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探偵達の夏合宿

 冷たい水で喉を潤し、空になったペットボトルを潰してビニール袋に入れる。

 リュックのチャックを閉めたところで横から手が伸びてくる。

「閉める前に言ってくれ……」

 再度リュックを開き、ラベルのついていないペットボトルを取り出してひとねに渡す。

 隣で数回喉がなった後、返ってきたそれをまた入れる。

「全く、こんな夏場に歩くなんて聞いてないぞ。それならそれで準備があったのに」

 まるで登山でもしているかのような言い方だが、駅から十五分程歩いているだけである。

「ひとねちゃんだいじょーぶー?」

 反して下里は元気である。久々に外に出た子供か。


 俺たち図書部(一応)は夏合宿に来ている。図書部に合宿も何もないので所構わず言えばただの夏休み旅行である。

 向かう先は山奥の温泉宿。下里の親の知り合いの所だとかで俺たち学生にも手が届く値段に落ち着いている。

「ほら、見えてきましたよー!」

 少しばかり先にいる下里の声に顔を上げると気持ちの良い風が吹き抜けていく。

 日差しに照らされてかいた汗が冷たくなり、少しばかり寒い。

 先に見えるのはロープウェイ乗り場。宿はこの先にある。

「やっと座れる」

 あと数分歩いていれば根をあげていたであろうひとねが大きく息を吐いた後「おや?」と首を傾げる。

「どうした?」

「やけに混んでいるね」

「そうか?」

 見たところ待っているのは六人程。旅館と付属する施設専用のロープウェイだからそんなに本数はないだろう。

「あんなもんじゃないか?」

「いや、ここのロープウェイは結構な本数があると書いてあった。四人乗りだから最低でも二組待っているということになる」

「なるほど」

「まあ、並んでる人に聞けばわか……その必要もなさそうだね」

 先に行った下里がバタバタいう効果音が似合う走り方で駆けてくる。体力は凄いが運動神経はあまり良く無さそうだ。

「大変です! ロープウェイが止まってます!」

「機械トラブルか? 待つのは面倒だな」

「トラブルですけど待つ必要はないです」

「……迂回路でもあるのか?」

「いえいえ、今日はもう動かないというだけです」

「なるほどー」

「…………」

「…………」

「さて、どうしたものかね」


 *


「歩くのは……流石に無茶か」

「山の上ですからね、遭難してしまいます」

「とりあえず近くの旅館でも探すか?」

「もう調べ始めてるよ」

 とりあえず宿を確保しようと各自動いていると何故か違和感を覚える二人組が車から降りてくるのが見えた。

 違和感の正体を探るべく、二人を観察する。

 二人は女性と男性である。


 女性の方は薄いカーディガンにロングスカート、どちらも大人しめの色である。

 歳は成人して少しといったように見えるが、諸々の所作がなんだか丁寧であり、もう少し上かもしれない。

 例えるならば若女将といったところだろうか?

 しかしそこまでの違和感は覚えない。


 観察対象を男性の方に変える。

 上はアルスターコート、下はスーツだろう。キチンとした印象を受ける服装、それとは対照的に背は曲がり髪は所々ハネている。

 歩くのすら面倒くさそうに靴底を減らしながら歩いている。

「……ああ」

 違和感の正体が判明した。二人ともやけに厚着なのだ。夏に入った頃ならまだしも夏本番である今には相応しくない服装である。


 男と目が合う。何やら女性と話をした後、二人がこっちにくる。

「失礼、少年少女。ちょっと道を聞きたいんだけど」

「どーしました?」

「この旅館を探しているんだ。ここら辺ではある筈なんだけどね」

「あー、これは……」

 男が指したのは俺たちが泊まる予定だった旅館である。

「この山の上にあるんですけど……ロープウェイが故障したみたいです」

「ふむ、なるほど……この上か」

 男は山の方を見上げ、ため息をつく。

「堀ちゃん、行けるかい?」

「もちろんです」

 女性が少し自慢げに言って車に向かう。

 男は下里が持っているガイドブックを見て目を細める。

「君たちもこの旅館に行くところだったりするのかな?」

「あ、はい。そうですね」

「僕たちは車でその旅館に向かうんだけどね、乗っていくかい?」

「いいんですか!?」

「ああ、なんというのだったかな……そう、旅は道連れだ」

「ありがとうございます! えっと……」

 下里の疑問を察した男は何処かぎこちない笑みを浮かべる。

「僕は角野。運転席に乗ってるのはメイドの堀ちゃんだよ」


 *


「ひゃっほー! いけいけー!」

「…………」

 車内の五人、元気なのは下里だけであった。

 堀さんは真剣な顔でハンドルを握り、角野さんは「また車が傷つく」と何度もため息をついている。

 残りの俺とひとねは身を寄せ合って震えていた。

「わ、私は迂回路でもあるのかと思っていたのだけれど!」

「俺もだよこんちくしょう!」

 珍しく二人して大声を上げる。

 乗せて貰った車は獣道ですらない急斜面を凄まじいスピードで走っている。

「そろそろ右」

「了解です」

 堀さんがハンドルを勢いよく回すとひとねと下里の体重が俺にのし掛かってくる。

 軽くなったり重くなったり、目の前の木を避けながらの高速運転はジェットコースターより恐ろしい。

「あ、堀ちゃん前に岩」

「問題ありません」

 わかりやすいエンジン音と共に背もたれに押しつけられる。

「皆さん、頭を打たないように」


 フロントガラスから綺麗な空が見える。

 口から泡でも出そうな光景と感覚に見舞われる中、下里だけが「飛んだー!」と喜びの声をあげていた。


 *


「到着です……大丈夫ですか?」

「体はね……寿命が減った……」

 ともあれ無事(?)に旅館に到着した。未だ心臓は大きな音を立てているが……

「ありがとうございます」

「いやいや、君たちがいなければ迷子になっていたのは僕たちだ。あー疲れた、とりあえずこの堅苦しいの脱ぎたい」

 角野さんの発言で最初の疑問を思い出す。

「そういえば随分と厚着ですね」

「ああ、昨日まで海外にいたんだよ。間違えて着替えを自宅に送っちまって最悪だ」

「海外、仕事ですか?」

「ああ、今日は厄介で家から出なきゃいけないとっても面倒でしょうがない依頼を片付けたご褒美ってわけよ」

「その、仕事は何を……」

 堀さんの事をメイドと言っていたし社長だったりするのだろうか?

「ん? ああ、僕はね」

 一呼吸置いて、角野さんはよく聞く珍しい職業を口にした。

「角野 浪二、探偵さ」

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