第九話 ソラ君
「ちょ、ちょっとさ、手首の傷からキノコが生える話なんて聞いたことがないよ。嘘でしょ?」と、俺は嫌みっぽくその少年に聞いた。
「ほら、これ見てよ」と、その少年はボロボロになった新聞の切れ端を渡す。
「え、これは・・・」
その少年から受け取った新聞の切れ端には、「恐怖!キノコ事件!」と大きく見出しが載っている。
「嘘じゃないから」
少年は少しご立腹の様だ。
「でもさ、シュン君って死んじゃった訳じゃん。どうやって知ったの? この新聞だって、警察が死体を発見したことと、変死した看護師のことしか書かれていないじゃん」
俺はしつこく問い詰めた。
少しの沈黙の後、「知らないよ。僕の想像だもん」とその少年は素っ気なく言う。
「え? 想像・・・」
俺は唖然とした。
「そう。想像・・・・・・・・・。ただ・・・・・シュン君の話、ワクワクしたでしょ?」
その少年は俺にほほえみける。
そして「人間って、噂話に腹をすかした動物のように飛びつく・・・。噂話なんて、本当か嘘か分からないのにね・・・。もしかしたらその噂話は、全部想像の作り話かもしれない。でも人間って簡単に信じちゃうんだよね・・・。ねぇ、おじさん。今までいろんな話をしてきたけど、全部僕の作り話だったらどうする?」と、ジッと俺の目を見て言った。
「そ、それは・・・」
その少年は俺の目をまだジッと見ている。何て冷たい目なんだ。思わずゾクッと身震いがした。
「おじさん、今日はあと2つ話して帰るね・・・・」
その少年は話を元に戻した。
「おう・・・」
俺は公園でその少年に出会ってから、まだ1週間も経っていない。しかしその少年の言葉は、何とも言えない重みを感じさせた。
「次の話はね・・・」
その少年が話した内容はこんな内容だった。
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「ただいまー」
クルッ、とソラ君はドアノブを回し部屋に入った。
(そうだよね。お母さんはまだ帰って来ていないよね・・・)
スクールバックを置き、冷蔵庫の中にある牛乳を1杯ゴクリと飲む。
ソラ君の母親は朝から晩まで働いている。父親とはソラ君が生まれた後すぐに離婚してしまい、母親1人でソラ君の世話をしていた。そんな事情をソラ君も少なからず理解はしていた。
「ぐ・・・ぐえぇ・・・」と隣の部屋からうめき声がする。
「はぁ・・・また始まったよ」
ソラ君は人に自慢ができるようなアパートに住んでいない。2階建てで各階に3部屋ずつあり、ソラ君は203号室に住んでいた。隣の壁が薄くてよく声や物音が聞こえてくる。
隣の202号室がうるさい。
実際ソラ君は202号室の人と、一度もまだ会ったことがない。
ただ、あの声からして男性だろう。
「うぅぅぅぅ・・・・」
ガシャン!と、ガラスのような物が落ちて割れる音がした。
(隣で何が起こっているんだろう・・・)と気味が悪かった。
そんなある日のこと。
「今日は遅くなるからね。冷蔵庫の中に、ご飯と生姜焼きが入っているから食べてね」と、ソラ君の携帯に母親から連絡が入っていた。
冷蔵庫から取り出して電子レンジで温めていると、
「ぐ・・・ぐえぇ・・・」と隣の部屋からまたうめき声がする。
ソラ君はふーっとため息をついて、テレビの音量を上げた。
夕飯を食べ終え、ソラ君が漫画本を読んでいたとき。
「うぅぅわぁぁぁん・・・・うぅぅわぁぁぁん・・・・」と、猫のような声が隣の部屋から聞こえてくる。
「猫でも飼い始めたのかな?」と思った。
「ただいまー」
21時ころ、ソラ君の母親が帰ってきた。
「ねぇ、隣の人、猫飼い始めたらしいよ。猫の声が聞こえた」
「ふーん。そうなんだ」
母親は上着を脱ぎながらソラ君の話を聞いている。
「ねぇ、お母さん。隣の人と会ったことある?」
「んー。私達が住み始めてからもう何回か、お隣さん住んでいる人変わってるからね。今度の人とは挨拶もまだできていないかも」と母親が言う。そして「ちょっと今週忙しくて、明日も帰るのがこの時間帯になっちゃうかも。ごめんね」と、ソラ君に申し訳なさそうに言った。
その次の日の夜。
夕飯も食べ終わり漫画本を読んでいた。
ガチャリ・・・・
隣の部屋からドアの開く音がした。
どうやら隣の人が外に出たらしい。
どんな人なのかソラ君は気になった。そーっとドアを確認できるぐらいまで開けた。
黒い長袖に、黒いズボン。体は大柄で、腹がかなり出っ張っている。また、ふらふら歩いているので健康的ではないようだ。
その次の日の夜。
ソラ君はテレビを見ていた。時刻は20時を過ぎたときだった。
ガチャリ・・・・
隣の部屋からドアの開く音がした。
(外に出るんだ)と、また隣の人が気になった。ソラ君はそーっとドアを確認できるぐらいまで開けた。
「あっ!倒れてる!」
その男はドアの前で苦しそうにうずくまっている。
「大丈夫ですか!」と、とっさにソラ君はその男に近づいた。
「ぐ・・・ぐえぇ・・・」と何かを吐いている。
「えっ・・・」
ソラ君は目の前で起きていることに、頭の中が真っ白になった。
その男は口から子猫を吐いていた。
ズリュッと吐き終わった子猫1匹が、地面でくねくねさせて「うぅぅわぁぁぁん・・・・うぅぅわぁぁぁん・・・・」と鳴いている。子猫の体には赤い液体がべっとりくっ付いている。
「う・・・・うっ!・・・・うっっ!!!」とその男が声を出し、口からもう1匹子猫の頭が見え始めた。
ゴホッ、ゴホッ、と咳と同時に、ズリュッとその子猫が地面に落ちた。その子猫も赤い液体をべっとりくっ付けていて、「うぅぅわぁぁぁん・・・・うぅぅわぁぁぁん・・・・」と鳴いている。
その男は背後でソラ君が立っていることに気が付いたようだ。後ろを振り向き「君は?」と聞く。
「203号室に住んでいる木下です」
「そうか・・・」とその男は顔を下げ、「猫が私の口から出てきて驚いているんだろう?」と言った。
「うん・・・」と答えるソラ君に、「これはね、呪いなんだよ」とその男は言う。
「私は小さいころ、たくさんの猫を殺してきた。だから、その猫を殺した分こうして猫を蘇らせているんだよ」と、その男は説明した。
そして「まだまだ足りない。私は死ぬまで吐き続けるんだよ」と、目に涙を浮かべながらソラ君に言った。
その男は「うっ・・・・うっ・・・・」と体を震わせ泣いている。
すると、
「そうだ、君にあげよう」とその男は吐いた1匹の子猫を手ですくい、ソラ君に手渡そうとした。地面からすくったとき、ズリュッと音が鳴り赤い糸を引いた。
「うん・・・・」
ソラ君はこの現象をよく理解できなかった。だた、目の前に差し出された手の中には、紛れもなく1匹の子猫がいる。ソラ君は両手を差し出した。その子猫は「うぅぅわぁぁぁん・・・・うぅぅわぁぁぁん・・・・」と鳴いている。生暖かった。
その夜、母親が帰ってきた。
「あれ? なんだか生臭いね」と、母親がキョロキョロしている。
「これ、隣の人からもらった」
ソラ君は母親に子猫を見せた。
「えぇ!もらったの!? あぁ、この子猫からすごい臭いがするわね。洗面器にお湯を入れて洗った方がいいわよ」と、母親は鼻を押さえている。
そして「明日、お隣さんにお礼を言いに行かなくちゃね」とソラ君に言った。
ソラ君は言われた通りに洗面器にぬるま湯を入れて、子猫を手で洗ってあげた。洗面器のお湯は赤い液体で染まった。
翌日の土曜日の昼ごろ。
ソラ君と母親はお礼のため、隣の部屋に挨拶をしに行った。
ブーーーーッと隣の部屋のインターホンを鳴らした。しかし誰も出てこない。
また時間をおいて鳴らしてみたが、結局誰も出てこなかった。
その次の日も、もう一度訪ねてみたが誰も出てこない。不思議なことにソラ君がよく聞いていた隣のうめき声も、その子猫をもらってから境になくなった。
さすがに母親は心配して、管理人に隣の人について尋ねてみた。
「お隣の方って最近どうなさっていますか。どうしてもお礼を言いたくて」と聞くと、「あぁ、お隣さんね。既に部屋を引き払っちゃってるよ。朝早くから「ありがとうございました」なんて言うもんだからびっくりしちゃったよ」と、管理人はへらへら笑っている。
どうやらソラ君に子猫を渡した次の日の朝に、退去したらしい。
その子猫は今ではサササッと駆け回るぐらい元気に成長した。
ただ、生臭い臭いは洗っても洗っても取れない。




