そして探偵は蘇る
「先輩、ようこそ図書部に!」
月曜日の放課後、先週と同じように司書室に入る。なんだか歓迎されているが……
「俺は図書部に入ってないぞ」
「ちぇー、ノリで行けば大丈夫だと思ったんですけどねー」
「で、何のようだ?」
「それはひとねちゃんが来てからで」
「そっか」
この一週間で定位置となりつつある椅子に座るといつもの如くお茶が出てくる。
既に置かれた饅頭に手を伸ばしながらお茶をすする。
入ってきたひとねがそんな光景を見てニヤリと笑う。
「君、餌付けされてないかい?」
「……餌付け?」
まさかの展開に饅頭を落とす。お茶の中に入ったが包装のおかげで水面に浮いている。
「あー、お残しは許しませんよ!」
「わかってるって」
若干湿っているが悪くはない……うん、嘘。
「さて、また件が現れたわけじゃあるまいね」
「もちろん、右腕もバッチリ付いてる!」
「じゃあどうしたんだ?」
そう、俺たちは下里に呼ばれてここにいる。
下里は最後に自身の分の茶を入れ、席につく。手のひらを上に向け人差し指と親指で丸を作りだす。
「御礼のお話です」
「渡す側がするポーズじゃないわな」
「ともかく御礼です、今まではどうしてたの?」
ひとねは少し困ったように頰を掻く。
「報酬として単純に金銭を貰っていたが……同級生にそれを貰うのは私としても心苦しいな」
「でもでも、何もしないというのも心苦しいよ」
「ふうむ……何か案はないかな」
振られたのはもちろん俺。記憶を少し探る。
「豆田さんの時はスイーツ混みだったろ、それでいいんじゃないか?」
「ふむ、ならば下里さんが一番美味しいと思ったスイーツを食べさせてくれ」
「えっ……」
下里が固まる。
「ん? 限定品とかなら気にしなくていい。手近で手に入るモノで構わない」
「いや、そうじゃなくて」
下里は中央に置かれた饅頭を手に取る。
「わたしが一番好きなの、コレなんだけど」
全員が固まる。
もしかしたら数秒かもしれないが長く感じた沈黙を破ったのは下里。
「あの、ひとねちゃんはコレからも怪奇探偵を続けるの?」
「今までのように積極的にとはいかないが、そのつもりだよ」
「じゃあさ、探偵事務所ってあるの?」
「前までは似たような場所があったが……今は無いね」
「ならココを探偵事務所にしてよ!」
下里はポケットから鍵を取り出してひとねに差し出す。此処、司書室のモノだ。
「……名案だ。校内でも落ち着いて推理できる場所があると言うのは私としても嬉しい」
それをポケットに入れたひとねはもう一度手を出す。
「……?」
首を傾げながらも饅頭を乗せた下里。
「いや、違う。入部届が欲しい」
「……へ?」
予想外の一言に下里は目を丸くする。
「ここに出入りするのに一応は建前が必要だろう? だから図書部に入ると言っているんだ」
「ホント? ホントに! 大歓迎! ウェルカムー!」
嬉しそうに出された入部届にひとねの名前が書かれ、下里のポケットに入る。そして手のひらが上に向き、俺に出される
「……ん?」
「ここはこれより探偵事務所を兼ねる。助手の君が来るのも当然だろう?」
「と、言うわけで入部届を! あ、なくしちゃいました?」
「……いや、持ってるよ」
小さく折り畳まれた紙を開き、下里に渡す。
「おや、もう記入されていますね。さてはツンデレですか?」
下里が言った瞬間ひとねが吹き出す。
「健斗がそんな可愛らしい属性を持っているわけがないだろう?」
「それもそうでしたね」
そこまで笑われるとなんだかムカつく。
「やっぱそれ返せ」
「いーやでーすよー!」
走って部屋を出る下里。恐らく入部届を提出しにいったのだろう。
「いいのか? 依頼は校内に限った事じゃないだろ、あんまり事務所として役立つとは思わないけど」
「校内に推理に向く場所が欲しいと思っていたのは事実だ、それに……」
ひとねは笑う。いつもの悪戯な笑みではなく、年相応な笑顔。
「この空間はとても心地が良い」
「そっか、ならいい事だ」
そんな訳で俺たちは図書部に入部し、下里はひとねの助手となったのであった。