枚。
よし。なかなか良い感じに崩れた。
左のポケットにすべての硬貨をそのまま入れる。中々重いな。
「お嬢さんは明日、街に向かうんだったか。
本当なら一緒に馬車に乗せて行ってやりたいが、俺達は隣村に寄ってから街に戻るからなぁ。すまんね」
「隣の村って、馬が有名っていう?」
「そうそう。ロスメル村だな。
あそこは村全体が馬の牧場になっているんだ。良い馬が多くてね、バート村より羽振りが良いんだよ」
……馬か。馬は高価だとフィーネさんが言っていたな。
うん。興味ある。
「あのー。明日、ロスメル村に一緒に乗せて行ってもらうことは出来ますか?」
「おう。構わないぞ。ただし荷台に乗ることになってもよければ、だな」
もちろん大丈夫だ。
「明日は早朝に出発だ。昼には着くぞ。準備しておきな」
「はい!」
次の目的地が決まった。
明日、ロスメル村に行くことを村長に告げた。けれど、明後日にはまたバート村に戻って来たいことも。
フィーネさんと村長にバレッタと革製バッグを渡すと、喜んでくれた。
今夜も温泉でリフレッシュ。
天国気分に浸りながら、ホッと一息つく。身体がグズグズに溶けてしまいそう。
「温泉って凄い……」
思わず漏れた私の言葉に、フィーネさんは笑った。
「ねぇ、フィーネさん。温泉を売りにして観光地に…とか考えたりしたことないですか?」
温泉のリラックスパワーを借りて、気になっていたことを聞いてみた。
フィーネさんの表情が僅かに固くなった気がする。
(よそ者が突っ込んでいい問題じゃないか……)
「今の無し。素敵なお湯だし、ちょっと気になっただけ~」
軽く会話を切り上げて、お湯の中にザブンと潜った。
よし、リセット。
ザバァと出てくると、困ったようなフィーネさんと目が合う。リセット失敗か。
「私が小さい時に、この温泉に目をつけた貴族がいたんです。
そして源泉を管理して、自分達だけの温泉にしようとした…」
村人達は抗議したけれど、権力には敵わない。
村人達は悔しくて、女神に祈った。
どうか、みんなの温泉を守って欲しい、と。
「その数日後。
貴族達3人が、源泉の側で倒れていたのを発見された……1人は死亡。残りの2人は……」
「ふ、2人は……?」
「女神が………女神が………っ!」
フィーネさんが低く苦し気な声を出す。
「……と呟きながら、真っ青な顔で逃げ出して行った……」
おおお……サスペンスホラーか。
火山ガスでもあるのか? それとも、あの美人の神が何かやらかしたか……。
(二日酔いが…とか言ってたし、あり得るかも……)
「……ってことがあって。『女神の呪いの温泉』と広まってしまったんです。だから難しいかな」
フィーネさんは軽い口調に戻った。
呪い説を信じていないのかな。
「昔からの言い伝えで、源泉の側には毒性のキノコが生えてるって言われているんです。毒の胞子を辺りに撒き散らすから、明け方は近寄るなって。
だから村人は誰も呪いだなんて思っていないんです。
一度ついた悪評は中々なくなりませんけどね」
「もったいないね。そのキノコ、珍しいの?」
「幻のキノコと呼ばれています。
光輝いてるとか、虹色をしているとか言われています。でも誰も見たことないんです。幻ですからね。
もし見れたら物凄く運がいいですよ」
幻のキノコ。
凄そうだけど、実物は地味な見ためで誰も認識していなかったり……そんなパターンもありそうだ。
「本当はもう少し外から人が来て、交流出来るようになったら良いなって思います。あまり大勢押し掛けられても困りますけどね」
なるほど。村のサスペンスホラーが原因か。
もっと閉鎖的な重い問題があるのかと思った。
これで気楽に『バート村に貨幣の流通大作戦』が実行できる。