地蔵
あるところに地蔵があった。歩道に隣接する林の中にある小道には、枯れた笹や萎びれた土が敷かれて、小道の両端には木々とその間を道たらしめんとする笹が生い茂っていた。風が吹くと視野全体は大きくなびき、シューと風が切られたような音がする。夜の侘しさと同様に、じっと笹の茂みに隠れて通行人を見つめる静寂は、太陽光に屈することなくこの道に寂しさを与える。全き一本道で、そこを進んで数分するとお地蔵さまがぽつんと居て、さらに5分進むと階段にでる。この階段は小道に入らないでそのまま歩道を歩けば3分ほどで着く場所にあり、畢竟小道は遠回りなのである。しかし、不思議と整備されているようで道は何十年も変わることなく続いていた。
足音が聞こえる。これは男の足音だ。ローファーが土を踏むとぐしゃりと音がする。年月は時となり人となりを現す。地蔵の前まで行くとおとこは手荷物鞄を地面に置き、汚れることなど気にしない様子で正座をし掌を合わせて、両親指を顎に着けて唇の人差し指の付け根に着けた。掌の間から大きく息を吸うと、ぽつぽつと話し始めた。
「不安でたまらないのです。現在起業がうまくいき、昨今の不況の中でも業績が悪化するどころか、順調に伸びていっている次第です。優しい妻が居て、かわいい双子も生まれて、事業もこのまま順調にいく気配。幸せを噛みしめては流れる汁を嘗め尽くすように生きています。そんな日々に汗が止まりません。自惚れかもしれませんが、この幸せが一生続くような確信があり、幸せの蜜をすするときなにか慚愧に堪えない気持ちに襲われるのです。ボールを高く頬り投げて最高長に達した時、一瞬時間が止まったような気がする、私の幸福もそれと一緒で天井までいくと一瞬止まり、手に戻ってくる頃には私は汗顔して青白くなります。楽天的には生きられない。将来も甘い川に流れているであろう自分を想像すると、今すぐすべてを投げ出したくなります。すべてを投げ出して、悔恨にまみれて生きたほうが己に沿った生き方なんじゃないかとも思います。一生一瞬を恨んで生きるような人への憧憬が日に日に強くなり、世間に耳をそばだてる私がこんなことを甘々に考える私を慢罵し蔑視してそのたびにこの懊悩は凄愴を増して肥大化しています。こんなこと人にも相談できません。どうしたらよいのでしょうか?」
男の述懐が終わると一層濃い静寂が覆った。立ち上がると足と鞄に着いた泥を荒々しく叩き落とすと「口に出さないとやってられない。」と独り言をして歩き去っていった。
足跡はぐしゃり、ぐしゃりとグロテスクに音を立てて離れていった。
もしかしたら長編にするかも




