なぜ私ですか
(このお役目、私には難しいかもなぁ)
最初から弱気で申し訳ないけれど。
お金をガンガン使う…。
簡単なようで、私にとっては難題なんだよ。
長年の貧乏暮らしで、価値観も財布の紐もカッチカチのギッチギチ。
豪遊しろなんて言われても、せいぜい毎食ステーキを食べたり……?
他にお金を使うイメージといったら、ホストクラブくらいか。行ったことはないけれど。
宝石類には興味ないし。
あ、鰻は食べたい。
………。
うん。貧乏の底辺で生活していた私は、豪遊のイメージが貧相すぎる。
とはいえ、最初から貧乏だった訳ではない。
私が小学生の時は、比較的裕福な生活だった。
父親の事業は面白いほど順調で、私も社長令嬢と言われる立場だったのだ。
自宅は高級マンション。
二つ年下の弟と共に有名私立小学校に通い、家には毎日家政婦さんが来てくれるような生活。
母親は毎日フランス製の高級化粧水を浴びるように使い、毎週エステに通ってお肌はツルツル。
お友達の社長婦人達とホテルでスイーツとお茶を楽しんでいた。
私も弟も、高級ブランドの靴で小学校に通うような子供だったのだ。
今の価値観と違いすぎて、当時の事を思い返すと、かなり恥ずかしい。
絵にかいたようなセレブ生活だった。
小学5年生まではね。
5年生に進級してすぐ、父親の会社がみるみる勢いを失っていったのだ。
会社は倒産。気がつくと借金まみれ。
そこから貧乏生活が始まった…。
築55年の風呂なしボロアパートに引っ越した。六畳一間に家族4人の生活。
小学校も転校。
仲の良かったセレブ友達は、私が貧乏になったことを知ると、冷たい目で見るようになった。「もう友達じゃない」と面と向かって言われた。
貧乏になった元セレブに、現セレブはシビアだった。少なくとも私の当時のお友達は。
今まで築いてきた人間関係が一瞬で崩壊したのだ。さすがに少し泣いた。
父も母も必死に働いた。それこそ早朝から深夜まで。
私も少しでも家計を支えたくて、新聞配達を頑張った。
近所の銭湯で弟と一緒に清掃の手伝いをさせてもらって、お駄賃としてお風呂に入らせてもらったりもした。有り難かったな。
主食は大抵パン耳。
近所のパン屋でビニール袋にぱんぱんに入って100円! 素晴らしい!
スーパーでキャベツの外葉をもらって来て、98円の特売カレールーでキャベツカレーを作るのは、私の役目だ。
キャベツの外葉を貰うのは少し恥ずかしくて、ウサギの餌用だって店員に説明したっけ。
そのキャベツカレーを食べながら、裕福な生活に戻りたいと泣く母を、弟と一緒に必死に慰めるのも、毎日の日課になった。
2年がたった頃。
突然、両親が家に帰って来なくなった。
一週間…。二週間…。
事情を察したクラス担任が動いて、私と弟は施設で生活することになった。
父と母の行方は結局分からなかったらしい。
正直少しホッとした。両親の心が壊れていくところを、これ以上見なくてもよくなったから。
施設を出て一人で暮らすようになっても、染み付いた貧乏生活はあまり変わらなかった。
カレーの具が特売の玉葱と半額ひき肉になったくらいだ。
服だってワンコインセールの古着で十分だ。
歩道橋の階段から落ちるまで、そんな生活だったのだ。
今さら大金を貰っても使い方が分からない。
だいたい地球にはもっと、お金を上手く使える人がいたでしょうに。
「……何で、私なんですか?」
なぜ私の魂が神様に拾われたのか分からない。お金を使う適任者は、もっとたくさんいると思う。
神様は少し首を傾げて、艶やかな茶色の髪を指に巻き付けている。
女に嫌われるあざとい仕草だけれど、美人がやると何でも絵になるな。
「適任者、なかなかいなかったのよ?
あなたの魂を見つけた時、ビビビッと来たのよねぇ。
お金の大切さを知っている事。
大金を手にしても悪用しない事。
簡単なようで難しいわ。
人間はすぐ調子に乗るから。悪い方に進みたがるのよ。
あなたの境遇は全部知ってるけど、あなたが適任だと私は判断したわ。
お金も急いで使う必要はないの。楽しんで生活してくれたらいいわ 」
ね? と可愛らしく言う。
楽しめるのかな。今のところ不安しかない。
前任者と同じように、欲に飲まれるかもしれない。
「約束通り、あなたの弟君に『強運の加護』を授けましょう。同じようにあなたにも『強運の加護』を。
心配ないわ。運は人間が元々持っている力だもの。
あの人のようにはならない」
神様の指が私の額に触れた。
じんわりと暖かい何かが、額から足元まで下りていった気がする。
「じゃあ頑張って。行ってらっしゃい!」
神様が手を振った瞬間。
私の身体は光りに包みこまれた。
ようやく始まります。