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ここは天国か

 鍋に切った野菜を入れてコトコト煮込む。

 ハーブと塩でシンプルに味付け、その中に大ぶりにカットしたトマトをたっぷり鍋に投入。

 もう少し火を通したらスープの完成…というところで火を止めた。


 川魚はハーブと塩を揉みこんで、そのまま塩焼きにする。

 煙と一緒に美味しそうな匂いがして思わず唾を飲み込んだ。

 焼き上がると皿の上に布を被せて戸棚に入れた。


「夕食の仕込み終了!

 さぁマイカさん。外行きますよ」


 完成間近の夕食を残して、フィーネさんはどこに行くのだろう。確かにまだ夕食には早いと思っていたけれど。

 空はうっすら茜色になっている。今から外出なんて、足りない食材でもあったのだろうか。


「お父さん。マイカさんと一緒に行って来るね」


 フィーネさんは村長に一声かけ、籠バッグを持つと外に出た。

 目的は分からないが、私も着いて行く。

 外に出ると他の家からも、同じように籠バッグを持った村人たちがいた。進む方向は同じ。


 どこに行くのか一応聞いてみたけれど、フィーネさんはにっこり笑って「内緒」とだけ答えた。


 どうやら目的地が同じ村人は、全員女性のようだ。


 村を抜けて森へと入って行く。

 川が側にあるようで、さやさやと水の音がする。

 フィーネさんと並んで歩けるくらいの小道になっていて、そこを村の女たちはワイワイと楽しげに話しをしながら進んで行った。


 私とフィーネさんは一番後ろ。


 小道に沿った木に、ぼんやり光るランプのような物が括られている。

 先頭を見ると、長い棒を持った女性がランプを棒で突っついていた。すると消えていたランプが光りだした。

 突くと光る仕組みらしい。


「森の中でも灯りがあれば安心ですね」


「そうですね。でもランプ当番に当たると面倒なんですよ。あの棒、なかなか重くて。来月は私が当番だから憂鬱です」


 フィーネさんは肩を竦めた。






「マイカさん。着きましたよ」


 フィーネさんの言葉に、足元にあった視線をあげる。

 集まったのは私も入れて13人。小さな子供も3人いた。

 集まった村人達の後ろから、モワモワと白い湯気が見える。


「これって、温泉?」


「正解です!

 夕食前に女性が入って、夕食後は男性の番。ちゃんと見張りもいるから、安心して入って下さいね。森の動物も温泉が苦手らしくて、近づかないから大丈夫ですから」


 温泉独特の硫黄の匂いは全くしない。

 けれど手を入れて見ると、紛れもなく温泉だった。

 湯船になっている場所は隣り合わせに2つ。

 二メートル四方の湯船と、それより少し大きめの湯船だ。


「少し先に源泉があるんです。源泉が熱くて入れなくて、川の水を引き入れ易いこの場所に温泉を作ったんです。

 小さい方の湯船は、畑や狩猟で汚れた人が身体を洗う場所です。私たちはこっち」


 フィーネさんも他の村人も、みんな躊躇いもなく服を脱いだ。

 私も脱いでみんなに続いた。

 籠バッグからガーゼの布を取り出して、空になったバッグに着ていた服を入れた。バッグの上から布を掛けておく。

 バート村の決まりのようで、みんな同ようにしていた。



 お湯は濃い乳白色。


 匂いは無臭。


 濃白なので、肩まで浸かると首から下が全く見えない。

 肌を滑るお湯は若干とろりとしていて、肌をコーティングしてくれているようだ。

 フィーネさんが頭まで潜って、すぐにザバァと湯から頭を出した。


「マイカさんも潜って。髪まで艶が出るんですよ」


 他の村人も同じ事をしている。みんなでザバァをやっている様子は少し不気味だ。

 私も挑戦してみると、髪も顔も化粧水を塗ったように、本当に艶々になった気がする。


 そう言えばフィーネさんも村長も、やたらと肌がツルツルだった。秘密はこの温泉か。


 素晴らしい。


 天国だ。


 バート村、万歳!



 それまで遠巻きにしていた村人達が近づいて来て、いろいろと質問責めにされた。けれど、天国気分を味わっていた私は、とても友好的に受け答え出来たと思う。


 3歳の双子の女の子が、バシャバシャお湯をかき混ぜて遊んでいた。


 私は、ゆっくり静かにお湯に浸かりたいタイプだけど、腹は立たない。


 温泉天国は負の感情も溶かすのかな。


 温泉天国、最強だな。


 温泉って素晴らしいね。





 全身艶々の姿で村長の家に戻ると、村長がスープの鍋をかき混ぜていた。


「お帰り。マイカさん、バート村の温泉はどうだったかな?」


「素晴らしいです! 今まで入ったどの温泉よりも素晴らしいお湯でした!」


「それは良かった。この村唯一の自慢なんだよ」


 本当に素晴らしいよ。セレブ時代にいろいろな高級旅館の温泉に行ったけど、バート村の温泉が一番の泉質だよ。

 二人ともニコニコしているから、私の褒め称えたい気持ちは伝わっていると思う。




 フィーネさんの手料理はとても美味しかった。


 思えば、異世界初ご飯だ。


 スープは野菜の旨味がよく出ているし、煮崩れたトマトが爽やか。パンを浸して食べてもいい。

 川魚はハーブで臭みもなく身もホロホロ。

 シンプルなのにどれも美味しい!


 そう言えば、地球では国によってパンの塩味が違った。異世界の初パンは日本より若干塩強めかな。あっさり野菜スープと相性がいい。


 夕食を終えると、フィーネさんの部屋に案内してもらった。

 シンプルな部屋だけど、ラグやベッドカバー、ソファカバーまで、パッチワークで作られていて可愛い。


「可愛い! もしかしてフィーネさんが作ったもの?」


 縫目も綺麗だし、色あいもセンスがいい。

 これぞ女子力だ。


「余った端切れを繋ぎ合わせただけですよ。裁縫は得意ですから。

 明日の行商で、綺麗な端切れが売られているんです。本当は布が欲しいんですけど、お金じゃないと買えなくて」


 端切れなら物々交換で大丈夫らしい。

 けれど、お金としか交換出来ない物もあるようだ。

 欲しい物が物々交換出来ないなら、バート村に貨幣を根付かせる余地はあるかもしれない。


 私はポケットから巾着を取り出した。

 何の可愛げもないシンプルな巾着だ。


「こんな感じの巾着を、端切れで作ってもらえませんか? 出来ればベッドカバーみたいに色鮮やかで可愛いのがいいです。

 それを私が貨幣で買い取ります。貨幣は持っていて困りませんよ? 布だっていつか買えるようになります」


 どうですか? と聞くと、フィーネさんは少し迷って、そして頷いた。


「巾着でいいのなら、作りたいです」


「良かったぁ。

 もう一つ巾着が欲しかったんです。フィーネさんのセンスなら間違いなく可愛いのが出来ます!」


 そのためには明日の行商で、何としてでも大金貨を崩さなくては。


「私も物々交換の限界を感じていたんです。村の中ならあまり不自由しないんですけど、行商だと……」


 行商は個人的な買い取りはしていないらしい。

 毛皮や木工細工は街まで売りに行くけれど、徒歩だと効率が悪くて、纏まったお金にはならないそうだ。


「荷馬車があればいいですよね。沢山荷物を積んで売りに行けますから」


「10年くらい前はあったんですよ。

 今より貨幣も使っていたんです。でも馬が亡くなってから、新しい馬も買えなくて。

 隣の村が馬の畜産をしているんですが、とても高価で」


 なるほど。

 こちらが売りに行かなくても、向こうから売ってくれと言わせる特産品があれば……楽チンなんだけれど。

 私の貧相な発想では商品開発は無理だ。


(温泉を売りに出来たら、一番簡単だと思うんだけど……)


 今まで何もしていないということは、何か理由があるのだろうか。



 話が重くなって来たので、依頼した巾着のデザインの話題に切り替えよう。


 フィーネさんは色鮮やかな端切れをたくさん持っていて、見ていて楽しい。

 あれこれ組み合わせてみたけれど、最終的に「デザインは私に全て任せて下さい!」と言われてしまった。


 ……私のセンス、駄目なのか。





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