待つならば頭を働かせるべし
「歩いてきた道となると……」
この空間に入った時、視界の中に会長はいなかった。後方に横を向いたひとね、その先に会長の背中といった形だ。
会長が座っていた方面には彼の鞄が置かれてある。ならば……
「戻る道は鞄の反対……じゃ、ないな」
「そーですよ、わたしが見ていたのはこっち、その反対がせいか……アレ? ダメですね」
この空間にほぼ同時に入った俺たちはそれぞれ違う方向を向いていた。見ていた反対が正解の道とはならない。
「消化器の番号も同じ……これ、どうやって見分けるんです?」
「各道に差異は無さそうだね」
下里と会長が色々と考察する中、俺はひとねに目を向ける。
「正解はどれなんだ?」
「何故私に聞く? まだ推理すら始めていないぞ」
「この空間の仕組みを知っていたって事は地下図書館の資料にあったんだろ?」
「ああ、そうだね」
「ならば帰る方法も書いていた筈だ。もしこの怪奇現象に行き合った人が帰ってこられていないのならこの空間は怪奇譚になりえない」
「へえ、君も推理の一端くらいは掴めるようになったようだね」
俺たちの会話を聞いていたのか、下里と会長の視線がひとねを捉えていた。
「正解の道を見つけるには、もう一人迷うのを待つのが簡単だ」
「五人目を?」
「この四つの廊下のうちの一つ、そして今私達がいるこの中央は怪奇現象でもなんでもない只の廊下だ」
「でもでも、ついさっきまで目の前はこんな十字路じゃなかったよ」
「その通り、怪奇現象の有効範囲とでも言うべきかな。範囲内に立ち入るまで人はハズレの廊下を観測できない」
「立ち入ったら向きが変わり、ハズレを観測できる、か」
「うーん? よくわかんないけど……なんで人が迷えば正解がわかるの?」
「ここに来る者は範囲内にいる私達が見えない。でも私達からは範囲外の人が見えると言うわけだよ」
ひとねの言葉を噛み砕いてゆっくりと味わった下里は「あっ!」と手を叩く。
「人が歩いてきた方向が正解って事だ!」
「その通り」
「ああ、じゃあ僕が君たちを見ていたら解決だったのか……申し訳ない」
「いえいえ、下校時間も過ぎましたしもうすぐ人が来ますよ」
「どーいう事ですか? 先輩」
「下校時間を過ぎても残っている生徒がいないか先生が戸締りを兼ねて見回りに来るんだ。数十分もすれば先生が此処もみにくる筈」
「なるほどです、ならここで談笑でもしていましょうか」
「いや、今日は通らない」
そう断言したのは会長である。
「見回りは当番制になっていてね、残念ながら今日の当番の先生は見回りをサボるんだ。以前忘れ物を取りに行っている間に校門を閉められて面倒な事になった」
「明日の朝までこのまま……ひとねちゃん、どうにかならない?」
一連の話を黙って聞いていたひとねは心底面倒くさそうにため息を吐く。
「しょうがない、少し推理してみよう」