護衛達の秘密の会議
カサンドラは正統派のミドルソード。
ロルフは斧。
護衛には勿体ないくらいの武器は、ミスリル製とアダマント製。
護衛といえども奴隷という立場は変わらない。まさかこんな上質な武器を与えて貰えるとは思わなかった。
しかも街中警護用にメイスと短剣まで。
カサンドラはミスリル製の剣先をじっと見つめていた。
この屋敷の主人はまだ少女のような容姿の女性だ。
貴族ではないと言っていたし、両親の姿もない。それなのに、ミスリル製の剣をパンでも買うかのように、ポンと購入してしまう財力。
主人は何者だろうか。
「カ~~サンドラッ! 何たそがれてんのっ」
「ヴェロニカさん!」
先輩護衛であるヴェロニカの登場に、カサンドラは慌てて姿勢を正した。
上下関係厳しい騎士だったこともあって、つい身体が動いてしまう。
ヴェロニカは恐らく騎士出身だ。素性を聞いたことはないけれど、身体の動かし方で分かる。そして、砕けた口調で話していても、どこか漂う気品。
(元騎士で、名家の出身というところだろうか)
出身国は違っても、自分と同じような境遇ではないかと、カサンドラは推測していた。
探るような視線を感じながらも、ヴェロニカはカラカラと軽快に笑う。
「カサンドラってば堅苦しいって。マイカも、この屋敷の人達も誰も気にしないよ? もっと肩の力を抜きな」
「ですが、私は奴隷です」
「こらこら。そんなこと言ったらマイカは拗ねるよ」
もう騎士ではないんだから……と、吐息のように呟いた声は、すぐに風に拐われて消える。
「えっ?」
ヴェロニカが言ったのか、カサンドラの心が言ったのか、定かではない。それほど小さな声だった。
「ほら、行くよ。向こうで『護衛による、護衛の為の、護衛会議』をやるんだ。もうみんな集まってるよ」
「え……」
今朝、朝食の後にそんな話を聞いたけれど、本気だったのか。会議と言いつつ、あまりに軽い口調で言っていたので、冗談だと思っていた。
「ほらほら。今日はヨハンから焼き菓子を勝ち取って来たからね」
勝ち取る……その表現に嘘がないことを、カサンドラは何となく感じ取った。
今朝からヨハンはバート村視察用のお土産用に、日持ちのする焼き菓子を鬼のように焼いている。キッチンからは絶えず甘い匂いが立ち込め、屋敷の甘党達が絶えずつまみ食いを狙っていた。
まずはマイカが、匂いに耐えきれずにキッチンに入った。
「ヨハン、すごいね、天才だよ! 美味しそだね~~。あ、コレ初めて見るお菓子だわ」
「それはブリットルですよ、お嬢さん。キャラメルにナッツを閉じ込めた、キャンディです」
「へぇ。美味しいの? どんな味? ねぇねぇ、ヨハン~~」
こうしてマイカはブリットルをゲットした。
次はパウル。
「これはまたカラフルで可愛らしい。面白いお菓子があるもんだね」
「それはマカロンですよ、パウルさん」
「ほぉ、いろいろな色があるなぁ。味はどれも違うんだろう? どれが年寄りの口に合うかな」
パウルは5色のマカロンと、いつの間にかナッツのチョコレートをゲットして、メイド達とキャッキャッ言いながら戻って行った。
そんな中でヴェロニカは……。
「いいねぇ。美味しそうだねぇ。よし、全種類、味見させて!」
「いやいや、これは明日のバート村用だからな。焼いても焼いても、減っていく……」
「ヨハンってば、私は護衛だよ? 賄賂次第で、あなたのお菓子を守ってあげましょう」
「ぜぜぜぜひっ! お願いしますっ!!」
悪魔の囁きに、返事を返したのは、ヨハンではない。
後ろで焼き菓子の生地作りを手伝っていたフーゴが、真っ赤な顔で声を出したのだ。
「ほら、フーゴもこう言ってるし。このままだと、焼き終わる頃にはお菓子、半分になっちゃうよぉ?」
「ぬぬぬっ……分かった」
キッチンの入り口にチラチラ見える人影に、ヨハンは笑いながらも、大きなため息をついた。
そうしてゲットした賄賂の焼き菓子達は、ヴィム、エドガー、ロルフ、カサンドラ、ヴェロニカの目の前にある。
ヨハンの作るスイーツは、味はもちろん、見た目にもこだわった物が多い。一見地味な焼き菓子も、ヨハンの手にかかれば、キラキラに輝く。茶一色のブリットルも、アーモンドの香ばしい風味豊かなフィナンシェも、サクッとホロッと甘じょっぱい特厚のバターパレットも、見た目はみんな茶色いのに、上品で艶やかだ。
マカロンはピンク、黄色、緑、紫、茶色の五色。
定番のクッキーだって、白と茶色の市松模様や、渦巻き模様。薄い生地をクルクル巻いたシガレットクッキー。真ん中にジャムが入った物。波打つ形が面白い絞りだしクッキー。丸い形に粉砂糖をまぶした雪玉のようなスノーボール。
こんなに種類があったら、どれから手をつけていいか分からない。
「はい。皆さん、注目! これから、ロルフとカサンドラの歓迎会をはじめます。あとついでに会議ね」
「会議はついでか」
ヴィムがため息をつくと、ヴェロニカは笑いながらヴィムの口に細いシガレットクッキーを詰め込む。
「ついでだよ。マイカがよく言うじゃん、人生楽しめってさ。
マイカはちょっと油断しすぎだけどね。この間なんか街中でスリにあったことに気付いてなくてさ、すかさずスリの手を掴んで、捻りあげて取り返したんだけど……うずくまるスリに具合が悪いんですか? って心配してやってたよ」
ヴィムとエドガーは揃って頷く。
二人とも同じような経験があるらしい。
「帽子で顔を隠した男に、ちょっと来てくれと言われて、ホイホイついて行こうとした事もある」
「後をつける奴もいるな」
次々に出てくるけれど、一番の問題はマイカがそれらすべてに、気付いていないということだ。
聞いていたロルフが首を捻る。
「それは……わざと主人に気付かれないように処理しているのかい?」
優男と呼ぶのにピッタリな、上品な顔立ちをしたロルフには、無骨な斧より黄色のマカロンがよく似合う。
ピンクのマカロンに手を伸ばしたヴィムが頷いた。
「マイカには何も心配させたくないんだ。
前に一度、金目当てで襲ってきた奴を取り押さえたら、顔見知りの奴だった。マイカはショックだったらしくて、しばらく不信感の塊みたいになってたんだ」
「あら、マイカは最初から、誰に対しても一線引いてる感じだったわよ。私達は奴隷だから、いくらか信用してくれてるみたいにだけど」
「遠い異国に若い女一人で家族はいない。かなり高度な計算も出来るし、あらゆる言語を読むことも出来る。財産は有り余るほどある。そして、常識に疎い。……どこかの国の名のあるご令嬢だったのかもしれない」
なるほどと、カサンドラは思う。
主人に対してみんなこれ程に過保護なのは、名のある令嬢が一人、異国で生活する背景を見ているからか。
この屋敷の使用人は、傷ついた令嬢(仮)を守りたいんだ。
「主人は愛されているんだな」
ヴェロニカとヴィムとエドガーが穏やかに笑った。
「奴隷になった時点で、心もズタズタ。人生終わったなぁって思ったからね。マイカに買われて幸運だったよ。むしろ、マイカのおかげで、人生の始まりだって思ってる」
奴隷になる背景は様々だ。自分が原因なことも、誰かの悪意に嵌められることもある。
(恐らく……ヴェロニカさんも私と同じ、後者だ)
どこの国でも、実力のある女騎士は目をつけられやすい。腕力しか脳がないバカな男からは特に。
しかし、今のヴェロニカからは恨み辛みは感じない。
確かに奴隷として買われて、こんなに穏やかに笑えるなんて、なかなかないだろう。
(私も、そんな風に……人生の始まりだと思えるようになりたい)
同じような境遇であろう元女騎士を、眩しそうに見つめた。
「ロルフ~~カサンドラ~~! いる~~?」
この声は主人の声だ。
「はいっ、お呼びですか!」
慌てて立ち上がると、すぐに主人は現れた。良かった。護衛として、休んでいる姿は見せられない。
「あれ? それ、ヨハンのお菓子じゃん!! そんなにたくさん! ぬぬぬっ、上手く勝ち取ったね、ヴェロニカ」
「でしょ。あ、マカロン紫、食べる?」
「食べるっ!!」
後ろでまだ、座ったままお菓子を食べているヴェロニカ達に、カサンドラは内心ハラハラしていたけど、主人は全く気にしていないようだ。
主人は紫のマカロンをモゴモゴ食べ終えると、美味しいと喜んでいる。こうしていると、普通の少女のように見える。
「今から金平糖に鍋いっぱいのシチューを取りに行くよ」
フーゴとローラがお菓子作りに協力しているから、今日の昼食は金平糖からテイクアウトだ。事前に大鍋を金平糖に渡してある。
「カサンドラとロルフは私と一緒に金平糖に行くよ。ついでに美味しそうな物、どんどん買い込もう!」
ヴィムが分かりやすく眉をしかめた。どうやら一緒に行きたいらしい。
「マイカ、俺も……」
「ヴィムはユーリと一緒にアデルハイトとカラメルの馬具を買いに行ってね。あと、特上のブラシを選んで来て」
バート村のアンヤとブランにプレゼントしたい。
「じゃあ私が……」
「ヴェロニカは厨房の警護をお願い。そろそろガーリックラスクが出来る頃なんだ。ガーリックの香りに誘われてヤバいことになってるから。特にパウルを何とかしてね」
「あ~~、強敵だわ」
甘い物の次はしょっぱい物が食べたくなるから。パウルに対抗出来るのは、ヴェロニカ以外いない。
「じゃあ俺が……」
「エドガーは、ルッツとメリンとマリッカに読み書き教えてやって。三人のご指名だよ」
「分かった」
時間が空くと勉強の時間を作っているけれど、エドガーは勉強を教えるのが上手い。子供組から授業が分かりやすいと人気が高い。
「……ってことで、カサンドラとロルフは私と一緒に行こう!」
こうして連れ出されたカサンドラとロルフは、シチューの大鍋。綱引きでも出来そうな量のソーセージ。サンタクロース並みの大袋に入った大量のパン。大瓶にたっぷり入ったピクルス。ロルフの優男ぶりにヤられた果物屋のおば様からもらった、大玉スイカ。これらすべてを抱えながら、こっそりスリを撃退するという、高度な技を身に付けた。




