第六話 エイタ君のお兄さん
公園で出会った少年にエイタ君という友人がいる。
そのエイタ君から聞いた彼のお兄さんの話である。
ある時。
エイタ君のお兄さんは今の会社を辞めて転職をすることにした。
と言うのは同僚のいじめに耐えられなかったからだ。
職業安定所へ行き求人票を眺めている。
その職業安定所の職員から「仕事を選ばなければ仕事なんてすぐ見つかりますよー。」と無表情で言われるが、「こっちにも仕事を選ぶ権利はある。」と耳をふさいだ。
しかし良い求人票は見つかるが、なかなか採用までたどり着けない。
自暴自棄になってきた。
「すみません。何か良い求人はありませんか。」
結局その無表情である職業安定所の職員の前に、エイタ君のお兄さんはいた。
「えぇ、あなたらここなんてどうでしょうか?」とその無表情の職員から、ある建設会社の求人票を見せられた。「現場監督!急募!」と書いてある。その無表情の職員が言うには最近欠員が出たらしい。
未経験でも大丈夫ということなので、エイタ君のお兄さんは応募することにした。
履歴書を提出し最終面接を受け、あっと言う間に採用されてしまった。
初出勤の日のこと。
始業時間の1時間前には勤務地である自社ビルに着いた。このビルの中は1階が受付や営業、2階が設計と監督そして3階が総務というフロアになっている。
気合を入れて入口のドアに向かった。
(ん?)
不意にドアの隅に目が行った。左右に塩が盛られた小皿が置いてある。何となく嫌な感じがした。
そして中へ入ると、目の前に受付のカウンターがある。その背後でせっせと働く社員の姿が見えた。しかし誰も自分に気が付いてくれない。
「おはようございます!」
エイタ君のお兄さんは勇気を振り絞って声を出した。
すると、そのフロアにいた社員皆がエイタ君のお兄さんをギロリと見た。
「はい?何ですか?」
40代くらいの男性社員が機嫌悪そうにやって来る。
「おはようございます。今日から働くことになった木村ですが。」
「木村?」とそんな話は聞いていないという嫌な顔をされた。
「ちょっと待ってて。」とその男性社員は自分の机に戻り、社内電話をいじっている。
「あー、君!総務の採用さ、内線何番だっけ?!」
「312ですよー。」とエイタ君のお兄さんと年齢があまり変わらなそうな社員が、パソコンに顔を向て言った。
その男性社員は総務の採用担当に内線を掛けている。
「はい。はい。え。え。そうですか。わかりました。」
ガシャッ!、と受話器を置いた。
「木村君。君は工事だから、右の扉から出て階段上って2階へ行ってくれる?」とその男性社員から言われ、
「はい、わかりました。」
エイタ君のお兄さんは頭を下げ、ガチャッとドアノブを回し右の扉から出た。そこは社用車の駐車スペースになっていて、左側に錆びた階段が上の階までつながっている。シャッターのような戸はなく、1階の受付を通らずに上の階へ行くことができる。(あの不愛想な男性社員とはあまり会いたくない。明日は1階の受付を通らないで2階まで行ってしまおう)と思った。
コン、コン、コン、と階段を上る。
ガチャッとドアノブを回し2階のフロアへ入った。
(うっ・・・煙草くせぇ・・・)
タバコの臭いがプンプンする。室内も少し曇っている感じだ。
「お、木村君だね!よろしく!」と部長らしき男性社員から声をかけられた。
「はい!木村です!よろしくお願いします!!」
「おーい、皆こっち向いてくれ。今日から一緒に働くことになった木村君だ!」
ザッ、とそこにいる社員皆が、エイタ君のお兄さんの方を向いた。
まずその部長からエイタ君のお兄さんについて紹介され、エイタ君のお兄さんも一言挨拶をした。その部長からは感じなかったが、その他の社員からはどこかニヤニヤしていて嫌な感じがした。
「君の席はここね。」
その部長がエイタ君のお兄さんを席まで案内した。その席は隅の方で、部長の席と真逆になってしまい、何だか心細い感じがした。
「分からないことがあったら周りの先輩に聞いてね。」と、その部長は人差し指でクルッと周りを差した。そして「ういーす。」と幾人か社員が返事をした。
エイタ君のお兄さんの机の上には上下作業着が置いてあり、隣の席の先輩社員に「この作業着を持って付いて来て。」と言われた。エイタ君のお兄さんがそれら作業着を持って付いて行くと、棚の後ろを案内された。どうやら棚の後ろのスペースが、作業着を着替える場所らしい。
「着替えたらすぐ戻ってきて。」ときつめにその先輩社員が言う。
サ、サと着替えて自分の席に戻ると、厚めの書類が5冊ほどドンッと机の上に置いてあった。
「これは・・・・?」と先ほどの先輩社員に尋ねると、「今日はね、これら書類の字のチェックをしてもらおうかな。間違いを見つけたら俺に言ってね。あ、この書類さ、国に提出するもんだからちゃんとやってね。」と、あっさり説明された。
(こんな量、1日で終わるかよ!)と心の中で思ったが、集中してセッセとやっていった。
(何だこれ。すげぇ適当だなぁ・・・)
字の間違いがとにかく多い。間違いの箇所に印を付けて、その先輩社員に書類を突き付けた。
「このあたり、気になるのですが。」
「どれどれ、見せてごらん。」
その先輩社員はエイタ君のお兄さんが付けたその印を見て、「ちっ。わかったわかった。」と、ビッと不機嫌そうに書類を取り上げた。
学校のチャイムのような音が鳴った。勤務終了の合図である。が、案の定この書類のチェックは勤務時間内に終わらなかった。部長はさっさと退社してしまい、他の社員も帰る支度をしている。(これ、残業してまでやれってことなんかい)とその先輩社員をチラリと見ると、帰る支度をしている。
そして「あ、この書類の件だけど今日中に終わらせてね。」と、その先輩社員は他の社員と一緒に帰ってしまった。この島(現場監督)は、エイタ君のお兄さん1人だけになった。
20時ごろ。
「私、これで帰るので。鍵お願いします。」
設計で最後まで残っていた女性社員が話かけてきた。
「分かりました。鍵預かります。」とエイタ君のお兄さんはその女性社員から鍵を受け取った。また、最後にフロアを施錠した者は、朝1番に出勤して解錠しなくてはならないことも、その女性社員から聞いた。(最悪じゃん!)と思った。
22時ごろ。
この2階フロアにはエイタ君のお兄さんしかいない。
トゥルルルー、、、トゥルルルー、、、トゥルルルー、、、
電話が鳴った。外線のようだ。
(こんな時間に?)といろいろ考えたりしたが、やはり外線からなので電話に出ない訳にはいかない。ガチャッ、と受話器を取り耳に当てた。
「はい。××建設会社です。」
「・・・・」
何も返事がない。(あぁ、こりゃイタ電だな)とエイタ君のお兄さんは思った。
「もしもし」
「・・・・」
「もしもし。私の声聞こえてますでしょうか?」
「・・・・」
エイタ君のお兄さんは少しイラッとした。(こんな時間にこの野郎)と思った。
「もしもし。あの、返事が何もないようなので切らせていただきます。」と、エイタ君のお兄さんが言ったときだった。
「殺す・・・・・・・・・・・・・」
「え?はい??」
「殺す・・・・・・・・・・・・・殺す・・・・・・・・・・・・・殺す・・・・・・・・・・・・・」
受話器からはっきり「殺す」と聞こえる。そしてその受話器の背後からはお経のような声も聞こえていた。ゾクッとエイタ君のお兄さんは鳥肌が立った。
「殺す・・・・・・・・・・・・・殺す・・・・・・・・・・・・・殺す・・・・・・・・・・・・・」
同じ間隔で繰り返す。
「うわぁぁぁぁぁぁ!」
エイタ君のお兄さんは電話を切った。気持ちが悪い。怖くて1人で会社にいられない。急いで帰る支度をした。
次の日のこと。
昨日のこともあり出社したい気分ではなかったが、初出勤の次の日から休む訳にはいかない。またエイタ君のお兄さんは2階フロアの鍵を持っている。(しょうがない)と出勤した。
会社に着いた。
(よかった。まだ誰もいない)
もし先輩達が中へ入れずドアの前で待っていたら、何を言われるか分からない。エイタ君のお兄さんはホッとした。
始業時間まで大分時間がある。(そうだ。定期券申請の書類を総務に提出しちゃおう)と、その申請書類を持ち、コン、コン、コン、と錆びた階段を上って3階へ行った。
誰かいるようだ。ガチャッとドアノブを回し中へ入ると、1人の女性社員がいた。
「はい、何でしょう。」
その女性社員がエイタ君のお兄さんの方へやって来る。
「おはようございます。定期券の申請書類を提出に来たのですが。」
「分かりました。受け取りますね。」
その女性社員が申請書類を受け取り、エイタ君のお兄さんが自分のフロアへ戻ろうとしたときだった。
「あなたが今回採用された方ですよね。」
「はい・・・」
(何だろう)とエイタ君のお兄さんは思った。
「実は、こういうことってあまり話してはいけないことなんだけど・・・・あなたが採用される前の前任者についてね。こういう話、聞きたくないなら別に断ってかまわないわよ。どうする?」とその女性社員が言う。
「教えていただけますか。」
昨日の気味の悪い体験と何か関係があるかもしれない。
「実はね・・・・ここ、幽霊が出るの。私も最初は信じていなかったんだけど、大変な事態が起きてね。・・・・やっぱりここ幽霊が出るんだって思ったの・・・・」
詳しい話はこうみたいだ。
この女性社員はここに入社して20年が経つ。入社当時この建設会社は小さな会社で社員数も少なかった。もちろん幽霊話なんてなかった。
そして今から5年前ぐらいのとき、経営が安定してきたため、社員数を増やしこの場所に移転した。だからこのビルに移転してから、まだそんなに経っていないそうだ。
移転の荷物整理が終わりやっと落ち着いてきたころ。
幽霊が出るという噂が広まった。
現場監督を担当していた男性社員(Aさん)が幽霊の声を聞いたと言う。
「あれは絶対幽霊だ・・・・・。絶対幽霊だ・・・・・。」とAさんはガタガタ震えている。
夜残業で残っていると外線が鳴る。その外線に出ると「殺す」と言うのだ。
(あ、俺と一緒だ)とエイタ君のお兄さんは思った。
それから数日が経ち、この2階フロアで怖ろしい出来事が次々と起こった。
例えば設計担当の社員のコップが、落としてもいないのに急に真っ二つに割れた。また別の日には現場担当である男性社員の悲鳴が聞こえ、「階段で誰かに押された-!!」と言うのである。
先ほどの「殺す」という言葉を聞いたAさんに、また同じ電話があった。しかし今回の電話はなんと、Aさんの自宅に掛かってきたのだ!
こんな電話がAさんの自宅にまで掛かってきたのだから、「この会社は呪われているー!」とその電話を聞いた3日後には退職してしまった。
ふとエイタ君のお兄さんは1つ疑問に思い、その総務の女性社員に聞いてみた。
「この気味の悪い出来事って、他のフロアでも起きているんですか。」
「ううん。それが、この幽霊、あなたのいる2階でいつも出るのよ。」と言った。
そしてAさんの後釜が、エイタ君のお兄さんの前任者(Bさん)である。
Bさんも現場監督を担当することになったのだが、恐らくBさんも噂の幽霊電話に出たのだろう。Bさんは「殺すとか変な電話が掛かってきましてね。怒鳴りつけて切ってやりましたよ。」と笑いながら周りに話していた。そのことについて「これは幽霊電話ですよ!」と親切に教えてあげた社員もいたが、Bさんは特に気にはしなかった。
しかしBさんは平気でも、設計や現場監督の担当社員から「幽霊を何とかしてくれ。」と相談があり、部長も考え始めた。
それから1週間が経った日のこと。
その部長の知り合いに霊的なことに精通している人がいるらしく、部長はその人を会社に呼んだ。
そのいわゆる霊能力者は
「むむむ。います。強い霊がいます。」と目をつぶり手を合わせている。そしてBさんに指を差してこう言った。
「あなた!そう、そこのあなた!この社内に渦巻く霊に取り付かれている。今すぐにでもこの会社から離れなさい!」
Bさんは突然のことで、きょとんとしている。
そして「っていうことは、この会社を辞めた方が良いということでしょうか?」とBさんは聞いた。
「そうだ。あなたのためにも会社を辞めなさい。もしこの会社に居続けた場合、1ヵ月後に何かが起きるぞ。」とその霊能力者は強く言った。
そのように霊能力者に言われたが、霊的なものを全く信じないBさんは、会社を辞めようとはしなかった。
それから1ヵ月が経った日のこと。
「キャーーーーーーー!!!」
現場で悲鳴が上がった。
Bさんがビル6階程度の高さから、足を踏み外しコンクリートの上に落下した。救急搬送されたが打ち所が悪く亡くなった。
Bさんは適切に安全帯を付けていたが、その後の調査でその安全帯がなぜかスパッと切れていた。
「まぁそんなことがあって、幽霊の仕業だってことが社内で広まった訳なのよ。」とその総務の女性社員は言う。
「まぁ、一応伝えておいた方がいいと思ってね。」
「あ・・・ありがとうございます・・・・」
「それにしても、労災の書類を作るのがほんと大変だったのよー。もう労働基準監督署の人も会社に来ちゃってさ。大変だったんだから。」
フーッとため息をつき、その総務の女性社員は自分の席に戻っていった。
コン、コン、コン、と錆びた階段を降りながら「俺、このままこの会社に居続けたら死ぬのかな・・・」と不安になった。
数日が経った夜。
リーーーン、、、リーーーン、、、とエイタ君のお兄さんのスマホが鳴った。非通知みたいだ。
(誰だろう)と電話に出た。
「はい」
「・・・・」
「もしもし」
「・・・・」
「誰ですか!いたずらなら切りますよ!」とエイタ君のお兄さんが言ったときだった。
「殺す・・・・・・・・・・・・・殺す・・・・・・・・・・・・・殺す・・・・・・・・・・・・・」
「う、、うわぁぁぁぁ!!!!」
電話をすぐさま切った。
(あの幽霊だ。とうとう俺のスマホに掛けてきた・・・・自分も幽霊に殺されるかもしれない・・・・)と冷たい汗が流れた。
その次の日のこと。
エイタ君のお兄さんは部長に正直に言った。
残業で残っていたとき例の幽霊電話に出てしまったこと。その幽霊が自分のスマホにまで掛けてきたこと。
そして「お祓いをしてください!」とその部長に強くお願いした。
そのエイタ君のお兄さんの真剣な顔を見て、「わかった。1週間後にお祓いを受けよう。」と部長は言った。
その1週間後になった。
霊能力者がやって来た。
準備が整いお祓いが始まった。お経を読みつつ、手で何か文字を描いているようだ。
1時間が経ったとき。
霊能力者から「お祓いは終わりましたが、ここの霊はとても強力です。前回同様完璧には祓うことはできませんでした。そして特にそこのあなた!!」とエイタ君のお兄さんを指で差した。
「あなた、、、、残念ですがここの霊に取りつかれています。急いでこの会社を立ち去りなさい。さもなければ、殺されますよ!」
「え・・・・」
エイタ君のお兄さんは突然このようなことを言われ、頭の中が白くなった。
「1ヵ月・・・・そう1ヵ月ね。1ヵ月以内に立ち去りなさい。そもなければあなたは死ぬ!!」
その霊能力者は強く言った。
お祓いが終わった後、部長からは「そう言われても気にはするな。まぁどうするかは自分で決めなさい。」と言われ、また隣の先輩社員からは「辞めた方がいいんじゃねぇの?」とエイタ君のお兄さんの肩をポンポンと叩いた。
それから1週間後、エイタ君のお兄さんはそこの会社を退職した。
理由は、、、死にたくなかったからだ。
エイタ君のお兄さんはまた転職活動を再開した。
その日は面接があり、帰宅途中コンビニによった。ここのコンビニは良く知っている。前職の最寄り駅の近くにあるコンビニで、よく利用していた。(懐かしいなぁ)と思った。
パンを買おうと、パンコーナーに行こうとしたときだった。
(うわ!)
エイタ君のお兄さんはそのコーナーを避けた。
そこに前職の隣にいた先輩社員と1人の女性が一緒に立っている。
エイタ君のお兄さんは(あれ?)と思った。
その女性をどこかで見たことがある。
(あ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!)
エイタ君のお兄さんは思い出した。
その女性は、お祓いをした霊能力者だった。
その先輩社員と霊能力者は楽しそうに何か話している。
「それにしても今回もうまくいったよな。お前のおかげだぜ。」
「ほんと、いつまで私に霊能力者なんて役やらせるのよ。」
「設計、監督皆で幽霊ドッキリ。全員で仕掛けるドッキリだぜ!ほんとおもしれぇよな!」と、ケラケラ2人で笑っていた。
この会話を聞いて、エイタ君のお兄さんは愕然とした。
帰宅して、エイタ君のお兄さんは、大きな声で泣いた。
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「ひどい話だね。」と俺は言った。
その少年はテーブルに残っていたお冷をゴクリ、と飲み干し
「あのBさんって、誰に殺されちゃったのかな。」とニヤッと笑った。