王都の宿屋
王都はカラフルだった。
ーーーー道行く人々の髪の色がね。
「外国人が多いってことかな」
以前、医者のマインラート先生が言っていたけど、橙と、桃色というかサーモンピンクが多い。金と銀もいるけれど、どちらもくすんだ色で、金と銀というよりは、黄土色と灰色だ。宿場町で会ったお嬢様のような綺麗な金髪も、リリアとレオナルドのような綺麗な銀髪はいないようだ。
「外国人も多いが、奴隷も多いだろう」
ヴィムが自分の頭に布を巻き付けて、髪の毛を隠しながら言った。ラッパーの兄さんがキャップの下に被っているドゥーラグみたいだ。ヴィムにラッパーの要素が何もないけどね……。
「なにそれ」
「似合わないか?」
「ううん、似合うけどね。私はないほうが好きかな」
「うっ……今すぐ取りたい……。しかし駄目だ。俺の髪色は目立つから、王都では隠した方がいいだろう」
そういえば、マインラート先生もそんなこと言っていたな。ヴィムの髪色は珍しいって。
「私的には紺色の髪はお気に入りなんだけどな」
「なっ……!?」
まだ黒髪の人に会ったことがないから、黒に近い紺色は親近感がわく。
同じ理由で、濃茶色も。
「髪色と奴隷って何か関係するの?」
プイッとそっぽを向いてしまったヴィムの変わりに、ローラが答えてくれた。
「奴隷は主に他国に出荷されますから、グランヴァルト王国にない髪色も多いんです。
貴族は特に珍しい髪色を好みますから、王都の奴隷は色鮮やかですよ。私は隣国出身ですが、グランヴァルトで最も多い茶色の髪色なので、王都を素通りしてマルファンに送られました。
おかげでお嬢様に購入していただけて、幸運でした」
「ふふふっ。上手いんだから。
そういえば、マルファンの奴隷商館で、カラフルな髪色は見なかったな」
ヨハンはモスグリーンだけど、グランヴァルト王国でもいる髪色だし、ヴェロニカは赤みが強いけど、茶色枠だもの。
そうこうしているうちに、馬車が止まった。
「お嬢様、宿についたようです!」
王都でお世話になる宿は、白壁の可愛いらしいデザインの宿だった。さすが大型宿というだけあって、四階建てだ。階段を上るのはキツそうだけどね。
難点はお風呂がないことだけど、すぐ隣に公衆浴場がある。不自由はなさそうだ。
「いらっしゃいませ」
服の上からでもわかるほど筋肉隆々のドアマンが、扉を開けてくれた。
「マイカ・イシカワ様御一行ですね。中へどうぞ」
促されるまま中へ入る。口髭が渋い年輩のおじ様が私達に近付いて来て、優雅にお辞儀をした。
「ようこそ『白の宿屋』へ。
マイカ・イシカワ様ですね。
私は『白の宿屋』の総支配人、ライノと申します。
ヒュー坊っちゃんから手紙で聞いております。四階を貸し切りにしていますので、お好きにお使いください」
「ありがとうございます。まさか貸し切りにしてもらえるなんて」
「いえいえ、ヒュー坊っちゃんの紹介ならば当然です」
ヒュー坊っちゃんって……ヒューベルさんのことだよね?
総支配人ライノさんに坊っちゃんと呼ばれるヒューベルさんって……何?
「ヒュー坊っちゃんはお元気でしょうか」
探るように聞いて来るのは、きっと何年も会っていないのだろう。ライノさんの様子からは、ヒューベルさんを心配する様子が感じられる。
「元気そうですよ。最近は特に」
絵を描く体力をつけて貰おうと、私は最近、金平糖にヒューベルさんを誘って、せっせとご飯を与えている。
以前より肉付きもよくなったし、絵を描くスピードも上がったようだ。
「画家として王都まで名が届くのも、もうすぐだと思いますよ」
「っ!! では画家として成功したということですか?」
「成功というか……大きなチャンスを目の当たりにしている状態だと思います。大丈夫です。きっとうまく行きますよ」
出来た絵は私が片っ端から買い取るつもりだし、生活に困ることはないだろう。絵が売れて、そのお金で生活が出来るなら、それはもう画家としての成功だよね。上を目指せばキリがないけれど。
「……良かった! 旦那様も喜びます!」
んん? 旦那様ってどこの旦那様?
「つかぬことをお聞きしますが、ヒューベルさんとライノさんのご関係ってーーーー」
「この『白の宿屋』はヒュー坊っちゃんのお父様が経営されています。私は坊っちゃんが生まれた時からこの宿で働いています。ですので、孫のような思いで見守っていました。
ヒュー坊っちゃんが家出するまでは……」
ライノさんの話はよくある話だった。
宿屋の坊っちゃんだったヒューベルさんが画家を目指し、王都で夢敗れて家出したのだそう。
王都からも家族からも一度逃げ出して、それでも絵を描くことを諦めなかったから、出会った。ちょうど飾る絵が欲しいなぁと思っていた私と……。
(今回は、私の運がヒューベルさんにとってもラッキーになったってことだね)
ヒューベルさんに出会ったから、王都の宿を紹介してもらえたし、観光する計画もしっかりたてられた。
こんな運なら大歓迎だ。
ライノさんはゴホンと咳払いをして、背筋を伸ばした。仕事モードに戻ったようだ。
「ありがとうございます。とても安心しました」
そう言って笑った顔は、孫を思う祖父のような優しい目をしていた。
王都にある大型の宿は全部で3つ。
『白の宿屋』は白壁が美しい宿だ。
ギリシャのサントリーニ島の建物のように、外壁を漆喰でコーティングして、輝く白さを出している。料金は庶民が手の届くギリギリくらい。記念日やハネムーンにこの宿に宿泊することが、庶民の間で流行っているらしい。
『緑の宿屋』は蔦のような植物が宿の外壁を隙間なく覆い、自然溢れる宿だ。
時季によっては一斉にピンク色の花を咲かせるらしい。お風呂がなく、公衆浴場から少し離れているけれど、料金は大型宿の中では最もお手頃。
『赤の宿屋』は赤レンガが上品な宿屋だ。
貴族の屋敷が並ぶ、通称貴族街にあり、主に貴族が宿泊する高級宿。時には他国の王族も宿泊するという格式高い宿だ。
他にももっと料金が安くて、小規模な民宿のような宿屋がいくつかある。
「大型宿のメリットは、警備がしっかりしているってことだね」
各部屋の扉には、しっかりした頑丈な鍵がある。ドアマンが筋肉隆々だったのは、護衛も兼ねているからだ。
マリンがはしゃぎそうだ。
私は一人部屋のベッドに寝転がりながら、ライノさんからもらった王都観光案内マップを広げていた。
いくつかの場所を円で囲んでいく。
「よし! 白の宿屋は観光するにもいい立地だよね。明日は博物館と、伝説の勇者像を見学して、夕方から劇場観賞……うん。中々充実してるね。
……さて、そろそろみんなの準備も出来てるかな」
今日はこれから、夕食まで自由時間だ。
ロルフとユーリとエリンとローラは宿周辺のお洒落なカフェに行くと言っていた。
マリッカとメリンはエドガーと一緒に本屋に勉強の教材を探しに行くらしい。
ヴィムとペトロネラは私について来るっていうけど……馬車の移動が疲れたから、近場の公園でゆっくりするだけなんだけどね。
ロビーに行くと、ヴィムとペトロネラがすでに待っていた。
「お待たせ」
二人揃って首を振る。
いやいや、待ったでしょ。私、部屋で少しくつろいだもん。
「二人とも、本当に私について来るの? すぐ近くの公園に行くだけだよ?」
せっかくの慰安旅行、自由時間なんだから、好きに時間を使ってもいいんだけど……まぁ、護衛は必要だけどね。私が歩く財源だし。
「マイカは一人にしたら迷うだろう」
「大丈夫です。王都の地図は頭に入れました。お嬢様を迷わせません」
「…………そう。じゃあ行こうか」
すぐ近くなのに、迷うと思われている主人って……。
けれど、小道をいくつか曲がった時点で、二人が一緒にいたことをありがたく思いましたよ。
公園といっても、特に何かあるわけじゃない。貴族街の公園なら、きちんと整備された庭園みたいになっているのかも知れないけど、こっちは下町。ただ広場の真ん中に噴水池があって、ベンチがいくつか置いてあるくらいだ。
少し高台になっていて、下町の様子がよく見える。
緑の大きい建物は、緑の宿屋だろう。緑の宿屋を真ん中にして、右側は住宅街。左側は……なんだか……怪しい。あれはたぶん色っぽいピンク関係の店達だな……。王都にいるうちに一度行ってみようかな。
ピンクな歓楽街の奥の住宅街はなんだか薄暗い。あそこは……。
「貧富の差がハッキリ分かるね」
「そうですね。危険な場所なのでーーーー」
「今度行ってみよう!」
「「ダメだ」です!」
「ですよねぇ」
二人に即座に否定されたけど、ああいう場所を何とかしようと思ったら、お金を使うヒントになるかもしれない。どうせ王族も貴族も、底辺で暮らす人のことは知らないだろうし、知っていても見て見ぬふりをするんでしょう。私もお金持ちの時は、貧乏な生活なんて知らなかったもの。
別に私が何かしようってわけじゃないし、お金を配る気もないけど、知らないより知っていた方がいいでしょう。
「まぁ、ピンク街に行った時に覗いてみようよ。社会見学だよ」
「ピンク……風俗街だぞ? 興味本位で行く場所じゃないからな」
ヴィムの顔が赤くて、視線をさ迷わせる様子が可愛い。意外と純情なのかな。プロのお姉様達に鍛えてもらうか。
噴水の縁に座ると、水飛沫が飛んできて気持ちがいい。池に水に手をつけて見ると、ほどよく冷たい。
これはヴィムの赤い顔を冷ますのにもいいな。
「俺は! 絶対に行かない!」
「え~~っ。王都のお姉様達はレベルが高そうなのに」
「行かない!」
「ふぅん。じゃペトラ、一緒に行こうか」
「なっ!?」
ペトロネラが大きなため息をつく。目が、バカなやり取りをするんじゃないって言っている。
「…………失礼しました」
「お嬢様。向こうの通りに、若い女性が特殊な接客をするカフェがあるそうです。行ってみますか?」
「行こう!」
ガールズバー? メイド喫茶? 非日常感がすごく旅行っぽいよ!
興奮して勢いよく噴水の縁から立ち上がった。
「あ…………」
足が滑った。
「マイカっ!」
「お嬢様っ!」
そのまま噴水に倒れ込むのか。重力に引っ張られながら覚悟を決めた時。
右手をペトロネラ、左手をヴィムが、それぞれ掴んでくれた。
「ありがとーーーー」
噴水の水でしっとり濡れた私の手は、二人の手をスルリとすり抜ける。
ぼっちゃーーーーん!!!
私は噴水池に落ちた。




