当たり付きチョコレート事件
「ヘローです、先輩」
「なんだそれ」
「Helloってパッと見たらヘローって読みそうじゃないです?」
「気持ちはわかるけど……」
図書司書室ならぬ我らが部室のいつもの席に座る。
本の整理などは週一回程度なので特に意味はないのだが、三人とも放課後に暇があればなんとなく此処に集まっていた。
俺のクラスの担任は終礼が長く、大抵は一番最後なのだが……
「ひとねはどうした?」
「課題をしてから来るらしいです」
「またか……」
ひとねはよく課題の提出が遅れて残らされている。課題自体はやっているらしいのだがいつも家に忘れてくる。登校ギリギリまで寝ているせいらしい。
ならば寝る前にやれって話だが、そんな言葉は耳に出来たタコが弾いてしまうようだ。
「ま、いいけど。一つ貰うな」
「どぞー」
俺は中央に置かれた皿からチョコレートを一つ取る。
この部室の机の中央には何かしらの甘味が置かれている。誰かが決めたわけではないのだが持ち寄っているのだ。
今日は下里が持ってきたチョコレート。そういえば昨日も同じ物だった。明日は俺が持ってくるとしよう。
銀色の包装を外すと中から台形のチョコレートが出てくる。上辺部分には丸やら三角やら何故か図形が刻印されているものである。
「……ん?」
「どうしました?」
「こんな形あったっけか」
俺が持っているチョコレートの刻印には『祝』の文字。様々な図形はあったが文字は初めてである。
「当たりですね、おめでとうございます」
「当たりなんてあるのか」
「何処にも当たりとは書いてないですけどね。でも当たりとして作ってると思いますよ」
「ほう、何か根拠が?」
「もちろんありますとも、このくだりちゃんの調査の賜物です!」
「調査?」
下里くだりという少女はよく無意味な事をしている。昨日は「このお茶パックを二個入れすれば相乗効果によりより多くのお茶が出るのです!」とか言った後に渋い顔をしていた。
「こちらをご覧ください」
下里が回したホワイトボードは文字通り真っ白。
「あぶりだしか?」
「いえいえ、時限式です」
そう言って下里は何やら書き出す。
「このチョコは一箱十二個、形は様々ですが一箱に一つだけ『祝』の文字があるのです!」
「…………」
「…………」
「終わり!?」
「終わりです」
「じゃあそのホワイトボードは」
「雰囲気ですね。因みに書いていたのは落書きです」
「おい」
「まあまあ、ストレスは甘味を食べてお直しを」
下里は包装をはずしたチョコを俺の方に差し出す。
「はい、あーん」
語尾についたのはハートじゃなくてクエスチョン。
「喧嘩か?」
「いえ、そうではなく。ほら」
差し出されたチョコの上辺の形……いや、文字は……
「祝、だな」
*
「これはおかしいですよ、先輩!」
「何が」
「さっきも言った通りこのチョコの『祝』の文字は一箱に一つなんです」
「下里調べで、な」
「疑ってますね? でもわたしはこのチョコを三カートンは食べているのですよ」
「一カートン何個だよ」
「この箱十二箱です」
「食い過ぎだろ」
ひとねもアレだが下里も大概だな。聞いてるだけで塩が欲しくなる。
「ま、そんだけ食ったなら間違いなさそうだな」
「ええ、なので祝が二つあるのはおかしいのです」
「家で他の箱のが混ざったんだろ?」
「それはありません」
下里は部室の端のゴミ箱からチョコレートの箱と裂かれたフィルムを取り出す。
「此処に来てから開けましたから」
「なるほど」
別に放っておいてもいい事だが、暇つぶしにはなりそうだ。
少し、考えてみよう。
「とりあえずこのチョコがこの皿に来た経緯を教えてくれ」
「りょーかいです!」
下里は箱とフィルムをゴミ箱に投げ、手を胸に当てる。
「ではお聴き願いましょう、チョコレートの歩みを!」
*
「さっきも言った通りこのチョコは未開封のまま家から持ってきました。この部室に入ってからフィルムを取り、箱を開けて皿に入れて混ぜました」
「混ぜた? またなんで」
「カートン十二箱、祝の文字がある場所に被りがないんです。家で数箱食べているので、わたしはある程度当たりじゃない場所に目星が付いてしまうのです。それは不公平でしょう?」
何か商品があるわけではないので不公平も何もないが……まあ、それはそれ。
「工場でのミスじゃないか?」
「先輩、最初に最終手段を使わないでください」
「そもそも本当に祝か?」
さっきはチラリとしか見えなかった。まだ知らない違う隠れ文字があるかもしれない。
「祝ですよ、ほら」
上だけを残して再度包装に包まれたチョコを受け取る。側面から潰され、若干ひん曲がっているが確かに祝である。
「呪だったら怪奇現象っぽかったんですけどね」
「これは怪奇現象じゃないだろ」
「ですよねぇ……と、いうかなんで溶けてるんですか? これ」
「……確かに柔らかいな」
他のを触ってみるが硬い。
「あ! 昨日持って帰ったやつじゃないですか?」
「持って帰ったのか?」
「はい、下校中に口が寂しいのは嫌なので」
「なるほど。で、昨日の下校中、口は寂しかったのか?」
「いえ、甘くて素敵でした」
「……食べてんじゃねぇか」
「あらら」
しかし答えは得た。
「やっぱりコレは昨日のチョコだ」
「いやいや先輩、だから昨日持って帰ったのは食べちゃいましたって」
「違う」
皿の上のチョコを机に並べる。俺が食べたのを合わせて十三個。
「あれ、本当ですね。では先輩が最初に食べたのは先輩が持ち帰ったのです?」
「違う違う」
俺はチョコを一つ摘んで皿の上に戻す。
「昨日の残り物、最初から皿の上にあったんだよ」
「ああ、なるほどです」
溶けかけたチョコを食べて包装をゴミ箱に投げた下里はくるりと回って椅子に着地する。
「謎というよりうっかりでしたね。そだ、お茶いれますね」
「おお、頼む」
お茶パックのケースを開けた下里が首を傾げる。
「先輩、お茶パックが一つ少ないです。これはおかしいです」
取り出しかけた文庫本を置き、俺はわざとらしくため息をつく。
「いや、もういい」