他愛なき会話と過ぎた時間
「ここが怪奇探偵事務所となり、何件か相談が終わりました……なんか思ってたのと違うんだけど!」
一年の生徒……相談者が使ったコップを洗い終えた下里が手を拭きながら不満そうに俺たちの方を見てくる。
「なんの話だよ、好青年だろ」
「先輩じゃありません、ひとねちゃんです」
「最初の印象と違うのは当然だろう? 自己紹介で『怪奇探偵です』なんて言えやしない」
「そうでもなくて、その怪奇探偵の事!」
俺とひとねは顔を合わせて「なるほど」と心の中で声をだす。
「探偵の割に推理しない、といいたい訳だね?」
「そう! それ!」
ひとねと出会って少しした頃、俺も同じ感想を抱いた。
ひとねに来る依頼の殆どは適切な処置を行えば済む物、推理の必要はない。
地下図書館の知識を持って対応するのみだ。
「なんだか探偵っていうより……陰陽師?」
「言いたいことは分かるけどね、もっと良い言い方があるだろう? 怪奇現象に対する医者とでも言ってくれたまえ」
「まあ、それはいいのです」
自分から始めた話を放り投げて下里はかばんから一枚の髪を取り出してひとねの方に寄せる。
「そんな怪奇探偵さんにサインを頂きたく」
「サイン? ……ああ、そういうこと」
ひとねは胸ポケットから取り出したペンで何やらスラスラと書き、紙を俺のほうに寄せる。
「ワトスン君のサインも入れておくといい」
「ん? 俺もか?」
受け取った紙に目を通す。一番上に大きく書かれた題は『部員申請書』の文字。
そういえば春も終わりである。学校側はこの時期には仮入部が終わっていると推測し、この部員申請書の提出を求めてくる。
ここに書かれた人数を含めて今年度の部費が決められる為、部員争奪戦はここで休戦となる。
図書部としては早々にこの三人……それとまだ見ぬ幽霊部員一人が集まっている。入部届、部活申請書を提出したので終わった気になっていたが……そうか、コレがあったか。
「……ん?」
自身のクラスと名前を書きながら記憶を探る。何処かの新聞社から貰った花の写真が添えられたカレンダーを見る。
「下里、これの提出って昨日までじゃなかったか?」
「へ? 明日では?」
下里が小首を傾げると共に、下校時間のチャイムが鳴り響いた。