私を誰だと思っているの?
「カリーナ・レイフォード嬢!貴女はこれまで未来の王妃にふさわしく無い振る舞いを続けていたとの訴えが多くありこれを私も認め貴殿との婚約を破棄する事をここに宣言する!」
卒業式の後の舞踏会で談笑していると、急に目の前に立たれてこの国の王太子が私を指差し宣った。
「…それはこの私に言っておりますの?」
「しらを切るつもりか!貴女以外にいるわけ無かろう!!」
周りを見ても後ろを振り返ってもそれ以外に差している人はどう見ても居ない。
まさかと思い改めて聞き返すと激昂された。
「貴女はここにいるリリー・バリー伯爵令嬢を同じ伯爵令嬢の身にも関わらず、未来の王妃の名を語りこの一年不当に虐げ周りにも強要した上に最近は実力行使にもでたそうだな!」
ふわふわの銀髪の愛らしい少女が震えているがその少女に見覚えはない、他のクラスのリリー・バリーとやらでしょう。
「彼女の事など知りませんわ」
「同じ伯爵令嬢の身でありながら知らぬわけがなかろう!見苦しい言い訳はよせ!」
いちいち怒鳴らないで欲しいですわ。私怒鳴る男は嫌いなの。
それにしても本当に私をカリーナと間違えているよう、この王子 あの子に心底興味がなかったのね。
「この一年と言いましたが最近この私がどんな悪行をなしたというの?」
隣に立つ者の顔が蒼ざめていくのが見える、だが この私にここまで舐めた真似をしてくれたのよ?とどめまで刺すに決まっているじゃない。
「しらを切るつもりか貴様!一年に渡り陰口に無視 最近は物を取ったり階段から突き落としたのだろうが!認めないか!!」
「この私を誰だと思っているの。ここまで侮辱して済むとでも」
「伯爵令嬢ごときが私に楯突くとでも言うのか!」
せっかくのお綺麗な顔を歪めて王子が喚く。
「…聞きまして 外交官。わたくし侮辱には慣れていないの。」
「王太子殿下!おやめくださいこの方は!」
「なんの騒ぎだ!!」
「父上!!」
親子揃って声の大きい事、私は怒っているものの一応この国の王に礼をとる。
「お久しぶりですわね陛下、今貴方のご子息に侮辱されていたところになります」
にこやかに話すと王太子は私に掴みかかろうとする動きすら見せた。
「貴様!父上に対し話しかけるなんて血迷ったか!」
「血迷ったのはお前だ!!」
王は怒鳴り私に頭を下げます。
「皇女殿下の不興を買ったのは理解できましたが何があったのかご説明いただけないでしょうか」
「よろしくてよ、この私 アンブローシア・ネクター第三皇女をカリーナ・レイフォード伯爵令嬢と見間違えた挙句そこのリリーとやらを虐めたと言いがかり侮辱してきましたの。私こんな風に侮辱されるのは慣れていなくてどうしてくれようかと悩んでいたところでしたわ。」
「貴様はどう見てもカリーナだろう!騙されんぞ!」
「本当に あの子の顔しか覚えてないのね。私とカリーナは顔はそっくりだけど髪色が少しだけ違うわよ?彼女は金に近いストロベリーブロンド、私は明るい金 それくらい婚約者なら知ってるものかと思ってたわ」
「え…では本当にカリーナではなく」
「そうよ、皇国の皇女よ。わかった王子様?」
「だが顔は…」
この王子本当に大丈夫なのだろうか、婚姻関係が結ばれそうな家の内情くらい調べておいて当然のことだろうに。
どうしてこんな奴が王太子をしているんだという念を込めながら王を睨みつける。
「当たり前ではないですか、カリーナは私の従姉妹なのだから」
「は?従姉妹?!」
こんな顔や言葉に出るなんて教育やり直しなんてもので済ませられないだろう。
どうでもいい者への多少の憐憫を込めて優しく言ってやる。
「カリーナの母ソライヤ・レイフォード伯爵夫人は旧姓ネクター。我が父である皇帝が溺愛する妹君であられますわ、ソライヤ様の一目惚れで従属国の伯爵家などに嫁がれた時皇国は悲しみに沈んだそうですわ。」
「だがそんな話聞いてない」
「結婚はだいぶ早くなされてもお子に恵まれずようやくできた子でしたのでソライヤ様自身の話はもう最近は出なかっただけでしょう。それにしても利益もない伯爵令嬢が王妃になどなれるはずも無いと気が付き調べるか聞くかすべきではなくって?この国より大きく偉大な宗主国である我が皇国への太い繋がりが欲しかったからに決まっているでしょう?」
ねえ、後ろ盾のなくなったただの王子様。そう言って笑うと王子は跪き謝り出した。
曰く私か皇女だと知らなかった為だのまだ言ってくる。
「王子様 私は間違えられたくらいで不快には思っても怒ったりしませんわ、今怒っているのはカリーナの事でございますの」
思ってもみないことを言われたと言わんばかりに目を見開く王子に語りかける。
「なんでも私の従姉妹がリリーをこの一年虐めたとか話してらっしゃいましたわね、そうでしょ?」
総て聞いていた私を担当している外交官に尋ねると悲痛な表情で肯いた。
「この半年 お見合いも兼ねた交換留学を私と彼女でしていたとも知らず国政に関わろうともしない呑気な王子様は全く調べもしないで虐めなんて皇国に行っていてする事ができるはずもない私の従姉妹を冤罪で糾弾しようとしましたのよ?」
半年前カリーナが婚約者に疑われ話も聞いてもらえないと家族に話し ソライヤ様が胸を痛めて泣いた時から皇族は怒っているのだ。
優しいカリーナやソライヤ様の事を思い半年も懺悔する期間を設けてやっても一度も伯爵家に顔を見せず、挙句にこれだ。
直接 王に要請してもいいくらいだと思うが王に対しての最後の情けで目線で促す。
さあ英断を見せなさい。
「…王太子は国賓に対する不当な言いがかりで国の品位を貶めた、よって離宮での禁足を命じる。後の沙汰は追って伝える、疾くさがれ!」
まぁ私の前でこれ以上醜態を晒さないように下げる判断はいいでしょう。
だが甘くみられるわけにはいかないので釘を刺しておく。
「今日の婚約破棄 親族として破棄には同意してあげるわ。カリーナにはこの話はもう聞かせないでね、あの子はこちらに嫁ぐ事に決めましたからもうそちらの国の事情に巻き込まれる必要は無いでしょう?」
王の目に落胆が過る。
優しいあの子にすがろうなんて、許すはずはないでしょう?
あの子や叔母様の優しさを守る為なら 私達はどこまでも非情になれるのだから。
「カリーナの顔を立てて第二王子との婚約も考えましたがありもしない冤罪で責められるようなところなら来ない方が良さそうね、周りの国が賑やかになるでしょうが まぁ頑張りなさいな」
ドレスの裾を翻し舞踏室を出ると蜂の巣を突いたような騒ぎが後ろから聞こえてくる。
これから後ろ盾の無くなったこの国は荒れるだろう。
カリーナにこんな事があり叔母様も叔父様と共に移り住んで頂くことにようやく了承をいただけたのだ、もう守ってやる義理もない。
この国は我らが血が国に属したからといってないがしろにし過ぎてきた、その報いを受けるべきでは無いか?
嘲笑に唇が歪みそうになるのを堪えて私は進む。カリーナと同じ顔にそんな表情は似合わない、楽しい事を考えなくては。
可愛いカリーナ、最近我が皇国の侯爵に心が揺れながらも 婚約者への義理を果たそうと心を預けられないでいる可愛い従姉妹よ。
いま私が婚約破棄を伝えてあげるからね。