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灼熱の部室

 夏の暑さもピークを越え、ほんの少しづつではあるが涼しくなって来ている。

 しかし教室に備えられているエアコンは学校の温度規定により停止、むしろ暑いといった状況にある。

 そのため終礼後に残る生徒も一気に少なくなり、放課後の教室はいつもより静かになっている。

 授業中手遊びしていたらどっかに転がってしまった消しゴムをようやく見つけ、俺も教室を後にする。


 廊下の窓は全て開放されている。そよ風が俺を撫でるがスズメの涙、暑いことには変わりない。


 辿り着いたのはもちろん図書室。パソコンを置いている為か、ここは教室より温度規定が緩いので未だエアコンが動いている。

 やけに人が多いのはそのせいだろう。

 冷たい風を浴びながら図書室を横断、部室へと向かう。

「よーっす」

 気のない惰性挨拶をしながら扉を開くとモワッとした空気が固まりとなって襲いかかってきた。思わず扉を閉める。

「なんだこれ」

「どうしたのですか?」

 いつの間にか後ろに立っていたのは森当くん、俺はそっと場所を譲り開けるようにジェスチャーする。

「なんだか怖いんですけど……暑!?」

 森当くんも俺と同じような反応を示した。どうやら俺が怪奇現象でおかしくなった訳ではないらしい。

 二人でエアコンの風が来る場所に移動、身体を冷やす。

「なんですか、あれ」

「知らん」

「エアコンが御陀仏です」

 口ぶりからして先に来ていたらしい下里がいつの間にか隣にいた。「なむなむ」と手を擦り合わせている。

 そんなことより

「エアコン、死んだのか」

「はい、うんともすんとも」

「絶望じゃねぇか」

「はい、絶望です」

「とりあえず此処で涼んで落ちつきましょう」

 三人で風に当たっていると図書室の扉が開き、珍しい利用者が入ってきた。


 手の施しようが無い天然パーマの髪を鳥の巣の如く蓄え、細い顎には剃った形跡はあるが無精髭が残っている。

 口にはいつもガムか飴を、使い込みすぎてヨレヨレの白衣のポケットには謎の機械を。いつも背中を丸め、あらゆる動作から面倒くさいという気持ちが滲み出ている。

 図書室の少し先、学校の端の端にある化学実験室を私物化し根城としている放蕩教師。

 本人は「酒も女もやらん」と主張するが、そうだとしても放蕩教師の名が似合う男。

 科学の緑野教師である。ゴリマッチョの赤井といい、この学校の科学教師は変なのばっかりだ。


「珍しいですね」

「ホント、なんでだろ」

 帰る時以外放課後は根城に篭っている緑野が此処に来るなんておかしい。隣の二人もそう感じているらしい。

 緑野はゴワシゴワシと頭を掻きながら図書室を横断する。最後の方まで行き、左を見る。

 その先には我らが部室の扉。緑野はそのドアノブに手をかけ、開く。

「ぬわっ!?」

 暖気の砲丸を受け声を上げる。数人の生徒が緑野の方を見た後、揃いも揃って不思議そうな顔をしている。

 急いで扉を閉めた緑野は大きなため息をついて頭を掻く。

 これって……

「俺たちの誰かに用事か?」

「そのようですね」

「そういう事なら!」

 下里が小さな歩幅で緑野の死角からゆっくりと近づいていく。

 手が届きそうな所まで辿り着くと後は一直線。

「みどセンセ飴ちょーだい!」

 返事どころか言い終わる前に下里は白衣のポケットに手を入れ、いちご味の飴をゲットしていた。

「下里てめっ、こんなとこにまで出没すんのかお前は」

「何を言いますか。先生の科学実験室と同じ、ここがわたしの根城ですよ」

 下里が指した方向、図書司書室ならぬ我らが部室を見て緑野の眉間に皺がよる。

「お前が図書部?」

「そうです、部長です」

「部長だと?」

 緑野は皺を一層濃くしてズボンのポケットから雑に折り畳まれた紙を取り出す。それを広げ、下里に向ける。

「じゃあコレもお前の事じゃあないだろうな」

 森当くんと共に近づき、それを覗き込む。緑野が持っているのは怪奇探偵のチラシであった。

「そ、それは……」

 裏から生徒会長に話を通してるとはいえ学校には無断で撒いているチラシだ。他の先生であれば咎めに来たのかと思うが緑野はそういうタイプではない。ならば……

「ご相談ですか」

 緑野は俺の方を見て少し固まった後、待てというジェスチャーをする。

「……見た事はある。オレの授業を受けてるな」

「はい、二年生です」

「確かケン……健……健太郎」

「健斗です」

「そうか健斗か」

 緑野は数回俺の名前を呟いた後

「じゃあ今日からあだ名が健太郎な」と覚えるのを放棄した。

 その後森当くんの方を見て再度固まる。

「お前は……一年か、じゃあ知らん」と言ってのけた。

 森当くんは気を悪くした様子もなく「森当仁英です」と自己紹介。

 緑野は俺たち二人を眺める。

「下里は違うとしてどっちが探偵だ?」

「いえ、僕たちは探偵ではありません。もう一人……ちょうど来たようです」

「部室にも入らず何をしてるんだい?」

 図書室に入り俺たちを視認したひとねはさっきの緑野に負けないくらいの皺を作り出した。

 森当くんがひとねを手のひらで指し「此方が藤宮探偵です」と紹介したのを聞いてひとねは大まかな状況を理解したらしい。森当くんがひとねを探偵と呼ぶという事は探偵案件だという証明だ。

 ひとねはいつもより多い図書室の人を嫌そうに見て「とりあえず部室で話そう」とドアノブに手をかけた。

「あ、ひとねちゃん」

 下里の静止は少しばかり遅く、ひとねも熱風の餌食になってしまった。


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