先代の転移者
「ねぇ、みんな。移動扉って知ってる?」
バート村から戻って、久しぶりにイシカワ邸恒例、全員で夕食の最中。私の一言にダイニングは一瞬、音を失った。
「えっ? な、何? 私、何か変なことを言った?」
アルバンがスプーンを一度置く。
「お嬢様。移動扉をご存知なんですか?」
「もちろん。コチラとアチラを繋ぐ不思議な扉でしょう?」
この世界ではテオから初めて聞いたけど、この世界の人より、私の方が詳しいと思うよ。なんと言っても原型の扉を知っているからね。
「この話は食事が終わってから、じっくりいたしましょう」
ここで強引にアルバンがいったん話を切った。
えっ? 軽い話題のつもりだったのに……。じっくり話すようなことなの?
その後、食事を続けたけど、みんなの雰囲気は微妙だし、初めてフーゴのご飯の味が分からなかった。
食後、みんなと一緒のリビングーーではなく、アルバンと二人きりで応接室にいた。
とてもくつろぐ雰囲気ではない。
私は余所の家の子みたいに身体を固くしながら、ソファーに座っていた。
「お嬢様。先程の話をしましょうか」
「う、うん」
「お嬢様は移動扉を欲しいとお考えですか?」
「もっちろん! 誰もが欲しがる夢のアイテムでしょう!」
アルバンは一瞬黙る。
なんで? 違うの? この世界でも世界からお金が足りなくなるほど、売れに売れたんでしょう?
欲しい人がたくさんいるから売れたんでしょう?
だから、私はここにいるんでしょう?
「便利で貴重な物は、争いの種になります」
人から奪ってでも欲しいって人がいる。争えば争うほど移動扉は破壊され、現存数はどんどん減って、更に貴重な物になった。
「ケンゴ・シシドが製作した移動扉は1000個以上と言われていますが、現存数は500程度と言われています」
「ケンゴ・シシドですってぇ!?」
思わず叫んでしまった。
だって、先代の転移者の名前なんて初めて聞いたよ。思えば、その人がヤラカしたせいで私がここにいる訳なのに、なんで今まで名前すら知らなかったんだろう。
ケンゴ・シシドさんは五年でこの世界から消えたはず。一年365日だから、1000個ってすごいな。どれだけガツガツ扉を作っていたかよく分かる。扉を作るなんて、家具職人だったのかな。
「お嬢様は……ケンゴ・シシドを知っているのですか?」
「知ってるような、知らないような……ってとこかな。宍戸さんと同郷の出身って接点はあるね」
私がそう言うと、アルバンは器用に片眉を上げる。
アルバンの表情を見ると、何かいらないことを言ってしまったみたい……。
「お嬢様。ケンゴ・シシドの素性は全て謎なんです。もちろん出身地も。同郷だなんて、決して口外してはいけませんよ。お嬢様とケンゴ・シシドに繋がりがあると思われたら危険です」
「ん? 別に血縁者じゃないよ?」
それでもです、とアルバンは強い口調で言う。
おお……そんなに危険ってことね。
まぁ、不思議な扉を作る人と血縁を疑われたら……私も作れるんじゃないかと思われる。そして悪い奴に拐われる。作れないとバレたら用済みとして殺される。
そんなパターンが見えるよ……。異世界怖いぞぉ。
「絶対、何も言わない!! そんな人知らないし、親戚にも宍戸さんなんて人いないから!!」
アルバンは頷くけど、目が笑っていないよ!
これは信じてないな。宍戸さんの血縁だと思われてるよ……。血縁ではないけど、宍戸さんの財産を所持してるのは私で……これってある意味……いやいや、考えるのはやめよう。
アルバンは深い深いため息をついた。
アルバンが私の前で、こんなにも感情を全面に出すのは珍しい。私が死にかけた時以来だ。
「それじゃあ、移動扉は危険だから諦めた方がいいってことだね」
がっかりだけど、命には変えられないもの。
「いいえ。リスクを考えても、移動扉は便利な物です。きちんと知ることが大事です」
「まぁ、反論はないです」
避けられるリスクがあるなら避けたいし、おかしな運が発動してまた死にかけたら嫌だ。
そう何度も死にかけたりしたら、不死鳥とかゾンビとか、痛いあだ名をつけられそうだし。クルトあたりに。
「アルバン先生、ご教授よろしくお願いします」
自分で調べるより、知っている人に聞く方が手っ取り早い。決して調べるのが面倒だとかじゃないよ。いや、ちょっとあるけど。
「では、お茶でも用意させましょう」
ああ、時間がかかるってことだね。
「甘い物もお願い」
頭を使うには甘い物だ。
アルバンがメイドを呼ぼうと扉を開けた瞬間。
開いた扉からドカドカと人がなだれ込んで来た。
「きゃぁぁ!!」
「ええっ!?」
一番下敷きになっていたヴェロニカとルーナと目が合うと、二人とも揃って、ひきつった笑いを浮かべる。その上にマリンとカリン、ルッツも転がっている。
「……何やってるの」
まぁ、気持ちは分かるよ。たぶん、私もそっち側だったら同じ事をしただろうしね。
パウル、クルト、ベルタ、ペトロネラとかみたいに、シレッとしていたら全く気付かないのに。
普通、こういうバレた時って、蜘蛛の子を散らしたように逃げるってパターンだと思うけど、みんなは、さも当然という風に応接室に入って来る。
ルッツだけは逃げようとしていたけど、ヴェロニカに首根っこを捕まれていた。
「マイカ! ケンゴ・シシドと関係があるの!?」
「ヴ、ヴェロニカ……」
しっかり聞いてたんだね。でも訂正しないと。私の平穏な生活の為にも。
「違うよ! 宍戸さんとは一切関係ありません。宍戸なのか、猪戸なのかも知らないくらいの赤の他人だよ」
「シシドかシシドって……何を言ってるのか分からないけど、つまり、ケンゴ・シシドと繋がりがあるってことを知られたくないってことでしょ?」
ん? 何か違うけど、繋がりはある訳で……。
「マイカの危険は知っておかないと。私達護衛は守るのが仕事だよ!」
護衛達が並んでピシッと背筋を伸ばすと、左手で胸を二回叩く。
その動作に、どんな意味があるのか分からないけど、動きが揃っていて怖いな。みんなで練習していたらどうしよう。
ベルタが一歩前に出た。
「お嬢様。私達メイドは身の回りのお世話をすることが仕事です。知らないことで粗相があってはいけません」
ベルタがスッと優雅にお辞儀をする。それに続いて、いつの間にかベルタの後ろに並んだメイド一同が、同じくお辞儀をした。
おおっ! 統率取れてるな!
「つまり、みんなも移動扉に興味津々ってことだね。
いいよ。ベルタ、人数分のお茶の準備をお願い」
「かしこまりました」
ベルタの指示で半分のメイドがキッチンに向かう。ヨハンもお茶請けを用意してくれるらしい。
「……パウルの爺さん」
護衛達とメイド達をじっと見ていたクルトが、パウルに向かってポツリと呟いた。
「俺達もさ、庭師のポーズを考えた方がいいかな?」
パウルより先に、私の方が頭を押さえた。
クルトとパウルの庭師コンビのポーズ……ちょっと見てみたい気がするけどねぇ……。
ルッツもソワソワしながら。
「俺達も何か……」
「いやいやいや!!」
ルッツの言葉をフーゴが慌てて遮った。
そんなフーゴを、ローラは真剣な顔で見る。
「フーゴさん、かっこよく決めたら、ヴェロニカさんが喜ぶかも知れませんよ」
「ええっ!」
真っ赤になったフーゴは、本当に? とか、でも……とか一人でブツブツ言っている。
これは料理人ポーズが出来る日も近いな。




