咲間さん、宣言する。
サキュバスとして致命的な性格を抱えている咲間さん。心なしかさっきより背中の羽も下がっているように見える。とはいえなぜ俺にはそのことを教えてくれたのだろうか。
「えーっと、咲間さん?どうして俺にはそれを打ち明けてくれたんですか?そもそもサキュバスだってことも伝えてしまったらまずいんじゃ……」
そう声に出してから、咲間さんは少しうつむいた後、覚悟を決めたようにこちらを見た。
「……実はこの成人するための試練なんですが、達成するにはふたつ条件があって、どちらかを達成しなきゃダメなんです。ひとつは相手に夢だと思わせたまま、気づかれずに精気を奪う。それはもうあなたに昨夜バレてしまったので、達成できないんです。なのでもうひとつの方法しかなくて……」
「……その方法が今につながってるってことなんですか?」
「はい。そのもうひとつの方法っていうのがその……相手に愛されながら精気をもらうことなんです……」
顔を赤くしてそういった咲間さん。それに対して俺はただあんぐりと口を開いたまま、何を言えばいいのかすらわからなくなってしまった。
「な、なので明さん!私はもうこれ以上成人の儀を失敗するわけにはいかなんです!なのであなたが卒業するまでの4年間で、絶対にあなたをその気にさせて見せます!心の底から私のことを好きになってもらいます!……なので明さん、これから4年間、よろしくお願いしますね?」
とても恥ずかしそうにそういった彼女のはにかんだ姿は、とてもきれいに見えた。
「そういえば咲間さん、たしかに俺鍵を閉めて寝てたはずなんですが、どうやって入ってきたんですか?」
「え?私管理人なので、もちろんすべての部屋の鍵はもってますよ?」
「……そういうところは行動力あるんですね……」
―――――――朝食も終わり、咲間さんの唐突な惚れさせる宣言のあと、彼女は食器を片付けたあと自室へと帰っていった。にしても朝からとても濃い時間を過ごした気がする。引っ越してきた場所がまさかの淫魔のための物件だったとは思わなかった……とはいえここから出ていけば一人暮らしをするにはバイト代だけじゃしんどいし、まあ聞いた話だとさすがにもう夜這いをされる可能性もなさそうだ。入学式も近いし、このことは一度忘れて準備をしよう。大学デビューするために洒落た服でも買いに行くことにしよう。
買い物から帰ってきた俺は、玄関に置かれた段ボールをみて絶句した。―――差し入れです。新生活に向けての準備も大変だと思いますが、たまには息抜きもしてくださいね。咲間より。P.S.人妻ものが多いようですので、たまには趣向を変えてみるのもいいと思いますよ。例えばサキュバスとか!
……淫魔だけあって、差し入れも淫魔らしいものになるようだ。
「この町に、忌々しいやつらが潜伏しているのか……」
丑三つ時、人々が寝静まったあとの町に一人、そう呟く。月明りに生える銀糸のごとき髪、ルビーのように紅く輝く瞳の彼女は、それだけで他者を引き付けるだろう。しかし彼女が人ではないことを象徴するように、その背には穢れを知らない純白の翼が生えていた。
「無垢な我らの子らを利用するやつらの所業は断じて容認できぬ。奴らの魔の手から救い出さねば……!」
そう決意を込めて呟く彼女。その姿は月夜に溶け込むように消えていった。