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万人の評価・前編

「なんだ、今日は寄らないのか」

 図書室の手前。鉢合わせたひとねは俺が扉より少し進んでいる事に気づき、そんな言葉をかけてきた。

 俺は両手に抱えている数十冊のノートを揺らしてひとねの視界に入れる。

「これを提出しにいくんだよ」

「ノートを?」

 数秒の間を置いて「科学のノートか」と納得する。

 この先に職員室はない。しかし科学実験室があり、とある教師がそこを根城かつ私物化しているというのは有名な話だ。

 推理でもない簡単な推測、ひとねのソレはもう少しばかり続く。

「本来君の作業では無いが目的地は図書室の少し先、故に引き受けたといったところかな?」

「ああ、その通りだ」

 ひとねは少し頬を緩め、わざとらしく溜息をつく。次に来る言葉は決まっている。

「全く君は、お人好しだね」

「そうでも無いぞ」

 返した時にはもう図書室の中に消えており、振っていたであろう指の先だけが辛うじて視認出来た。最後の言葉は届いただろうか。

「ま、いっか」


 再度科学実験室へと進みながら思考する。

 そうでも無いと、お人好しを少し否定したあの言葉は真実である。

 かえす刀でも謙遜でも無く、ましてや自分の行動がソレだと気づいてないわけでもない。真実として俺はお人好しでは無いのだ。

 お人好しを演じている……と言うと少しばかりニュアンスが違う。お人好しを演じようとしているならばそれだけでお人好しと言えよう。

 しかし俺は、土戸健斗はそうでは無い。結果的にお人好しに見えているだけ、仮初とか仮面では無く幻影だ。

 では俺はどういう人か。

 俺は下里ほど善行に喜びを感じない。

 かと言って困っている人を放って置けないような性格でもない。

 だというのにわざわざ自分から動いて人を助ける。

 それは人からの評価を気にしての事なのだ。簡潔に言えば八方美人。

 何故そういう人物になったのかとかは分からない。しかし俺という人間は……


『万人に嫌われたくない』のである。


 *


「そろそろだぞ」

 咥えていた饅頭をひと齧りしたひとねが部室の時計を見て呟く。カスが服にこぼれているじゃねぇか。

 ともあれ言いたい事は分かる。

 我が図書部に課せられた数少ない責務である。

 下校時刻に合わせて始まるそれは、図書室の見回りと戸締りである。

 本来は図書部顧問の仕事であるが、放任主義と言う名のめんどくさがりな我らが顧問はこの仕事を俺たちに任せている。

 反対するのは簡単だが図書部を探偵事務所化している事もあり、顧問の放任主義を受け続けたい俺たちはソレを快く受け入れている。

 テスト期間などで部活が無いとかどうしようもない時は顧問に任せているが……それも稀である。

 特別な事情がない限りこの仕事は俺たち三人のローテーションで行われており、今日は前述のとおり俺の番である。


 カバンを背負って部室を出て、人のいなくなった図書室を回る。分かりやすく乱雑になった本は軽く整理し、ついでに落とし物がないか下を見る。

 大抵は数分で終わる作業なのだが……

「お、これは」

 視界に入ったのは一冊の手帳。生徒手帳より少し大きく、されど社会人が使う大きめのものでもない。

 表紙にはワンポイントすら柄がなく、どこか無機質さえ感じさせる。

 止め紐は手帳を掴んでいなかったらしく、拾う時に手帳がパラパラと捲れる。

 中から手帳と同じサイズくらいに折り畳まれた長方形の紙がヒラヒラと舞い落ちる。

「……これは」

 その紙を見て俺は止まる。別に変なものではない。例えばひとねであればこの落とし物を専用ボックスにいれて終わりだろう。下里は……俺と同じような行動をするかもしれないが。

 ともかく俺が拾ってしまったのならばコレがそのまま終わる事はない。

 最終的にはボックス行きかもしれないが……善処はしよう。


「せんぱーい! 忘れ物ですよー!」

 部室を閉める直前で気づいたのだろう。下里が俺の体操服袋を持って駆けてくる。

「ありがと」

「重かったですー。なんです? それ」

「体操服じゃなくて柔道着だよ」

「うえ、二年になったら柔道とかあるんです?」

「男子だけな、女子は創作ダンスだったかな」

「ダンスなら得意ですよ、シャルウィーダンス?」

「踊らねえよ」

「ですよね」と差し出した手を引っ込めた下里は「いえ、そうではなく」と俺の持つ手帳を指す。

「わたしが聞いたのはそれです。なんで先輩がそんなの持ってるんですか?」

「手帳を持ってるのがそんなにおかしいか?」

「だって先輩は全て記憶してるはずじゃないですか」

 なるほど。納得できる推論だ。

「お前も推理癖がついてきたな」

「お前もって事は自覚あったんですね。先輩に言われたくないです」

 まあ、それは棚に上げて。

「落とし物だよ、そこで拾った」

「それで遅かったんですね、では鍵開けるんで落とし物ボックスに……」

「いや、それが……」

 俺が手帳から取り出した紙と手帳のとあるページを数秒見つめて、下里は取り出していた鍵をポケットにしまう。

「先輩、それは今日中に届けてあげるべきです!」


 *


「で? 二人していい人してるのはどういう理由だい?」

 ひとねと合流するや否や「落とし主をさがすよ!」と叫んだ下里に困惑しながらひとねが俺に振る。

「コレだよ」

 俺は例の紙を出す。

「USJのチケットだね」

「ウニバーサルぅ!」

 ウニバーサル・スタジオ・ジャパン、略してUSJ。大型テーマパークである。

 手帳から出てきたのはその入場チケットだ。

「高価なものだから預かるのが面倒という話かい? 探す方が面倒だろう」

「いや、もう一つ」

 とあるページを見せる。カレンダー部分の明日、土曜日の欄には『USJ』の文字がある。

 ひとねはため息をついて思考を外に出す。

「明日ソレが無くては持ち主が困る。故に今日中に探し出したいわけだ」

「そういう事!」

「ならば職員室に預けとけばいい、取りに来るだろう」

「それは無理だよ、ひとねちゃん」

 今年からの事だが、下里は知っていたか。

「下校時刻後の見回り以降は機械警備になるから学校は無人になるんだ」

「そうか……」

 少しの間考えていたひとねだが、俺たちを止めるより考えた方が早いと決断したらしい。

「仕方ない、考えるとしよう」


 *


「考えるにしてもどうします? 対象が全校生徒とか多過ぎますよ」

「そんなに多くはないだろう?」

 ひとねは手帳の今日の場所を指す。

『本返却 No.13』

「この予定があって図書室に来ている。図書館の可能性もあるが薄いと見ていいだろう」

「それがどうしたんだよ」

「図書部員の風上にも置けないね、下里さんはわかっているようだけれど」

「うん! 貸し出し記録だよね」

「ああ……」

 そう、基本的に無人運用であるこの図書室は貸し出し等の管理をパソコンに任せてある。

 本に付いているバーコードを読み取り、自身の名前を入力するという方式だ。

 それらの情報は管理のため図書部員ならば閲覧できるようになっている。

「じゃ、見てみますねー」

「ふざけて変な名前にしているのは無視して構わない。それが絡むと推理にならない」

「りょーかーい、コピーして学年順に並べます」

 パソコンのメモ帳が開かれ、対象者の名前がペーストされる。手際良いな。


『1年A組 秋葉 栄子

  1年B組 加藤田 蜂久

  1年B組 幸津 四郎

 

  2年B組 旭新 帝人

  2年C組 儀徳 飯地

  2年C組 桜ヶ丘 えぶり


  3年A組 立石 持井吉

  3年A組 永吉 英知

  3年C組 原古賀 愛』

「ふむ、ようぎ……落とし主候補はこの中と仮定しようか」

 容疑者って言おうとしたぞ、こいつ。

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